日々のことを徒然に

地域や仲間とのふれあいの中で何かを発信出来るよう学びます

情報戦

2013年07月11日 | 生活・ニュース
           

 グローバルな情報を、どこにいても、いとも簡単に、時間差なく入手できる時代になっている。その情報は摩訶不思議な力を持っているかのように言われ、「乗り遅れるな」と宣伝される。これに大きく乗り遅れている。戸惑いを感じることはあるが、だからと言ってそのことによって毎日の暮らしで特別に困っているとは感じていない。

 株の取引はまばたきより速い1000分の1秒、0.001ミリ秒で実行されているという。それも組み込まれたソフトが株価の変動を判断してコンピューターが行うという。人はどこで介しているのだろう。株をやらない者には理解できない現象だ。そのスピードでトラブルことがあると、取り返しできるのだろうかと要らぬ心配をして見たくなる。

 このところの株価の乱高下、まるでCMで見るゲームの様に思える。変動のグラフを見ていると日本経済は正しく評価されているの、と疑問を抱く。発表された雇用数値が予測より下回ったから、前日の米国の株価が大幅に上昇したから、アジアの株価が軟調だから、円安による輸出企業の買いが入ったから、株価の変動について解説される文言は連日こんな内容だ。為替が昨日何銭安、今日は何銭高で株価が何百円も動く、こんな動きは理解できず、ついて行けない。

 さなかの参院戦、ネット戦の状況を日々分析し今後を探る研究陣も多いとか。街宣をネット中継する陣営、街宣の直後にネットへ流す、そのためのスタッフを抱えなければできないだろう。選挙公報はまだ届いていないが、空中戦と称されるネット選挙、世論調査では参考にしない方が多いようだが、期待通りの投票率の大幅アップに連なるか、残りの期間は10日間。 

 
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暑くて長い

2013年07月10日 | 自然 季節
            
 
 ある病院の待合室。汗を拭きながら「こう暑うちゃあ元気でなけりゃあ、病院にゃあこれんでよう」と話しかける。「ここにお座りい、エアコンの風がよう当たるけえ」と話しかけられた人は座る位置を少しずらす。高齢者同士、しばし暑さの話がはずむ。

 病院に行きたくてもこの暑さで出かけることを控えたり避けたりする人も多かろう。特に高齢者や体調の悪い人に、梅雨明けで一気に増したこの暑さ、体が慣れないうちの猛暑日続きは厳しすぎる。エアコンのない団扇に扇風機の時代、暑さをとうしのいだのか、思い出せない。

 梅雨入りも早かったが、梅雨明けも同じくらい早かった。明けたとたんに猛暑がお出まし。全国で最高気温やその連続日などの記録更新が報道される。「エアコンが壊れたかと思うくらい暑い」と電話の声。車内は40度、車庫に止めてはいるが、ポリカ製の屋根を通して青空から思いっきり日差しを浴びている車体には触れない。

 声と水音だけが聞こえる小学校の水泳授業。笛の音に合わせて似たような水音が重なって聞こえ始めた。なに泳ぎだろうか。水音が止んだ。と、突然「がんばれ」「もう少し」の声が聞こえてきた。遅れた級友の応援だろうか。もうすぐ夏休み、今年は「暑くて長い」夏の予報、水難に合わないようしっかり学んでほしい。
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幾百千万枚の世相

2013年07月09日 | 生活・ニュース
            
 
 らせん状階段の空間を利用して七夕かざりが立てられている。それには何処も同じように、願いの記された短冊がついているが、屋内のため風に揺れることなくじっと静かにしている。見るともなく願いを読むと、子どもから高齢者までと思われる多種多様な内容だった。施設利用者の願いとして読めば微笑みも浮かぶ。

 「蟻の思いも天に昇る」ということわざ。小さく非力な蟻の願いでも、一心であれば天に通じてかなえられることがある、という意味。弱小な者でも、一念発起して努力すれば大望を果たせるという例え。似たことわざに「一念天に通ず」「念力岩をも徹す」、こんなのもある「蚤の息も天にあがる」。

