2002年作の色鉛筆画
土着的な絵で、山が配置されている。
6つの山が描かれているのが見てとれる。
土俵入りした山からは、火の玉のようなものが吐き出され、
中心部分には地下水?湖?のようなものがある。
こういう絵のスタイルは、芸術新朝から切り取った「八重山の老婆」が描いた植物の絵から始まったように思う。
会った頃から大切にしていて、時々アトリエで見つけます。
随分古い雑誌から切り取られた絵は、アトリエで移動しているらしく、
見たと思ったら、どこかへ行ってしまうようで見つけられない。
その絵は、木に蛇が巻きついている絵で、色鉛筆で素朴に描かれたものでした。
もう一枚は、植物、小さい花を付けている絵でした。
その絵を見ながら、「この絵は、いい絵なんだよ」と遠くを見る眼差しで話していたのが印象的でした。
「この絵には、命がある」というような事を言っていた。
その絵から、多くの刺激を受け、色鉛筆画を描いていましたが、
この絵もその一枚になります。
「土地」が持つもの。
山が噴火し山々が現れ、そして雨が降り、川ができ、水が溜まり湖になる。
そして、人の営みから、呪術的な要素が加わり、その地の気が作られる。
武内の現代のプリミティーブな絵への試み。
その内容は、鹿児島県徳之島で過ごした幼少期にあるようで、
子供の頃、祖母の話に出てくる「ユワトゥシ神(魔神)」や「ケンムン」を子守唄に聞いて育ったという。
子供の頃、そのケンムンの姿を見たことがあると言う。
大きな体格のいい男で、全身に毛が生えていたと。
「おるんやねぇ」と深くうなずきながら、意味深に言う。
わたしは、妄想のような気がするが、一緒にうなずきました。
そんな幻想やら、民族学からの影響が強い作品だと、捉えて頂ければ幸いです。
時々、そこを越えて、「アール・ブリュット(アウトサイダー・アート)」に分類されることがある。
わたしとしては、「障害者でもないし、精神病院にも入ったことがないから、似ているようで違う」と思っているのですが、
「武内さん?あのアールブュットの人ね。」と言われると、
「確かにアールブリュットには、興味を持っていて武内は、好きですけど、
似ているようで違うと思いますが・・・。」と慌てて訂正するわたしです。
何故か、真剣に取り合ってくれません。
また、ある方から、「アールブリュットの作品を収集している方がいますから、紹介します」と
お電話を頂いたことも。
遠距離だったので、叶いませんでしたが、皆こんなふうに思っているようです。
心の中で、「一応武内は、精神病院には入ったことはないから、違うのよ」と強く思います。
ヒロク二さんは、占星術では「射手座」。
射手座の本質を読みました。
それが、そのまんま「射手座」の性格。
あまり占いを当てにはしない性格なのですが、そのものなので驚いた。
水色の文字の部分は、射手座の特徴の抜粋です。
自由に生きて型にはまらない
何ものにも囚われずに、自由に生きるのが射手座。弓矢のようにどこかに飛んで行ったまま、帰ってこないようなことも少なくありません。常日頃から誰にも束縛されることなく、自由奔放に人生を歩みたいと思っていて、プライベートにおいて誰かに指図されるようなことも好きではありません。「右に倣え」というのは一番性に合わない言葉。自分の行動に責任を持つことができればいいと考えていて、無責任に自由を謳歌しているわけではなく、そこにはプライドも存在します。
医者のパトロンが現れた時、行き先も聞かず、淡路島ということだけで島に行き、
その途中であった農家の方の牛小屋で過ごすというのも自然なことだと思いました。
学校も自然にいかない。
「右に倣え」も絶対にしようとしない。人にどうおもわれようが平気だ。
それでいて、変に周りから好意的に思われたりもしている。
