仕事を通じてアパレル関係者と接点を持つと、いろんな小売業者を紹介される。地方のローカルチェーン店から、海外にも仕入れに行くセレクトショップ、個人でブランドのFC店や販売代行を手掛ける人までと、様々だ。
昨今は大手事業者がデジタルシフトし、実店舗以外の販売チャンネルを拡充している。一方で、中小零細はHPこそ開設しているが、完全なECチャンネルまで持つところはそれほどない。やはり、顧客とはリアルな接客で強い絆を持ち、ネットにはないきめ細かなコミュニケーションを通じて、プライベートスタイリストとしての存在であり続けたいようだ。
そんな中、ある中堅チェーンでは多くの顧客を持ち、高い売上げを稼ぐベテランスタッフの昇進が懸案と聞く。会社としてはチーフバイヤーや別注企画を担う取締役待遇を持ちかけているが、本人は販売職のままがいいそうだ。お得意さんを抱えているので売上げの見通しが立ち、結婚、出産を経てもパートタイムで続けられる。逆に幹部ポストになると、別のスキルが求められ責任も増す。販売職の方がモチベーションが維持できるのかもしれない。
ただ、会社側が本人の意志を尊重するかは微妙で、あくまで組織の論理を優先せざるを得ない状況もある。ある優秀なスタッフから聞いた話だが、幹部から人事や処遇を巡って心無い言葉を浴びせられたという。会社は仕事ができる人材を大事にしないといけないのだが、寿退社してパート再雇用したとしても、中々戦力として計算できない本音が透けて見える。
だからこそ、中小零細事業者にも優秀な人材が結婚後も仕事を続けらるように負担を軽減するシステムへの投資、他のスタッフでも替えが効く業務の標準化が必要なのだ。そんなことを考えていたら、小売りシフトを始めたAmazonが新たな店舗をオープンした。同社では初のファッション専門店「アマゾン・スタイル」である。(https://www.amazon.com/b?ie=UTF8&node=23676409011)
現段階ではコンセプトショップというが、そのシステムの充実ぶりというか、これまでにない販売スタイルには舌を巻く。まさに日本のアパレル小売りが抱える課題が一つ一つ解決できそうな店だ。立地はロサンゼルス郊外のオープンモールで、店舗面積は90坪程とそれほど大きくない。品揃えはNBを中心にしたセレクト型で、一部PBも投入されている。
一般のセレクトショップと違うのは、商品の陳列がシーズンの打ち出し程度で、在庫はバックルームにストックされていること。また、売場の棚や什器などがカットされた分、フィッティングルーム、いわゆる試着室(FR)は40室もある。商品の価格表示は、00.00ドル〜00.00ドルの帯状で、アマゾンプライムの会員か否かで、販売価格が変わってくる。
お客は店舗入口に表示されるQRコードをスキャンすると、性別や身長、デザインや好みなどのアンケートが求められる。これに応じると、お客がピックアップした商品とは別に店舗からのレコメンド商品が提案される。では、お客はどうやって商品を探し試着、購入にいたるのか。以下がそのフローになる。
まず、店内に並ぶ商品はそのまま購入したり、試着することはできない。お客はスマートフォンにこの店舗専用のアプリをダウンロードし、これでハンガーに取り付けたれたQRコードを読み取る。するとスマホには商品ページが表示されるので、そこで初めて価格や仕様、サイズ展開などを確認できる。その後、お客は商品ページで「試着する」か、購入の意思を示す「ピックアップカウンターに送る」かのどちらかを選択する。
試着を選ぶと、商品はバックルームからFRに運ばれ、準備が整うとスマホに通知される。そこでお客はアプリでFRのドアを解錠して中に入り、初めて試着ができるのだ。FRにはお客が開けるドアとは別にスタッフが商品を持ち込む入口がある。スタッフはそこでお客が選択した商品とは別に前出のようにレコメンド商品を追加できるが、スタッフ用入口はお客が試着中は開かないようになっている。
「ピックアップカウンターに送る」を選択すると、スタッフが店舗入口横にあるカウンターに商品を届ける。試着を終えて購入を決断する場合も含め、お客はそこで代金を決済し、商品を受け取るというフローだ。一見、非常にまどろっこく感じる。しかし、お客が棚やラックからいちいち商品をピックアップし、おざなりのセールストークを受けて、気に入れば購入するという古典的な行動を全て省いたのがアマゾン・スタイルだ。
