すずりんの日記

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小説「幼稚な殺人」⑩終

2005年02月13日 | 小説「幼稚な殺人」
 先輩は、最初から、石田が自殺したと思わせるために、石田を殺した後、石田のふりをしてローソンに行くことを計画していた。石田が、自殺に使うビニール紐をローソンで買い、遺書を書き、何度も躊躇ったあげくに、首を吊って死んだ(と思われる)時間には、自分は札幌に居て、アリバイは証明されている、という計画で、そもそも、今回のようなアクシデントが無ければ、先輩は僕らと合流したことで確実にアリバイが証明されていたのだ。
 先輩は、自分でビニール紐を用意した後、不審車として目撃情報が出てこないように、自分の車ではなく、地下鉄で真駒内まで行った。そして、石田のアパートで待ち伏せし、石田が帰って来たところを、後ろから首を絞めて殺した後、鍵を開けて部屋の中に入り、そのまま、紐を梁に掛けた。
 その後、石田になり代わって、コンビニでの買い物を済ませて、バイクをアパートの前に止め、駅に向かう途中で、僕からの電話を受けたらしい。急いで帰ろうと、予定を変えて、タクシーを拾おうとしたが、、なかなかつかまらず、逆に時間をくってしまった。

 「おれは社会のクズを殺したことは後悔していない。が、自分の勝手な感情のために、あいつの母親に、おれと同じ思いをさせてしまったことが、情け無いよ。」

 本宮さんに連れて行かれる直前に、先輩はそう言っていた。がっくりと肩を落としてはいたが、少なくとも、自分の足で署の廊下を歩いて行くだけの力は取り戻したようだった。

 先輩と本宮さんが角を曲がって姿を消したと思ったら、入れ違いに、園田さんと宝田さんが、若い女性を真ん中に挟んで姿を見せ、ゆっくりとこちらに歩いて来た。木下を最後に見たと証言した、あの女の子だ。一歩先を歩いて来た園田さんは、僕と課長が立っている課のドアの所まで来て、すぐ後ろの女性を振り返って、言った。
「彼女が、・・・木下伸男を殺したことを認め、・・・自首してきてくれました・・・。」



 「ソノさん、彼女のこと、ずっと引っかかってたみたいだった。2度目に彼女に話を聞きに行ったら、あの事件以来、あの現場周辺に姿を見せてないって仲間の連中が言うから、変ですね、って言ってたんだ。で、署に戻ったら、おまえが、若林は木下を殺してない、って言ったろ?それで、ソノさんは、ピーンときたらしい。もう、必死で家捜して、彼女に、バシッと当たってみたんだ。そしたら、私が殺しました、って、ワンワン泣いちゃって。木下にしつこく言い寄られて、拒否したら、やらせろ、って、ナイフで脅されて、暴行されそうになって、もみ合ってるうちに、木下を刺しちゃったらしいんだ。血だらけで木下が向かって来るのが怖くて、何回も何回も奴を刺して、死なせてしまった。・・・彼女、あの日していた合皮の手袋を、処分できずに持ってたよ。」
 調書を取るために、課長と園田さんに連れられて女性が入って行った部屋の方をちらっと見て、宝田さんは、はーっとため息をついた。
 ついさっきまで、先輩が取り調べられていたあの椅子に、今は、彼女が座って涙しているのだろうか。

 「なぁ、長井、主婦を殺した17歳のガキが、逮捕された後、“どうして人を殺しちゃあいけないんですか?”って質問した、って話、覚えてるか?」
もちろん、覚えている。そのことを、課のみんなで激論したのだ。予想通り、一番怒りまくってたのは、若林先輩で、その少年の代わりに、僕のデスクの横をささやかに定位置にしていた小さなゴミ箱が、半殺しの目に遭った。
「おれなぁ、あの言葉は、虚勢を張ったのでもなく、捜査を混乱させようとしたのでもなく、本心だと思うんだ。あのガキは、本当に今まで、“人を殺しちゃいけない”って、自分の親から教わってこなかったんだ。“そんなこと、常識以前の問題だろう”なんて言うのは大人の理論さ。たぶんそうやって、当たり前のことを、自分の子供に教え込んでこなかった親が、あとどれくらいいると思う?
 本当は、そういうガキの親だって、それと気づかないうちに、自分の親にそういう躾をされてきたはずだ。だって、そうだろう?赤ん坊は、何が良いか何が悪いかわからずに、この世に産まれ出てくるんだから。それを、自分たちは自分たちの力だけでここまで大きくなりました、って顔していやがる。他人の命を奪うことは悪いことだとわからない人間が、人を殺すことを躊躇したりするか?何が良いことか、何が悪いことかも教えてくれなかったくせに、大人は、動機が理解できないだの、刑を重くしろだの言うだけだ。
 法的にだけじゃなく、根本的に、意味もわからずに、はっきりとしたそれらしい動機も無く、人を殺す17歳のガキも、40歳にも50歳にもなった大人が、“しょうがなく”人を殺すのも、その罪の重さは変わらない。しかし、あえて言うなら、“人を殺しちゃいけない”っていう、常識以前のことを知ってて当然の、いい年した大人(いわゆる“大人”だ)が人を殺す罪の方が、罪深いと、おれは思う。」
 この時の僕には、その、宝田さんの主張が、正しいのかどうか、わからなかったし、そんなことはどうでもよかった。たった1つのことで頭がいっぱいだったからだ。
「宝田さん、僕は、先輩が殺人犯になるのを止めることができませんでした。」
「そうだな。・・・でも、そのことで、お互いがすごく大事な存在だってことがわかったんじゃないか。・・・これからは、おまえが、若林の支えになってやれ。なっ。・・・これでお終いじゃあない。ここからが、あいつの人生の、本当の始まりなんだ。」
「・・・はい。」
 まだ乾き切ってない僕の瞳が、再び涙で濡れた。でも、今度の涙は、何だか少し、気持ちを癒してくれた。そう、本当に、ほんの少しではあったが、・・・とても、ありがたかった。

 「あいつは、これから本当に、刑事の仕事をしていけるやろうな。」
引き渡される先輩を見届けた後、本宮さんが、帰るんやったらおれも乗せてけ!と、追いかけて来たのだ。
「このことで周りがごちゃごちゃ勝手なこと言うやろうけど。・・・あいつは、不幸なんかやない。あいつは、生まれ変われたんや。これ以上の幸せがあるか!」
 夕日で照らされた粉雪が、細かくフロントガラスを叩いていた。前方を気にしながら、僕は、普段の本宮さんからは聞かれない優しい言葉に瞳が潤んできているのを、悟られないように必死だった。
「何とか言うたらどや!」
ペシッと頭を叩かれるのを予想していたのに、思いがけなく、本宮さんのゴツい手のひらが、僕の髪の毛をクシャクシャッとしたことで、僕はますます言葉に詰まってしまった。
「泣くな!あほーっ!・・・なんでおれが助手席に座って、おまえの涙拭いてやらなあかんねん!ちゃんと前向いて運転せえよ。おい!頼むで!」
「・・・もう!本宮さん!ちょっと黙っててくださいよ!危ないじゃないですか!」
本宮さんの差し出したシワシワのハンカチを振り払うふりをして、僕はグィッと涙をぬぐった。
 
 落ちかけた夕日に焼かれたこの街が、今までもずっと美しい姿でここにあったのを、僕は今、初めて知ったような気がしていた。
 僕たちはずっとこれからも、この町で生きて行く。いや、生きて行かなきゃならないんだ。
 時には、先の見えない吹雪の道を。
 そして、―――時には、全てのものに降り注ぐ、日の光の中を。


(おわり)
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