 「プロのサッカー選手になる」肉太の力強い字、「なる」と言い切ったっところがいい。岩をも徹す志を感じる。「花屋さん」「ケーキ屋さん」はよく聞く願い、短冊の文字は心なしか優しく見えるのは、商業イメージだろうか。スポーツ界の趨勢だろうか「野球選手」は見えなかった。両親へのエールもある。現役のころを思い出し、親へ期待する子ども心の変わらないことに苦笑する。

 病や介護などからの「さよなら」を願う短冊もある。そこに記された文字からは長い年期の思いが伝わる。戦後の復興を担った皆さんの老後が必ずしも安定でないこともわかる。介護忌避の文面もある。子どもの書いた将来に「看護師」や「介護士」もある。子どもらの願いが実るよう見守りたい。

 全国で七夕かざりに付けられる短冊は幾百千万枚だろうか。それを集約したら、今の世相を反映しているのは間違いないだろう。夢への不安、短冊に込められた一語一句、参院選候補に目を通してもらったら、先生方には思いもつかなかったいい政策が浮かぶだろう、来合わせた選挙カーの音量がその続きを断ち切った。
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ジョロにお休み

2013年07月08日 | 生活・ニュース
           

 「広島地方気象台などは8日、中国地方が梅雨明けしたとみられると発表した。平年より13日、昨年より9日早い」と購読紙の新聞社からメールが入ったのは11時過ぎ。

 その時間、梅雨明けをしらぬまま、所要で出かけている途中だった。行先はいつもなら徒歩の距離。だが、少し急ぐ必要もあったので暑かろう、大汗をかくだろうと思いながらも、自転車で出かけた。しかし、自転車をこぎながら受ける風がなんともさわやか。出かける前の思い込がいけなかったと早々に反省しきり。

 東日本大震災以降の緑のカーテンブーム、それが言われる前からヘチマを日よけに植えられる家。今年もよく伸びて屋根の高さに届いた。これから横にツルも伸び葉を茂らせ広げ、通りからは窓が見えなくする。1メートルくらいの大きさのヘチマも生る。手入れや水やりをされるところを見たことはないが、とにかくよくできる。

 そのヘチマ、急な梅雨明けと暑さからから身を守るよう、しおれたようにして葉の面積を小さくして日の直射を避けている。それは枯れたのではなく保身術と教わったことがある。朝顔もキュウリもカボチャも、ゴウヤも夏場の生き物はみんな大きな葉を茂らせ、昼間は眠っている。

 「水分をしっかり摂ってくださいよ」と、カルテ記入の手を止めて掛かりつけ医、それを思い出し、夕方の水撒きをジョロからホースに切り替えた。雨はこの次いつ降るのだろうか。
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棚田草刈り 活気戻る

2013年07月07日 | エッセイサロン
           

2013年07月07日 中国新聞「広場」掲載

 標高500㍍にある休耕田の雑草刈リボランティアに、初めて参加した。

 棚田を見下ろしながら「かつては児童が150人もいた」と、集落に住む元教員が話した。眼下の田は、明治の初めに圃場整備された歴史を持つという。

 しかし近年、稲の植えられていない荒れ田には、背丈ほどの雑草が茂っている。山間地の問題を目の当たりにし、深刻さを感じる。

 十数台の草刈り機が一斉に仕事を始める。エンジンは小さいがまとまった音に、「久しぶりに活気を感じる」と集落の人の笑顔。

 機械は見る間に雑草を刈り倒す。初めて目にする回転刃の性能に驚いた。昼のむすびを食べながら話を聞く。経験から出る話の奥深さに驚く。

 草刈り機の操作を教わり、慎重にスタート。次第に慣れて、回転刃が雑草を切る感触を感じ始めて、自信が出た。

 倒れた雑草を眺めながらの達成感。次回も参加しようと決めた。
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カーブミラーの新任務