人間にしかできない仕事とは
アパレル小売業では販売員不足が叫ばれて久しい。だが、販売スタッフに販売以外が多すぎるため、敬遠される部分があるのではないか。例えば、スタッフの業務は売場への品出しや追加、陳列やディスプレイ、商品整理、在庫管理などが勤務時間の半分を占める。あとはレジ作業や包装、朝礼終礼だから、実質の接客販売は業務の2割程度しかない。つまり、利益を生まない作業が8割にも及ぶのだ。
不必要な労働と手間暇のコストが店舗販売の利益を圧迫すれば、スタッフの給与が上がるはずもない。だから、極力カットしていくことが店舗販売の近代化には不可欠なのである。アマゾン・スタイルでは「利益を生まない作業」=「無駄なもの」としてできる限りカットされている。言い換えると、優秀な販売スタッフはアポをとって来店する固定客への応対、上顧客向けに高額商品の情報をSNSに投稿するなどの業務に専念できることになる。
これほどネットで商品情報が発信されている今、お客がそれらを全く知らないで来店することはあり得ない。つまり、販売員の「何をお探しですか」「サイズをお出ししますよ」なんて声かけ自体が死語の領域に入っており、高い販売力を持つスタッフが行うことではない。アマゾン・スタイルでは、バックルームのスタッフがお客の指示に従い必要な商品をFRに運び、不要な商品をバックルームに引き上げるフルフィルメントに徹している。
つまり、店舗はショールームに過ぎないのだ。商品を試着するか、そのまま購入するかはお客が自分で決める。FRは購入の成否を決し、なおかつスタッフの作業動線上で重要だから、自動の施解錠やドアを二つ設けるなど効率的な設計にしたわけだ。言い換えれば、高い販売スキルをもつスタッフはどんな仕事をし、何に時間を割くかを考えさせる店舗でもある。
一方、お客は畳まれて棚に並ぶ商品を探さないでいいから、自ら畳み直して棚に戻す手間がなくスタッフが肩代わりする必要もない。逆にニットなどはハンガーによるオープンストックになるため、商品の重さで肩などが伸びやすくなる。試着後に商品をバックルームにに戻す作業を含め、商品の状態をいかに保持するかの仕組みや備品の開発が不可欠になる。
「フルフィルメントだけでは、スタッフのスキルが向上しない」という反論もあるだろう。しかし、それは日本の常識にすぎない。というか、これまで高い販売力を持つスタッフを十分に育成できなかった業界が何を言うか、である。アマゾン・スタイルは米国社会の労働構造の縮図を見るようだが、能力の高い人間の仕事を暗示する店舗とも受け取れる。「これください」的な店舗では極力、人的資源を投入しないで収益を稼ぐ。そうした店舗販売のスタンダードを確立しようとしている。
オムニチャンネルで販路が多面化されると、店舗は在庫を抱える必要がなくなる。つまり、売場スペースは大幅にカットされるので、家賃は軽減されていく。ただ、いくら店舗がデジタル化し不必要な業務がカットされても、フィッティングだけはヒューマンスキルが不可欠だ。スタッフがお客にマンツーマンで接し、微に入り細に入って要望を聞き入れながら対応する。また、お直しではお客の体型に沿って巧みなピン打ちまで行う。これだけはロボットやAIに置き換えることはできない。
もちろん、優秀な販売スタッフとは素材やデザイン、ディテールといったファッションの知識はもとより、来店したお客のスタイルで似合うアイテムを店舗在庫の中から瞬時に察するセンス、それらをコーディネートできる卓越した提案力が前提となる。高い販売力とはこうしたスキルに裏打ちされるのである。
おそらくアマゾン・スタイルは、商品一つ一つをICタグで管理しているだろうから、精算はもとより棚卸しも簡単に済んでしまう。期末にスタッフが何時間も残業して棚卸し作業をする必要もない。結果的に販売スタッフが高額商品の販売に専念することができれば、上がった収益をスタッフの給与に還元していける。もう、販売スタッフの頭数だけ揃え、口先だけのOJTで売場に配置していく時代ではないのだ。
さて、デジタルシフトばかりを語るアパレル小売業の経営陣は、アマゾン・スタイルのような店舗をどう見て、販売革新や労働環境の改善にどう活かしていくか。人間にしかできないこととは何か。店舗に残すべき人財とは誰か。改めてアパレル小売業は問われている。