そういう奴だと認められている。
お世話になった評論家の方のお葬式に行くと言いながら、白いシャツをきている。「せめて黒いシャツにしなさい」と注意しました。ところが、「これでイイって」とスタスタと出かけてしまった。帰ってくるなり、「俺1人だけ。白いシャツ着てるの。」と言いながら、「でも、皆お前らしい、って言ってくれてねぇ」と。褒められていると思っているという・・・。
心にロマンを持っている
射手座は現実的ではない、夢のような非現実的なものにひきつけられる傾向にあり、非現実主義者なところがあります。常識というものに囚われるのを嫌い、ロマンを愛しています。ロマンを追いかけて、センチメンタルになることもしばしば。そのせいで、夢見がちだと思われてしまうことも少なくありません。夢は叶うものだと考えていて、そのためにする行動が、他の人には突拍子もないようなことをやっているように見える時も。射手座は後先考えずに行動をしているようでも、実は意外と考えを巡らしながら動いています。
いつも妄想気味。
その上、センチメンタル。悲しいことにはロマンを膨らませて拡大している。
ロマンに関しては、自分でそのシュチュエーションを作ることすらする。
肺病(結核)が重病の頃。結核を煩った恋人をいつも思って、見舞いに行った話しを聞かされたのを思い出した。射手座の行動そのもの。そうだったのか!と。そして、「悲しくてね」と言う。
突拍子がないようなことはする。台風に合って電車が止まって立ち往生した時、
友人宅へ行こうという事になり、行く道行で大きな倒れた木を見つけて運びたいと言われ、
何故か大雨の中、2人でエッホ、エッホと、肩に木をかけてびしょ濡れになりながら、坂道を上ってその方の御宅へ。「何が嬉しくて、傘もささず女が木を担いでいるわけ?びしょ濡れになりながら・・」と一歩一歩坂を上って行きました。直系15cmぐらいのの木でした。
悩むのは大キライ
基本的に、非常に楽天的な性格をしている射手座。そのため、いつまでも内にこもって考えをめぐらせたりするのは大の苦手。気になることがあればすぐに聞くし、失敗を恐れて行動を躊躇するようなことはありません。常にポジティブで、多少のことに悩んだりはしません。常に新しいことへと挑戦しようとするので、悩みごとは抱えるだけ無駄と考えているところがあります。そのため、射手座は相談相手にはあまり向かないことも。
以前、「あなたって、酷いことを言われても落ち込まないよね~」というと答えが、
「落ち込んでもしょうがないでしょ。それに、時間がもったいないし」
そう、立ち直りが意外と早い。急にノリが軽くなる。
いつも相談をされるのは私で、私の相談には耳を貸さないのもわかる気がした。
興味がないということだ。
嘘をつけない正直者
素直な性格で、嘘をついたり欺いたりというようなことができません。そのため嘘をつくと、ひどい罪悪感を感じてしまいます。どんなことでも、正直に口にしてしまう射手座。場合によっては、知らせなくていいようなことまで話してしまうこともあります。自分の知っていることは黙っておくのが難しいので、そのことでいらぬトラブルに巻き込まれることも。射手座が嘘をつけない人だということは周知の事実なので、信頼できる人としてのポジションを得ています。
一言多いというか、配慮がわからない人だ。
私の実家で夕食を母が用意した時、一日目は歓迎の料理だったが、二日目は、「今日はいろいろあるから、あり合わせで悪いですがね。」とヒロク二さんに言うと、
「今日は残飯整理ですか?」と良人。
母は、「あれはどういうこと!」て、私に向かっていい、キーって地団太ふんでいたということもあった。
冒険大好きな好奇心のかたまり
