HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

器よりヒトとコト。

2022-07-13 06:30:14 | Weblog
 百貨店のそごう・西武の売却問題が決着に向かうのか。日経新聞によると、米国の投資ファンド「フォートレス・インベストメント・グループ」が優先交渉権を得たという。また、同グループはヨドバシホールディングスと連携に向けた協議を進めていると、も報じている。

 売却の1次入札に参加したのは、外資系投資銀行のゴールドマン・サックスなど10社以上。その中で、米国のブラックストーン・グループ、ローンスター、フォートレスと、シンガポール政府投資公社GICの4社が残り、2次入札にはブラックストーンを除く3社が進んだ。

 別の報道によると、そごう・西武の親会社セブン&アイホールディングスがフォートレスに優先交渉権を与えたのは、「同社がそごう・西武の前身であるミレニアム・リテイリングを子会社化するために投資した額の2000億円を上回る3000億円を超える額をフォートレスは提示した」のが理由とか。

 これが事実なら、セブン&アイの経営陣が赤字体質のそごう・西武を完全に見捨てたようなもの。だから、できる限り高い額を提示したところに売りたいのが本音なのだろう。ただ、両百貨店だけで1500億円もの有利子負債を抱えているのだから、ファンドが再建に乗り出したとしても、借金を短期でチャラにできるかだ。



 それだけではない。都心部に立地する西武池袋店、西武渋谷店、そごう横浜店は何とか採算ベースに乗せることができても、地方店は百貨店市場の縮小、顧客の高齢化から再建は不可能に近く、立地によって閉店は止むなしだ。フォートレス側が地方店についてどんな再建策を盛り込んだのかはわからないが、ヨドバシホールディングスと協議を進めていることを前提にすれば、家電量販店をリーシングしてスペースを埋める狙いなのか。



 従業員の雇用はどうするのだろう。閉店する地方店では、ある程度のリストラは避けられない。これには地元の雇用維持に敏感な地方自治体は黙っていない。セブン&アイの経営陣がそれを分かっているはず。それでも、フォートレスに優先権を与えようというのは、「後はよろしく」との腹づもりからか。まあ、ドライな米国ファンドならうまく折り合いをつけてくれるだろうという思惑もあるだろう。

 しかし、ファートレスにとっては仮に買収できたにしても、再建の道筋は容易ではない。集客力のある都市部立地に複数フロア。そして膨大な顧客データ。百貨店が持つそれらの資源を生かせば、ヨドバシカメラをテナントとして誘致して売上げを積めれば、十分に元は取れるとの目算か。また、存続の可能性がある地方店にも同店をテナントで入れることで、郊外系の家電量販他社との競争で優位に立てるとの見通しなのか。それではあまりに安易すぎる。

 ヨドバシカメラはお客のライフスタイルに合わせ、家電以外の商材も拡充している。例えば、秋葉原の「マルチメディアAkiba」では、プラモデルや接着剤、塗料などを揃えている。商品内容もキャラクター物のガンプラから飛行機や戦車などと幅広い。これらはジャンルごとに分かれて売場の中央に陳列され、それを囲むようにして周辺商材が並ぶ。

 いわゆる、秋葉系オタク向けだ。マニアからすれば、これらもECで簡単に手に入るようになったが、お客は実物のジオラマなどを見れば、購入・制作意欲をそそられる。やはりアクセスしやすい都市部に実店舗が必要なのだ。こうした商材の他、アニメやアイドル、漫画やゲーム、音楽などを一つのライフスタイルと捉え、フロアごとにコンセプトをしっかり固めてフォーマットを築ければ、都心百貨店のフロアを埋めることはできなくない。

 ただ、百貨店の名前を残すなら、イメージを崩さないためにある種の猥雑感を払拭することも必要だ。一方で、あまりに売場が洗練されずぎると、オタク系のお客にとっては敷居が高くなる。リニューアル前の渋谷パルコパート1でも上層階に「ミニカー専門店」などマニア向け店舗がリーシングされていたが、フロアを変えたにしても他のアパレルや雑貨との整合性が図れなかった。その辺のバランスは非常に難しいところだ。



 次のライフスタイル提案の本命とすれば、巨大仮想空間の「メタバース」だろうか。関連商材やサービスを含めた市場は限りなく広い。メタバースなら家電を扱うヨドバシカメラとの親和性もいい。だが、フォートレスがヨドバシカメラをメーンテナントにした場合、実際にそごう・西武の売上げや企業価値をアップできるか、である。