昨今は大手事業者がデジタルシフトし、実店舗以外の販売チャンネルを拡充している。一方で、中小零細はHPこそ開設しているが、完全なECチャンネルまで持つところはそれほどない。やはり、顧客とはリアルな接客で強い絆を持ち、ネットにはないきめ細かなコミュニケーションを通じて、プライベートスタイリストとしての存在であり続けたいようだ。
そんな中、ある中堅チェーンでは多くの顧客を持ち、高い売上げを稼ぐベテランスタッフの昇進が懸案と聞く。会社としてはチーフバイヤーや別注企画を担う取締役待遇を持ちかけているが、本人は販売職のままがいいそうだ。お得意さんを抱えているので売上げの見通しが立ち、結婚、出産を経てもパートタイムで続けられる。逆に幹部ポストになると、別のスキルが求められ責任も増す。販売職の方がモチベーションが維持できるのかもしれない。
ただ、会社側が本人の意志を尊重するかは微妙で、あくまで組織の論理を優先せざるを得ない状況もある。ある優秀なスタッフから聞いた話だが、幹部から人事や処遇を巡って心無い言葉を浴びせられたという。会社は仕事ができる人材を大事にしないといけないのだが、寿退社してパート再雇用したとしても、中々戦力として計算できない本音が透けて見える。
だからこそ、中小零細事業者にも優秀な人材が結婚後も仕事を続けらるように負担を軽減するシステムへの投資、他のスタッフでも替えが効く業務の標準化が必要なのだ。そんなことを考えていたら、小売りシフトを始めたAmazonが新たな店舗をオープンした。同社では初のファッション専門店「アマゾン・スタイル」である。(https://www.amazon.com/b?ie=UTF8&node=23676409011)
現段階ではコンセプトショップというが、そのシステムの充実ぶりというか、これまでにない販売スタイルには舌を巻く。まさに日本のアパレル小売りが抱える課題が一つ一つ解決できそうな店だ。立地はロサンゼルス郊外のオープンモールで、店舗面積は90坪程とそれほど大きくない。品揃えはNBを中心にしたセレクト型で、一部PBも投入されている。
一般のセレクトショップと違うのは、商品の陳列がシーズンの打ち出し程度で、在庫はバックルームにストックされていること。また、売場の棚や什器などがカットされた分、フィッティングルーム、いわゆる試着室(FR)は40室もある。商品の価格表示は、00.00ドル〜00.00ドルの帯状で、アマゾンプライムの会員か否かで、販売価格が変わってくる。
お客は店舗入口に表示されるQRコードをスキャンすると、性別や身長、デザインや好みなどのアンケートが求められる。これに応じると、お客がピックアップした商品とは別に店舗からのレコメンド商品が提案される。では、お客はどうやって商品を探し試着、購入にいたるのか。以下がそのフローになる。
まず、店内に並ぶ商品はそのまま購入したり、試着することはできない。お客はスマートフォンにこの店舗専用のアプリをダウンロードし、これでハンガーに取り付けたれたQRコードを読み取る。するとスマホには商品ページが表示されるので、そこで初めて価格や仕様、サイズ展開などを確認できる。その後、お客は商品ページで「試着する」か、購入の意思を示す「ピックアップカウンターに送る」かのどちらかを選択する。
試着を選ぶと、商品はバックルームからFRに運ばれ、準備が整うとスマホに通知される。そこでお客はアプリでFRのドアを解錠して中に入り、初めて試着ができるのだ。FRにはお客が開けるドアとは別にスタッフが商品を持ち込む入口がある。スタッフはそこでお客が選択した商品とは別に前出のようにレコメンド商品を追加できるが、スタッフ用入口はお客が試着中は開かないようになっている。
「ピックアップカウンターに送る」を選択すると、スタッフが店舗入口横にあるカウンターに商品を届ける。試着を終えて購入を決断する場合も含め、お客はそこで代金を決済し、商品を受け取るというフローだ。一見、非常にまどろっこく感じる。しかし、お客が棚やラックからいちいち商品をピックアップし、おざなりのセールストークを受けて、気に入れば購入するという古典的な行動を全て省いたのがアマゾン・スタイルだ。