射手座は、とにかく面白いものを求めて動き回るのが大好き。常に何か夢中になれるような、ワクワクするようなものを探して生きています。退屈なのは大嫌いで、いろいろなものに目移りするため、飽きっぽい性格と言われることもしばしば。面白いことのためなら、全く知らない世界にも恐れを抱くことなく飛び込んでいくことができます。
退屈が苦手なのはよく知っている。退屈したら「すぐ、出よう」とその場を離れるか、
そうできない時は、体がソワソワ動いて、目の前の物を触ってみたり挙動不審だ。
わたしは「乙女座」なんです。
責任感が強く律儀
乙女座は非常に責任感が強く、与えられた仕事は納期を守り完璧に仕上げようとします。一度引き受けた仕事は決して投げ出さず、壁にぶつかっても乗り越えて最後までやり遂げます。ちょっとした口約束でも適当に流さずに守る、とても律儀な人です。期待をかけられたら全力で応えるのが乙女座なのです。律儀な性格は人間関係に大いに表れます。借りは必ず返すタイプで、一度受けた恩は忘れません。律儀さは悪意に対しても例外ではありません。一見温厚ですが、やられたらやられた分だけやり返します。
責任感は強いと自分では思う。不埒なヒロク二さんを見ると、役割を果たすすもりなのかと、不安になる。
やられたらやられた分だけやり返すとあるが、ヒロク二さんにそれをしようとしている時があるのを自覚します。律儀なので、やられた分を換算してやり返す。嫌な性格です。
誰かの役に立ちたい生粋のアシスタント気質
そう、目立たない方が好み。自分がしていることを人に知られなくてもいい。
正義感が強く頑固な一面も…
正義感が強く、正しいことを信じて貫こうとするのが乙女座です。困った人を放っておけない面倒見の良い性格ですが、時に頑固さが表れてしまうので注意が必要です。正解や正義を優先し過ぎると普段の思慮深さを失い、相手を返って追い詰めることがあるのです。
自分でも頑固なところがあるのを知っています。
父は、「こいつはな。一見大人しいようだが、言い出したことについては梃でも動かんの。
これまた、なんと強情なことか」まいったみたいな顔をして言われたことが。
ヒロク二さんは意外と慎重で、心配性で石橋を叩いて渡るところは、違うと思ったり、
乙女座は、几帳面とあるが、わたしは大雑把で部屋も散らかり気味。
大まかに捉えると、そういう傾向にあるという捉え方をしました。
↓基本なので、どの占星術でも大体同じ内容です。
私は、今日の運勢とかは興味ありません。
射手座を見ると、ヒロク二さんはそのままの性格でした。
「自由の人」ということです。
驚きだったのです。
でも、芸術家じゃなかったら、つまはじきにされそうな性格で、
人はうまい具合に適材適所になっているのだと思う次第。
そうなんだと思うと、笑えるような。
私は、考えられない行動をよくさせられているというか、ふりまわされているというか、
多分、1人で生きるより多くのことに遭遇する道を選んだのだと思います。
散歩道で、ヒロク二さんが、電車の枕木の木片を見つけ、「持って帰ろう」と言い出し、
2人で交代で持ち運んだことも思いだしました。
「何で、こんな重いものを持って帰りたいんだと」疲れる身体に鞭打ち、
電車で白い目で見られながら、持って帰りました。
オブジェを作るのに、よく拾い物をするのだけど、後先考えないのが射手座なのでしょうか。
思いついたら、考えるより早くなんでしょうね。
いつも、トホホなわたし。
夕方、ひまわりの写真を撮りました。
↑遅い時期に植えつけたので、背が伸びず横に広がっていってような様子。
大きい鉢からははみ出ていますが、背丈が思ったより小さい。
秋も咲くひまわりなので、まだまだ楽しめそう。
今は、ビオラの種を蒔こうと、種まき用の土を買ってきました。
早く蒔かないと成長が遅くなるので、明日には終わらないと!