3000億円以上の企業価値を生み出せるか

 あくまで一般論だが、企業買収を行う場合には必ず「企業価値」が算定される。これには「有形資産」と「無形資産」がある。まず有形資産は株式、商品、店舗、車両、機械、備品が当たる。無形資産はノウハウ、人材、商品開発、データ、ネットワーク、ブランドだ。

 これをそごう・西武に当てはめるとどうか。有形資産では株式はともかく、商品はほとんどが消化仕入れや委託販売のため、資産には当たるのは一部のPBくらいか。店舗は池袋店は西武鉄道の物件、渋谷店は複数の地権者がいて、横浜店は横浜新都心センターほか1社の所有。地方店もほぼ賃貸物件だから、資産には当たらない。車両やパソコン、レジはあってもリースだろうし、マネキンや棚などの備品もレンタルになる。

 無形資産は百貨店経営のノウハウ、商品開発力は、売上げ不振を考えれば高い換価価値があるとは思えない。人材と言っても、販売スタッフはメーカーの派遣社員が大半で、ヒットアイテムを連発するカリスマバイヤーも望み薄。価値があるとすれば、外商やデータ管理のスタッフくらいか。ネットワークは仕入れ網があるが、高島屋や三越、伊勢丹に比べると、2番店のそごう・西武ではパイプは細りつつある。あとは暖簾というブランドしかない。

 これだけの企業価値にフォートレスは3000億円以上を出すのだ。おまけに有利子負債が1500億円もあると言われている。短期で再建を果たし、少なくとも5000億円程度の企業価値を生み出さなければ、投資家らは満足しないだろう。そのためには、ヨドバシカメラがどんな店作りを行い、どれほど高い収益を稼ぐかにかかってくる。

 前出のような新しいライフスタイルとして、巨大仮想空間「メタバース」がある。米オンラインゲーム「Roblox」が提供する仮想空間には、1日約5000万人が訪れるという。世界中から数千万から数億人のユーザーが参加するゲームとすれば、関連商材やサービスまで含める市場規模は計り知れない。娯楽だけのジャンルに止まらず、生活に浸透する予感は大だ。




 スポーツメーカーのナイキはこのRobloxで、ナイキのバーチャル・テーマパークともいえる「NIKELAND」を開設している。ユーザーは鬼ごっこやドッジボールといったゲームを楽しめるほか、Robloxのアバターで着用可能なナイキとのコラボ製品などを購入できる。つまり、新しいライフスタイルとは「物を購入して生活する」のではなく、仮想空間の中で自分がどんな行動を取るか。そんな生活スタイルが現実のものとなりつつあるのだ。

 カナダのコンサル会社Emergen Researchは、世界のメタバース市場は2028年には約8300億ドル(約100兆円)に達すると予測する。このようにメタバース関連市場は将来の成長余地が大きいとして、様々な企業がメタバース関連事業の取り組みを強化。特にゲーム企業では、メタバースへの投資や事業化を明らかにするところも増えている。

 例えば、グリーは2021年8月、メタバース事業に参入し、今後2~3年で100億円規模の投資を行うと発表。また、機動戦士ガンダムなど知的財産権(IP)を持つバンダイナムコホールディングスは今年2月、IPごとに仮想空間を作りファンとつながる新しい仕組み「IPメタバース」計画を発表した。

 ほかにもファッションや旅行、音楽、営業イベントなど様々な分野でメタバース市場に参入する企業が相次いでいる。各銘柄に投資家が熱い視線を投げかけるのも当然だろうが、正直、まだまだピンとこない。こうした急激な環境変化を考えると、ヨドバシカメラが従来のように家電量販店として百貨店に進出し、ゲーム関連の商材を販売するだけでは、投資家の期待に応えることはできないと思う。

 百貨店という器にどんな「コト」を落とし込み、これまでにないライフスタイルを提案できるか。そのプロデュースを誰が行うのか。仮にフォートレスが買収し、ヨドバシカメラと連携したとして、プロデューサーとなれる「ヒト」がいるのか。それとも、そごう・西武側で飼い殺しに遭っているスタッフの中から、我こそはという人間が名乗り出るのか。

 池袋には西武と同じ東口にビックカメラ本店他があるし、ヤマダ電機もアウトレットやLabiを構える。どう考えてもこれ以上、単なる家電量販店が必要とは思えない。これは渋谷や横浜、地方店にも共通する。いくらそごう・西武の店舗を活用すると言っても、もはや新しいライフスタイル提案は器でも商品でもない。「そごう・西武がここまで変わったか」と思えるような施策や展開に期待したい。
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