武内 ヒロク二

このブログは、武内ヒロクニの絵の紹介や、家での出来事を妻が語ります。
日々、徒然。

積まれたユニット(色鉛筆作品紹介681)と 怪しいものについて

2022-07-23 11:32:07 | Weblog

人形が、夜になると、人が寝静まると話しだす・・・、そんな童話がありますが、

これはその積み木版で、放って置かれた積み木が夜に目覚めたような感じです。

静けさがあるので、そんなふうに感じるのでしょうか。

この形自体は、何度も絵に描かれた物もあり、

「あの絵の形がここにあるな。」と認識する。

白と肌色の部分。

肌色の部分は、これが羅列されていてポップな絵があります。

白い形は、同じ表情で描かれた絵が。 

この絵はシンプルさによって、

気持ちをしっとりと落ち着かせてくれるところが気に入っています。

いつも思うことですが、幅広いといえば聞こえがいいが、

我が夫は、絵柄も極端から極端に行く思考回路が未だに謎。

絵も同じように、いろいろだ。

人を不安に陥れる要素の作品もあって、

それは未だにブログで紹介する勇気がありません。

いつ見ても、頭の中で「ガーン!」という音がする作品があるのです。

こう書くと、怖いもの見たさに「見たい!」と思う人がいるかもしれないが、

わたしの秘密にしておくつもり。

この絵は、黒く鉛筆で塗られている部分には、

青い色鉛筆で下塗りがされています。

油絵の下塗りと同じ効果があって、鉛筆の隙間から青色が見えます。

白色の部分は、薄い水色の上から消しゴムで消されている。

シックな雰囲気になっているのは、その効果かもしれない。

単色のようですが、よく見ると浮かびあがる色があります。

 

 

例の統一教会への批判が溢れる中、

「どうして、そんな宗教にはまってしまうのか?」疑問に思いました。

こういうのって、“ねずみ講”にはまる人ともかぶる。

方向は違うように思うが、安易な思考がよく似ていると思う。

わたしも学生の頃、アムウェイの洗剤を買わされそうになったことがあります。

「いい話があるから、話だけ聞きに来てくれない。」という誘いだ。

「いい話って、何で電話で明かしてくれなかったのかしら。」と道すがら思いつつ行く。

洗剤の良さを説明され、その次に“ねずみ講”のシステムを説明され、

「金が儲かる。いい生活が待っているよ。」というノリ。

「そんなん、やりたくないし。その洗剤も欲しくない。」と言うと、

急に怒り出し、「お前みたいな人間は、おかしいのだ!」という内容に変わり、罵られた。

そのさそった友人に「話はだけ聞きにきてくれないって言ったよね。」と念を押し、

「そういうことなので。」と帰った。

大抵の人は、ねずみ講には参加せず、これ買えばいいのでしょ!と2000円で洗剤を買って帰る人が多いと思う。

その場をやや穏便にしのぐ選択だ。

しかし、友人の立場より、災難にあったわたしの立場を優先し、買わなかった。

そして、帰り道「よくもあんな所に連れていったわね。」と友人には詰め寄っておいた。

友人関係を続けるなら、正直に怒っておかないとわだかまりになると思ったのでした。

今思い出しても、その場の雰囲気は異様で、なんか嫌な感じであった。

学生で、絵具を買ったり、映画や、

友人とお茶をしながら話す為のお金の方が大切でした。

 

それでも、心が弱った時、「あなたの運勢を占います。」の

ハガキをポストに入れているお婆さん(70代ぐらい)と目が合い、

話しかけられ、軽い気持ちで、「無料ということで、まあ、どうぞ。」と言われ、

占った結果を聞きに、アパートの一室へ行ってしまったことがある・・・。

その頃は、武内が膀胱癌だったにも関わらず、治療を拒否していた頃なので、

占いを信じるというよりは、「いい智恵でも出してくれないかな。」と思って。

その結果を聞いたあと、

(その結果の内容を覚えていない。それほど、興味がない事柄だったのか?)