種まきとか、植え付けって時期を逃したら、いまひとつになるのが分ってきました。
秋は春の準備になります。
来春に咲くチューリップの種類を選んだり、ひとつの切り変わりの季節。
春の庭を思い浮かべています。
射手座の性格がそのままだったので、驚いたことを書きました。
性格や性向を見て、芸術家はあっているなぁ~と痛感しました。
そして、私は縁の下の力持ち。
ヒロク二さんの現実の言動と行動と照らし合わせてみました。
人は自分の道をうまく選んでいるのですね。
今日も、文章を読んで下さった方、ありがとうございます。
桜島に見えるようになったということは、本当に絵をよく見て下さっているのだと思いました。ヒロク二さんのDNA鑑定の鎖の認識まで出来るような感覚かな。山の頂点の波のような形が特徴と私は思っています。
アールブリュットのことも流行りになってから、武内をそっち方向へ考える人が増えたと思います。私の思いを分ってくれて嬉しい。画家としてのキャリアも長く、洋画家、現代美術、ロック喫茶経営(二軒)、8mmフイルム、色鉛筆画・・という流れはアールブリュットにはないと思うのです。もともとヒロク二さんは、アールブリュットについて早くから興味を持っていましたが、流行るとこういう誤解が生まれるとはねぇ。
占いは、占いをして、それを気にして、占いに縛られる要素があるというのが・・・。自分の中で、一喜一憂してしまう弱さがあるから、のめりこまないのだと、私の場合は。今回の射手座はヒロク二さんを客観的に見れて良かったと。「思いは同じではない」という。
私も乙女座で、繊細とあると嫌だなと思います。自分の弱さの指摘のようで。認めたくないのかも、というともりんの気持ち分るわ。ムッときて、不機嫌になる感じが私にはあります。
それでも、12星座とあるので、12のタイプに分けるのも無理があるのですべてが当るわけではないと思う。生まれた日意外に、時間、場所を加えたホロスコープからだともっと近寄るのかも。
しかし、ヒロク二さんは射手座の性格がピッタリしているが、当人は占いなどは全然興味がないし、「こういう自分が嫌い」という話しは聞いたことがない。「生き方」に重点が置かれているからかな?
このひまわりは、遅くに苗を買ったせいか、苗についていた写真の花姿が全然違うのに驚いています。(苦笑)この時期、ヒロク二さんから「コスモス」が見たいと言われたりしていたので、「今年もコスモス見たい?」って聞くと、「別にねぇ、そんなに華やかな花でもないし、特別にいい花とも思えないし、ちょっと毒々しい花はないの?」だって。前、はかなくコスモスに焦がれていた気持ちはナンだったの?と言いたい。やっぱり、射手座なんでしょうかね。
ソフィア・ローレンは、大輪の花のような女優さんです。とても好き。大きな花がこの人には似合います。映画も思いだしました。「ひまわり」は、切ない映画でしたね。
台風は無事すぎていきました。でも、また新しい台風が来ています。大事無く、通過しますように。
心遣いのコメントありがとうございます。
雄々しくて、でも全体のファンキー感が、南の地方=九州、と感じたのかもしれません。「肥後もっこす」な感じなのですが、なぜか桜島……。
生命のエネルギーを体内にたくわえていて、「噴火しちゃうぞ」とキュートに言っている感じがします。とても好きです。
いつもながら、ピンクもすてきです。すてきなピンクと緑と青。そして、上部の淡い色彩。本当になんて力強く美しい色彩なのでしょう。
そして、サインの位置とその紫色がとてもすてきです。この位置にこの色で書くサイン、すごいなあと思いました。
アールブリュットのこと、さほりんがそうではないと思っていること、慌てて訂正すること、そうだなと思いました。私は学術的な美術の知識はありませんが、自分なりにその意味を調べたり解釈して、ヒロクニ先生の作品は「違う」と思います。
「アールブリュットの人」と言う人たちの想像のはるか上を超えている作品を制作しているのだと思います。理解できない人たちが、自分たちのわかる範囲での分類をしていると考えます。