人間にしかできない仕事とは
アパレル小売業では販売員不足が叫ばれて久しい。だが、販売スタッフに販売以外が多すぎるため、敬遠される部分があるのではないか。例えば、スタッフの業務は売場への品出しや追加、陳列やディスプレイ、商品整理、在庫管理などが勤務時間の半分を占める。あとはレジ作業や包装、朝礼終礼だから、実質の接客販売は業務の2割程度しかない。つまり、利益を生まない作業が8割にも及ぶのだ。
不必要な労働と手間暇のコストが店舗販売の利益を圧迫すれば、スタッフの給与が上がるはずもない。だから、極力カットしていくことが店舗販売の近代化には不可欠なのである。アマゾン・スタイルでは「利益を生まない作業」=「無駄なもの」としてできる限りカットされている。言い換えると、優秀な販売スタッフはアポをとって来店する固定客への応対、上顧客向けに高額商品の情報をSNSに投稿するなどの業務に専念できることになる。
これほどネットで商品情報が発信されている今、お客がそれらを全く知らないで来店することはあり得ない。つまり、販売員の「何をお探しですか」「サイズをお出ししますよ」なんて声かけ自体が死語の領域に入っており、高い販売力を持つスタッフが行うことではない。アマゾン・スタイルでは、バックルームのスタッフがお客の指示に従い必要な商品をFRに運び、不要な商品をバックルームに引き上げるフルフィルメントに徹している。
つまり、店舗はショールームに過ぎないのだ。商品を試着するか、そのまま購入するかはお客が自分で決める。FRは購入の成否を決し、なおかつスタッフの作業動線上で重要だから、自動の施解錠やドアを二つ設けるなど効率的な設計にしたわけだ。言い換えれば、高い販売スキルをもつスタッフはどんな仕事をし、何に時間を割くかを考えさせる店舗でもある。
一方、お客は畳まれて棚に並ぶ商品を探さないでいいから、自ら畳み直して棚に戻す手間がなくスタッフが肩代わりする必要もない。逆にニットなどはハンガーによるオープンストックになるため、商品の重さで肩などが伸びやすくなる。試着後に商品をバックルームにに戻す作業を含め、商品の状態をいかに保持するかの仕組みや備品の開発が不可欠になる。
「フルフィルメントだけでは、スタッフのスキルが向上しない」という反論もあるだろう。しかし、それは日本の常識にすぎない。というか、これまで高い販売力を持つスタッフを十分に育成できなかった業界が何を言うか、である。アマゾン・スタイルは米国社会の労働構造の縮図を見るようだが、能力の高い人間の仕事を暗示する店舗とも受け取れる。「これください」的な店舗では極力、人的資源を投入しないで収益を稼ぐ。そうした店舗販売のスタンダードを確立しようとしている。
オムニチャンネルで販路が多面化されると、店舗は在庫を抱える必要がなくなる。つまり、売場スペースは大幅にカットされるので、家賃は軽減されていく。ただ、いくら店舗がデジタル化し不必要な業務がカットされても、フィッティングだけはヒューマンスキルが不可欠だ。スタッフがお客にマンツーマンで接し、微に入り細に入って要望を聞き入れながら対応する。また、お直しではお客の体型に沿って巧みなピン打ちまで行う。これだけはロボットやAIに置き換えることはできない。
もちろん、優秀な販売スタッフとは素材やデザイン、ディテールといったファッションの知識はもとより、来店したお客のスタイルで似合うアイテムを店舗在庫の中から瞬時に察するセンス、それらをコーディネートできる卓越した提案力が前提となる。高い販売力とはこうしたスキルに裏打ちされるのである。
おそらくアマゾン・スタイルは、商品一つ一つをICタグで管理しているだろうから、精算はもとより棚卸しも簡単に済んでしまう。期末にスタッフが何時間も残業して棚卸し作業をする必要もない。結果的に販売スタッフが高額商品の販売に専念することができれば、上がった収益をスタッフの給与に還元していける。もう、販売スタッフの頭数だけ揃え、口先だけのOJTで売場に配置していく時代ではないのだ。
さて、デジタルシフトばかりを語るアパレル小売業の経営陣は、アマゾン・スタイルのような店舗をどう見て、販売革新や労働環境の改善にどう活かしていくか。人間にしかできないこととは何か。店舗に残すべき人財とは誰か。改めてアパレル小売業は問われている。