「勉強をしなくてはいけない。」とか言われ、月20,000円と言われる。

「そんなお金どこを探してもないし。」と言うと、

「じゃあ、どれくらい出せるの?」と聞いてくる。

「5000円で~す。」と言うと、ちょっと沈黙があり、あきらめるだろうと高をくくっていた。

それが、「あんた気に入ったわ。5000円でいいわ。」と言われ苦難が・・・。

「3000円と言えば良かったかな?」と後悔した。

その先生と言われる人の顔をじーと見た後に、ペンケースを見るとハングル文字が書かれていて、

見慣れない文字をじーと見ていたら、

その先生は、ペンケースをくるっとひっくり返し、見えなくした。

見ていただけで、何も考えていなかったので、隠すようなこと?とかえって疑問に。

その5000円とやらで、月四回、わけの分らんビデオを見て、雑談のために新たな“おばさん”が加わった。

いつも3っケーキを買ってきてくれて、3人でお茶を飲むわけです。

「病院に行ってもらうのに、いい方法はないですか?」こればかり聞いていたように思う。

その内、「わたし、ケーキいらないからどうぞ。」と言われ、

いつも2つのショートケーキを食べるようになる。

「いやぁ、正直に言うとケーキを買うお金もなくて、久しぶりで嬉しい。」と言い、

単純に喜んでいました。

ここでふと、ケーキ2個が(350円×2)×4として、=2800円。

5000円から引くと利益は月2200円。

その上、この場所代?

この人達は、何の為にしているのだ?と。

良い智恵も、言ってくれないし、と思った頃、

急にパンフレットを見せて、「この絵を買ったら、金運が上がりますよ。買いませんか?」と言う。

その絵を見て、「あのう、わたしこれでも主人が画家なんです。

悪いですけど、こんな価値のない絵買えません。

絵は、見たら分ります。ごめんなさいね。」と断った。

次は、“お焚き上げ”をするから、10000円という。

「癌が治りますよ。」と。

ここで、一瞬、「直る・・・。」と心が一歩だけ動いたが、

「5000円で、精一杯と言ったと思いますが。」で止めた。

その後、お茶の時間に物腰の柔らかい優しげな人(新手の方)が、

「主人に相談しないことの1つにお金のことがあるかな。」と耳元で呟く。

心の中で、「主人に相談しとかないと、我家の場合は使えるお金が少ないから無理。

隠してバレる方が怖いわ。この人、わたしの状況を普通の家と思っているか、

誘導しているのかも。」と思いながら、ケーキを食べてました。

(悪魔のささやきみたいで、そのものかも。悪魔がよく誘惑するじゃないですか。)

話の間、もう1つ不信な発言が・・・。

「私、北朝鮮に行かなくっちゃ。」という発言。

「どうして、普通の主婦が北朝鮮に行けるのですか?」と声が裏返って、

わたしは素っ頓狂な声を出す。

見切りをつけて、4ヶ月ぐらいたった頃、約束を破っていかなくなった。

(この場合、約束を破っても良心はなし)

 

また、時間が経ちヒロク二さんは、病院に救急搬送され、病状の結果が、

胃潰瘍で、癌の方は再発まったくしていなかったのです。

もう、てっきり直ったと思い、買い物で自転車を走らせていると、

例の占いのお婆さんが歩いているのを見つけた。

すぐさま声をかけ、「聞いて下さい。主人の癌が治ったのですよ。」と嬉しい声で言うと、

「えっ、癌が治るはずがない。」と言うではないか。

「ちょっとぉ。喜んでくれないの?」私は、ザ・ヤクザに変身しつつあるのを感じながら、

「ちょっとぉ。あの時、癌は治るって言わなかったけ・・。」

言いながら、眼を丸くして首を左右にかしげながら近づいた。

「わたしを騙していたのね。」

一瞬、暴力を振るいそうであった。

首根っこをつかんで、罵りたくなったのよ。

しかし、5000-(350×2)×4=2200円を思い出し、まあいいかと思い、道を急ぐことにした。

そのお婆さんは、よくその辺をうろちょろしているようで、

今度は、「多文化交流」と書かれた、ビルの1室に入るのをみかけた。

これも、怪しい団体なのか?と思うと、秘密組織みたいだと思いました。

この体験で、心が弱っていると、人と言うのは弱いものだと自分で思いました。

 

だけど、防御も出来るわけで、

わたしの場合は、自分の経済能力の把握や、良識、夫との信頼感を維持することや、

自分が大切にしている事などが守りになっていたと思います。

わたしが思うには、正体を隠して勧誘したり、ひつこい勧誘、

止めたいと言ったら態度を豹変させるような宗教はおかしいと思うのです。

わたしは、自己を磨くために宗教はあると思う派なので、金を積んでには疑問がある。

オウムなんかも「宙に浮く」とかやっていましたが、

「そのパフォーマンスに目を奪われても、宙に浮いてからといって、それで何がよくなったの。」と思うのです。

それで人が救われるわけでもない。

「平和」とついているものに、碌なものがないとよく書きますが、今回はまさしくソレ。

統一教会の正式名称は、“世界平和統一家庭連合”という。

やっぱり、“平和“とついているものには、用心した方がいいと再認識しました。

 