そして、ケンムンのことは、見たことがあるのだと思います。私たちの生きているこの空間には、科学で証明されていないことがたくさんあるし、その人が体験したことはきっと事実だと思うからです。
私も占いは信じない派なのですが、今回引用していただいた内容は、当たっていそう……と思いました。
気になって、リンク先を見てみました。私は蟹座です。
強い特性として「家族愛、母性、子供好き、感謝されること、お財布の紐は緩め」とありましたが、これはハズレでした(残念ながら……)。
水のエレメントは合っていそうです。でも、先ほど「ハズレ」と言った部分は、自分として持ちたくない・認めたくない部分なのかもしれません。自分的にこういうことを嫌っているのかもしれません。
久しぶりに占星術に触れてみて、ちょっと違う観点から自分を考えることができました。
横に広がったひまわり、やはり南仏っぽくてすてきです。
ソフィア・ローレンのひまわりは情熱を感じますが、さほりんのひまわりは抜け感と風、そして絶妙な花の配置を感じます。
種まき、大変です。まだまだ気温も湿度も高いので、外の仕事は大変です。
さほりんのビオラが来年はどんな花を咲かせるのか、楽しみです。
台風がたくさん被害をもたらしています。台風があまり影響しませんように。
西洋占星術が古代メソポタミアの時代からとは知りませんでした。
書き方が悪かったのかもしれませんが、「悪い時」というのは、「悩みのあるとき」という意味で使いました。悩んでいる時に、占いに走る人が多かったので。
占星術(ホロスコープ)を利用して、生かしている体験までありがとうございます。
私は、今回、まんま射手座の性格の良人を客観的に見ることが出来たのが良かったのです。無駄なあがきをしてたのかも?と思いました。占星術の話し、頭の片隅に入れておきます。
では。
>>悪い時期に占いをする人って多いのではないかしら?
占いの結果は占術を行う時間、場所に左右されません(場所は霊力が強い所だと判らないが)結果は占者(というか流派)により、ある程度変わります。
某ch掲示板に占いスレッドがありますが、見ていると明かされた自分の運命をどうのこうのと嘆いたり喜んだりするだけで閉鎖的にしか見えませんね。何故、積極的に占いを利用しないのでしょうか?幸運な運命なら積極的に行動に出れば良いのに。
私事ですが19歳の時、本屋で立ち読みした西洋占星術のムック本に、私の木星(幸運)が対人関係(7ハウス)にあることを知りました。人との付き合いに幸運があると分かり、すぐに行動に移します。元々社交的でもあるので、より強力に推し進めることにしたのです。おかげで色々なアーティスト達との交流で華やかな20代を過ごすことが出来ました。19歳という若い時に、この本に出会えたのは本当にラッキーだったのです。
海外では、占星術は、学術的に研究機関があったりと、意外と権威があるらしいですね。ホロスコープを精査してみると、より鮮明にわかることがあるのだろうなと、思います。悪い事が当ると、悪い事を強調されていますが、悪い時期に占いをする人って多いのではないかしら?
画家の家は、経済的にたいへんなので、占ってもらたことはないのです。もう、意思とか努力と、時折訪れるラッキーで成り立っています。占いで大難は、小難になるとしたら、とってもいい事だと思います。
「悪いことから、すべてが始まる」というのは、ヘーゲルのいう「否定の矢が放たれた時に物事は発展する」という意味に近いように思いました。
面白い、コメントありがとうございます。
TVニュース、新聞、考えると世の中は悪い事を中心に物事が動いているのが分かります。映画やドラマもすべて悪い事から始まる。良い事から始まれば「みんな、幸せに暮らしたとさ、チャンチャン」ですぐ終わってしまい物語にならない(笑
悪い事がよく当たる占い(特にホロスコープや四柱推命)は非常に役立つと思いますね。「個人が背負っている、まだ発動していない大なり小なりの不幸」を事前に知って避ける行動に出れば、それは「幸運」と言えます。