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11年目の縦軸 16歳-10

2014年01月18日 | 11年目の縦軸
16歳-10

 大人になると、誰かにこうあってほしいなどと、期待を開けっ広げではないが、膨らませている。意識下で強要もしているようだ。しかし、ひとがどう振る舞いたいかなどの予測もできず、はっきりといえば相手の自由だ。ある種の関係性が深まっていけば、強要も妥当なことに思えてくる。できる部下は、癖や好悪を学習し、かつ先回りして準備しておく。当たれば快感で、外れれば罵声かもしれない。だが、それはもっと大人になってから経験することなのだ。

 ぼくは何も期待していない。もちろん、今日の夕飯の献立をお願いする立場にもいない。彼女がそこにいるだけでいいのだ。後にも先にもこんな感情のままでいられるのは稀でもあり、とくにこの時期のノウハウがない男性だから起こり得たのだろう。もちろん、自分の性質もあり、彼女への期待なき愛があったからだ。こう振る舞ってほしいという願望もなく、女性はこうであるべきだという押し付けもなかった。彼女がどう育てられたのかも分からない。どこかに父と母が確かにいる。疑うことのできない事実。彼女の口から、そのような人物の生きた話題が提供されることはなかった。影響もたくさん受け、反発も少しはしたかもしれない存在なのに、ぼくは何も知らない。ひとつも知らない。

 ひとのことを歴史の本でも読むように知ることは可能なのだろうか。歴史書に書かれるような著名な方の人生であるならば、そこには策略があり、失望がある。権力にしがみつき、ふるい落とされる事実がある。日陰の身になってはじめて知る恩があり、その底辺の時代を慈しみをもって助けてくれるひとが登場する。だが、すぐに歴史の闇に葬られる。普通のひとの場合。

 ぼくの記憶は葬ることをしない。良しとしない。端的にいえば、得ているものも少ない。全部を知っているので愛する。全部を知ってしまっても愛さない。そのどれもが当てはまらなかった。どこから自分の愛ははじまったのだろう? 好みというものが自分にプログラムされているのだろうか? 優しくされた覚えもない。ぼくに好意を寄せたからでもない。勝手に好きになった。その見返りは充分すぎるほどある。こうして、横にいてもらえるだけでいいのだから。

 歴史には暗殺があり、画期的な発見があった。栄光があり、失意があって、失墜もあった。ぼくは過去から学ぶという段階にはいない。現在のみから教えられ、生きた心地になった。幻想とも夢見心地とも違う現実感にあふれた幸福だった。汚れのない純粋な幸福だった。ピアニストが自分の作り出すメロディーに恍惚とするように。

 同時に彼女にもノウハウがないのだろうと思う。男性の優しさの具合など、大して情報もないだろう。それが新鮮さという意味合いで使われるすべてかも知れない。いずれ、手を放さなければならないものたち。二度目、三度目の風化。でも、一度目で完璧なものをいともたやすく手に入れることなどできないことを、いまのぼくは知っている。失敗や思考錯誤を通過してこそ、本物により近付けるのだということを。同時に、ぼくはあの最初のものを失わなければ、完璧で終わり得たのだという幻のような偶然のことも感じていた。

 しかし、世の中は一瞬で終わるものではない。繰り返しと、日常と、飽きないぎりぎりのラインでの日々の惰性の連続のなかにいる。いつづける。毎日、つかむ電車のつり革が違うことぐらいが変化なのかもしれない。ぼくは愚痴を言うために、この時期のことを書いているのではない。もっと、より真実を。

 彼女は、だから男性の優しさなど、未経験に近い状態にいるのだろう。おそらく。プレゼントはぼくの知らない両親からか、親しい友人からのもので完結していた。それがはじめて異性にプレゼントをもらう。期待もない。参考とすべきものもない。いつか、二度目や三度目になる。やっと、自分が欲しかったものを知るようになるのかもしれない。その相手は、ぼくであるべきだったのだろうか?

 ひとりの人生は簡単に終わらない。ある伝記は終わったものを客観的に眺めて書いている。ぼくも、いまの自分が、あのときのことを振り返っているに過ぎないのだ。来年になってみれば、ぼくはこの文を嘘の集大成として抹殺したくなる衝動にかられる可能性だってあった。おそらく百年後にはできない。ぼくも、ぼくの記憶も、彼女の存在自体、歴史の彼方のものとなる。歴史の一ページにも載らない。いまのぼくでさえ、あの新鮮さと別の次元で暮らしているようになっている。Tシャツはまっさらで、青空は澄んでいた時代。自転車には錆もなく、軋む音もしなかったあの時。

 今日も彼女の顔にはにきびひとつなかった。ぼくが見えるところでだけかもしれないのだが。彼女が家で鏡を見ている姿を想像する。ぼくに最大限の愛らしさを見せようと願っているのかもしれない。ぼくはたまにひげを剃る。声変りはとっくに済ませた。もう身長も伸びそうになかった。弟や妹が増えないのと同じ意味で。彼女もこの背丈のままで変わりそうにない。ぼくらの差や、釣り合いがぼくはいたく気に入っている。もっと彼女の身長が高かったらとも、低かったらとも思わない。このままでいいのだ。このままで世界は満ち足りているのだ。ぼくは手をつなぎながら、たまに腕を組みながら歩きそう思う。変化はなくていい。未来も来年もなくていいのだと願っている。もし、あるとすれば、確実に訪れるとすれば、継続してその世界に彼女を持ち込まなければならない。そうなることを知っていた。手放すことなどないことをぼく自身がいちばん知っていた。
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