ヒロク二さんの癌。

結局、再発したのですが、全嫡手術を受けて根治に挑み、

それから良好状態で、今に至ります。

心が弱っている時に、魔の手は忍び寄ってきます。

用心しましょう。

わたしも、その占いで、お金を騙し取られていたかもしれない。

その頃、お金が本当になくて、その日暮らしだったのも良かったのかもしれない。

今日は、わたしの変な体験を書きました。

ケーキを月に8個を食べた日々の手記とも言えますが・・・。

しかし、わたしも変な人だなぁ~と書きながら、少し思う。

見せられたビデオの内容は、さっぱり覚えていない。

まったく興味がなかったようです。

相手の立場になれば、とんでもない奴だったかもしれません。

自分勝手で。

その上、財布の紐も固い。

 

 

曇りがちな天気が続きます。

我家の庭にひまわりを植えました。

↑このひまわりは、大きくなるらしく、大き目の鉢に植えました。

どれぐらい大きくなるのか楽しみにしています。

ひまわりは、ヒロク二さんのリクエストで夏に植えて欲しい花の1つ。

小さめの花がたくさんつくものを選んでみました。

↑ことしも小芋を植えています。

この葉のおかげで、ジャングルのような雰囲気になる。

手前、中央の葉は、さやえんどう。

一度収穫を終え、新たな花が咲いているところ。

豆って、ぶら下がるので、その様子を見るのが好き。

楽しい植物だ。

 

↑花がないので、思い切ってエキナセアを一本手折りました。

バジルの葉と合わせてみた。

まだ、寂しいと思い、ピンクのインパチェンスを足した。

色味が爽やかな感じになったので、これでよしとする。

とにかく、今、花がない。

ヒロク二さんは、やはりエキナセアが好きなようで、

「いいじゃない。」と言って通り過ぎていきました。

花に元気を貰ってGO!

 

怪しいもの探検のような内容になってしまいました。

もう少し、付け足すと、とても地味な服装の人達で、

色味が少なく、白っぽい服装が印象に残りました。

微笑むけど、冗談とかは言わない。笑うことがない人達だったと。

それと、新興宗教で反対意見を真面目に議論してはいけません。

論理性はないので疲れるだけです。

今日も、お読み頂いた方、ありがとうございます。

何か役にたっただろうか?

役にたたない・・・・だろうね。

 

 

 


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2 コメント

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Unknown (ともりん)
2022-07-29 00:56:03
しっとりとした深い色で塗りこめられたモチーフを見つめていると、違うものが染み出てきます。「色が塗られているだけ」と見えがちなのに、とても不思議です。
この、ぐりぐりと塗られているように見えるものが曲者なのだと思っています。深淵に引きずり込まれそう。単色に見えても、見ていると全然違うのです!
不思議の国や鏡の国に行った、アリスが見ているような世界に感じます。単純な作品に見えて、とても違います。
下塗りの青、気が付きませんでしたが、じーっと見ていると浮かび上がります。すごい作品のように感じます。もっと多くの方に見ていただきたい!と思いました。
さほりんのこのブログを読むようになってから、音楽を鑑賞するように絵画を鑑賞する、と感覚が変わってきました。
そうすると、以前は写実的な作品を描く作家さんがすごいなーと思っていましたが、今回ご紹介いただいたような作品を見ると、すごくぞくぞくするようになりました。
感覚で絵画を鑑賞する、という感覚なように感じます。この、青と緑と白、そして肌色!この色の発色と配置とモチーフ、これすごくぞくぞくしない?と他の誰かに言いたくて共有したくて、という興奮が湧きあがる作品です。
とても好きな作品です。

宗教や勧誘のこと、よくぞそこに染まらずに過ごしていただきました。
私は「自分の考えが自分の宗教」と思っています。もちろん、そこに至るまでには紆余曲折、口車に乗せられそうになったり、お金の問題になりそうになったり……もあります。
信じる人はそれで良いのですが、私の考えは、さほりん派なので、お金は出しません。(出せません(笑))。
人の弱いところをついてくることや諸々ありますが、「自分の考えが自分の宗教」でこれからもいきたいです。
ケーキとその費用のことが、とても良かったです。さほりん、さすが! その考え方が、とても好きです。

