僕たちは、その後も、木下を殺した犯人を捜して聞き込みを続けた。
あの日、木下はいつものように、夕方からどこからともなく集まってくる仲間と合流するために、すすきのをブラブラしていたらしい。午後5時で終わる、セイコーマートのバイトの後、仲間の数人に見られていた。胃の中に残っていたハンバーガーとポテトに関しては、半分家出状態で友人の家を渡り歩きながら、毎日のように大通り・すすきの界隈に出没する18歳の無職の女性が、木下と一緒に、マクドナルドで買ったハンバーガーを、大通り公園のベンチで食べて別れた、と証言した。その後100mほど歩いて行って振り返ると、木下に近づいて話しかけている、背の高い20~30代くらいの男が見えた、とも言った。それがだいたい午後8時前後、というから、木下は、その男に殺されたのだろうか。
木下が身に着けていた衣類や帽子からは、本人のものを含め、無数の指紋が出た。が、あまりに多すぎて、どれが怪しいとは言い切れなかった。木下と一緒にハンバーガーを食べた女性が、凶器のナイフが本人のものだと証言をした。出た指紋は、木下のものと、もう一つ。たぶん犯人のものだろう。しかし、署内の前科者のリストや、僕らが聞き込みした関係者の中には、同一のものは無かった。…公園わきの草むらの中で、犯人は、午後8時頃、木下をこのナイフで刺し、そして、週末の人ごみに紛れて逃げたのだ。
なんとなく、漠然とではあるけれど、うっすらと形は見えてきた。が、動機は何なのか。女子高生殺しの恨みか、それとも、他の怨恨か、ただの喧嘩から発展したものなのか、というところで、捜査が暗礁に乗り上げるかに見えた時、目指すべきでないところから、光が、強烈な光が、射してきたのだ。
この捜査が急展開をしている予感が(しかも、嫌な)したのは、事件から10日ほどした時に、先輩と一緒に聞き込みから戻った僕を、課長が呼びつけたことから始まった。
「おい!長井!ちょっと来い!」
怪訝そうに、僕の先にいる古岸課長の姿を見ている先輩から離れ、僕は課長と園田さんのいるデスクに近づいた。
「長井、おまえ、明日から、ソノさんとコンビ組め。」
反射的に口を開いた僕を制するように、園田さんが顔を僕に近づけてきた。
「今は何も聞くな。後で教えてやるから。」
その一言で、課長を質問攻めにするのを諦めた僕は、取調室のドアが閉まった音を聞いた。僕らが帰ってきた時に部屋にいた宝田さんと本宮さんがいない。…そして、若林先輩も。
「何があったんですか。」
僕は、2人の顔を見比べ、迷った挙句、園田さんにそう聞くのがやっとだった。何か、出てほしくない答えが、僕の口をついて出ようとしていたからだ。でも、その答えを口にしたのは、僕ではなく、園田さんでもなく、課長だった。
「木下のナイフから出た指紋が、若林のものだったんだよ。」
課長は、ふて腐れたように、ちょっと背中を丸めて、両手をズボンのポケットに突っ込んだ。
「あの女子高生殺しの後、若林は、捜査とは別に、木下に数回会っていたらしい。」
「…何のために。」
「あいつは、木下が犯人だと決めてかかってたからな。“おまえが殺ったんだろう。わかってるんだよ。他の人間は騙せても、おれは知ってるんだ!おまえが犯人だ!”」
「先輩がそんなこと、言いに行くわけないじゃないですか!」
「でもな、長井、実際、木下に向かってそう怒鳴りちらしている若林を、何人もの人間が見てるんだよ。」
園田さんに、肩をポンと叩かれて、僕は、まるで、僕自身が、犯人はおまえだ、と言われてしまったように、デスクに両手を着いたまま、がっくりと頭を垂れた。
(つづく)
あの日、木下はいつものように、夕方からどこからともなく集まってくる仲間と合流するために、すすきのをブラブラしていたらしい。午後5時で終わる、セイコーマートのバイトの後、仲間の数人に見られていた。胃の中に残っていたハンバーガーとポテトに関しては、半分家出状態で友人の家を渡り歩きながら、毎日のように大通り・すすきの界隈に出没する18歳の無職の女性が、木下と一緒に、マクドナルドで買ったハンバーガーを、大通り公園のベンチで食べて別れた、と証言した。その後100mほど歩いて行って振り返ると、木下に近づいて話しかけている、背の高い20~30代くらいの男が見えた、とも言った。それがだいたい午後8時前後、というから、木下は、その男に殺されたのだろうか。
木下が身に着けていた衣類や帽子からは、本人のものを含め、無数の指紋が出た。が、あまりに多すぎて、どれが怪しいとは言い切れなかった。木下と一緒にハンバーガーを食べた女性が、凶器のナイフが本人のものだと証言をした。出た指紋は、木下のものと、もう一つ。たぶん犯人のものだろう。しかし、署内の前科者のリストや、僕らが聞き込みした関係者の中には、同一のものは無かった。…公園わきの草むらの中で、犯人は、午後8時頃、木下をこのナイフで刺し、そして、週末の人ごみに紛れて逃げたのだ。
なんとなく、漠然とではあるけれど、うっすらと形は見えてきた。が、動機は何なのか。女子高生殺しの恨みか、それとも、他の怨恨か、ただの喧嘩から発展したものなのか、というところで、捜査が暗礁に乗り上げるかに見えた時、目指すべきでないところから、光が、強烈な光が、射してきたのだ。
この捜査が急展開をしている予感が(しかも、嫌な)したのは、事件から10日ほどした時に、先輩と一緒に聞き込みから戻った僕を、課長が呼びつけたことから始まった。
「おい!長井!ちょっと来い!」
怪訝そうに、僕の先にいる古岸課長の姿を見ている先輩から離れ、僕は課長と園田さんのいるデスクに近づいた。
「長井、おまえ、明日から、ソノさんとコンビ組め。」
反射的に口を開いた僕を制するように、園田さんが顔を僕に近づけてきた。
「今は何も聞くな。後で教えてやるから。」
その一言で、課長を質問攻めにするのを諦めた僕は、取調室のドアが閉まった音を聞いた。僕らが帰ってきた時に部屋にいた宝田さんと本宮さんがいない。…そして、若林先輩も。
「何があったんですか。」
僕は、2人の顔を見比べ、迷った挙句、園田さんにそう聞くのがやっとだった。何か、出てほしくない答えが、僕の口をついて出ようとしていたからだ。でも、その答えを口にしたのは、僕ではなく、園田さんでもなく、課長だった。
「木下のナイフから出た指紋が、若林のものだったんだよ。」
課長は、ふて腐れたように、ちょっと背中を丸めて、両手をズボンのポケットに突っ込んだ。
「あの女子高生殺しの後、若林は、捜査とは別に、木下に数回会っていたらしい。」
「…何のために。」
「あいつは、木下が犯人だと決めてかかってたからな。“おまえが殺ったんだろう。わかってるんだよ。他の人間は騙せても、おれは知ってるんだ!おまえが犯人だ!”」
「先輩がそんなこと、言いに行くわけないじゃないですか!」
「でもな、長井、実際、木下に向かってそう怒鳴りちらしている若林を、何人もの人間が見てるんだよ。」
園田さんに、肩をポンと叩かれて、僕は、まるで、僕自身が、犯人はおまえだ、と言われてしまったように、デスクに両手を着いたまま、がっくりと頭を垂れた。
(つづく)