昨日は、石川県能登町にある縄文真脇遺跡を訪れる
研修会がありました。かつての縄文という時代に惹かれます。
金沢からバスで2時間半くらい能登に向って走ります。
静かな入り江の近くにこの発掘場所はあり
土器と一緒にイルカの骨もたくさん出てきたようです。
イルカの魂を決められた場所に埋めて祭っていたとも想像されています。
その場所には、大きな栗の木で作られたトーテムポールのような形の
モニュメントも一緒に埋められていたそうです。
クジラ猟をするアラスカの先住民の生活とどことなくだぶりました。
写真の土器は、石川国体の聖火台のモニュメントとしても使われました。
約6.000年前に作られたとは思われないほどの美しい造形です。
取っ手のように見える部分は魚の口をイメージしているようです。
こんな大きな土器を手で作り上げたすごさ、
そして形のバランスが美しい!
人の持つ“力”について私は時々考えるのですが
文明が発達して人は力をつけてきたような気がしていますが、
それは錯覚で古代の人の方が人として
大いなる力を持っていたように思っています。
ゆったりとした時間の中で、自然のリズムに合わせて生きる時にこそ
人本来が持っている力が開花したり研ぎすまされるような気がするのです。
その頃の人は、人が生きるということをどう捉えていたのでしょうか。
今に生きる私たちとは違う価値観や死生観を
何だか無性に探ってみたい気持ちに駆られます。
研修会がありました。かつての縄文という時代に惹かれます。
金沢からバスで2時間半くらい能登に向って走ります。
静かな入り江の近くにこの発掘場所はあり
土器と一緒にイルカの骨もたくさん出てきたようです。
イルカの魂を決められた場所に埋めて祭っていたとも想像されています。
その場所には、大きな栗の木で作られたトーテムポールのような形の
モニュメントも一緒に埋められていたそうです。
クジラ猟をするアラスカの先住民の生活とどことなくだぶりました。
写真の土器は、石川国体の聖火台のモニュメントとしても使われました。
約6.000年前に作られたとは思われないほどの美しい造形です。
取っ手のように見える部分は魚の口をイメージしているようです。
こんな大きな土器を手で作り上げたすごさ、
そして形のバランスが美しい!
人の持つ“力”について私は時々考えるのですが
文明が発達して人は力をつけてきたような気がしていますが、
それは錯覚で古代の人の方が人として
大いなる力を持っていたように思っています。
ゆったりとした時間の中で、自然のリズムに合わせて生きる時にこそ
人本来が持っている力が開花したり研ぎすまされるような気がするのです。
その頃の人は、人が生きるということをどう捉えていたのでしょうか。
今に生きる私たちとは違う価値観や死生観を
何だか無性に探ってみたい気持ちに駆られます。