私の夫も癌になり、ちょうどコロナ禍の状況とぴったり重なりました。度重なる入院と手術で、面会もできず治療もままならず、大変なことになりました。
回数を重ねた手術と長期の治療で、今は家で生活ができるくらいになりました(だいぶ体が弱りましたが)。けれども、いつまた再発するか……という綱渡り。そんな中、何か宗教的な誘い文句をかけられたら、やっぱり「いい智恵でも……」と思うと思いました。
これからも「自分の考えが自分の宗教」で頑張りたいです。
アムウェイのことも、同じような経験ありです。私もさほりんと同じような反応をしました。そして、同じように罵られました(笑)

ひまわりが素敵です。鉢植えのひまわり、ただ自由に咲いているだけだと思うのですが、さほりんのお花は、なんというかすべてが絵になるのです。このひまわりには南仏の空気が漂っています。
多分、さほりんはわからないと思うのですが、このような「ありのまま」の美しさを出せるのは、なかなかできません。
そして、一本のエキナセア。しかも緑色の葉はバジル! 私もこのように花を飾りたいなあ、としみじみ思うのです。


さほりんのするどさに、どきっとしました。精神的に疲れている、と言われるとそのとおりかもしれません。音楽と同じように、絵画も音楽と同じように自分の精神状態で感じ方が変わったり、感情にセンシティブに響くことに、改めて驚きました。
ご心配をおかけしました。さほりんの暖かいお心遣い、とても嬉しく、ささくれだった心が和らなくなりました。いつもありがとうございます。
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この作品を見た時に、感じるものは不思議な感情かな? (さほりん)
2022-07-30 10:27:05
コメントありがとうございます。
感覚で鑑賞する。確かに、ヒロク二さんの絵は、感覚的で、理詰めで考える人には向いていないと改めて思った次第。「音楽を聴くように絵画を鑑賞する」と、以前の作品で、JAZZの曲がタイトルに付けられている絵なんかは、また違った感じで鑑賞できるかもしれませんね。ヒロク二さんの友人は、皆音楽好きな人が多いのにも理由があるのかもしれません。ともりんもそうだし。この絵から受ける感触が私も好きです。この感覚たまらないわ~って。(笑)

怪しいものって、至る所にあるのか・・・。もう、日常に蔓延しているのね。
「自分の考えが自分の宗教」の箇所で、そうそうと思ってしまいました。でも、それは常識や、自分の道徳感や、考え(生き方)がからみあって自分を形成しているものと思うから、こういうものがない人が引っかかり易いのでしょうか。ともりんは何気に書いていますが、「自分を信じる」に通じるものがあると思います。この時は、話に関心が持てないせいか、観察ばかりしていたみたい。まあ、ひつこくなかったのが幸いでした。ひつこくする価値がないと思われたのだとしたら、ラッキーなことです。

ご主人の入退院とコロナが重なって大変だったのですね。病気の当人も大変なのだけど、実は周りで気働きをしている人の方が疲れるのです。疲れ方が違うというか・・。病人は痛みや不安で、病気の自分と戦うことになるが、周りは細かい気遣いの世話で思いのほか疲れるのです。気をはって疲れが出ないうちはいいけれど、ホッとしかけると疲れがドット出る。もう、体験者は語るですが・・・。休める時は、休息してね。
あと、私がしていたことで、鏡を見て、口角を上げて鏡を見てニコッと笑ってみる。心から笑わなくても、形だけでも。口角を上げるだけで、気持ちが一瞬ホワッとすのです。疲れて悲惨な気分の時にやると、一瞬張り詰めていたものが緩む。私がしていたことが、ともりんにもいい効果があるかはわかりませんが、その一瞬のホワッとしたものに救いを感じた私でした。運気を上げてくれるような錯覚もして、鏡の前でやっていました。もし、この感じ好きと思えば、お試し下さい。

ありのままの感じ?暑くて、雑草や庭木が伸びっぱなしなのが、そう思わせるのか?自分ではわからないのです。ともりんの言うとおりだ!
ひまわりに関しては、ヒロク二さんは、背が高く伸びるひまわりじゃないと文句を言われました。「南仏のひまわりよ」と言う事にします。その一言で、見る目が変わりそう。

暑い日が続くそうですが、お体を大切に。
家事も時々、上手く手抜きをしてみてね。
ご主人が快方に向かうよう祈ります。
ともりん、頑張ってますよ。
いつもコメントありがとう。
長い付き合いになりましたね。そんなことも考えました。
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