2013年07月06日 | 地域
           

 駐車場、待ち合わせらしい女性グループの一人が「見えた見えた」とカーブミラーを指さした。ミラーには狭い道をこちらへ小走りでくる女性が映っている。「車注意、歩行者注意」の役割にしか捉えていなかったカーブミラー、思ってもいなかった利用法を知った。 

 監視カメラはある目的のために監視を行うためのビデオカメラ。スーパーで「監視カメラ動作中」という表示を見かける。何もしないのに、とあまりいい気持ちはしないが、店としては犯罪防止上欠かせない設備だろう。都市部では監視カメラのない場所や通りを探すのに苦労する時代かもしれない。

 この監視カメラ、最近は犯罪捜査になくてはならない機器、捜査員のような活躍をしている。凶悪犯を店で、通りで、駅で、と撮らえた映像をつなぎ合わせて追い詰める。そこには、足で情報を集め犯人を追い詰める捜査員の姿は出てこない。バーチャルリアリティーの世界が実社会に居座った。

 監視カメラが備わっているのは都市部の人の集まるところ。地方の小さな町の、小さな通りに設けられることはないだろう。カーブミラーの新利用法を知ったとき、このミラーに内臓できるカメラを装着したら、裏通りの防犯力を高めることにならないだろうか。その時、必ず「人権」が問題になるだろうが、そこは知恵を出しあおう。

 子どものころ虚像や仮想、漫画の世界だったことが現実になりつつある。直近ではロボットが相手を認識して会話をしているなど仮想と現実との境界が分かりにくくなって来た。巧妙化する犯罪に対応する捜査情報収集補助のひとつにカーブミラーの活用、今はバーチャルかもしれないが、一考に値しないだろか。そんなことを思っていたらダム放流を知らせるサイレンが現実へ引き戻した。
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毎日10センチ

2013年07月05日 | 生活・ニュース
            

 東日本大震災から始まった節電、その3回目の夏がやってくる。原発抜きで2回の夏を無事通り過ぎた。知恵と努力と協力という言葉が絆のもとに結集したからだろう。原発の存立は今後の政治のかじ取りにかかっているが、安全神話のぶり返しだけは避けなければならない。

 節電対策、エコの呼びかけに応えて始まったのが緑のカーテン。ゴーヤを先頭にツル科の植物を南側のドアや窓などを覆うように植え直射を遮る。それを通り抜ける風は冷たく心地よい。最近は、これの植え付けが夏の風物詩のように報道される。大型のよしずを立て掛けた家もある。

 どこの家でも観賞用として古くから続いているのは朝顔の植え付け。梅雨から秋の初めまで様々な色と形がすがすがしさをもたらす。これがエコ仲間に加わったのは最近のこと。役割がひとつ増えたと喜んでいるかも。朝顔もよく伸びる。どのくらい伸びるか、測ってみた。

 朝、定時にその時の高をネットに紐で印すことを数日続けた。その間の伸びは毎日同じで、ネット1段ずつ伸びた。ネットの網目は10センチ。このまま続けばネットの最上段へ間もなく届く。実直な朝顔に感心、夏バテはさせないぞ、とたっぷりの水をやる。
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カタツムリ

2013年07月04日 | 自然 季節
           

 昭和7年(1932年)『新訂尋常小学唱歌 かたつむり 第一学年用』

  1 でんでん蟲蟲かたつむり、 お前のあたまはどこにある。角だせ、槍だせ、あたま出せ。
  2 でんでん蟲蟲かたつむり、 お前のめだまはどこにある。角だせ、槍だせ、めだま出せ。

 「かたつむり」は80年以上も前の唱歌、と思えば「古い」と言いそうだが、自分の年齢と比べれば少し上の兄くらいの違いしかない。子どものころには歌っていたと思うがそこには何の不思議もないことに気づく。

 殻を背負ったのがカタツムリ、背負っていないのがナメクジと分けてある。殻を背負うか否か、双方に長短がある。庭で出くわして接しやすいのはカタツムリ、ナメクジはつまんで場所を移してやる気は起きない。姿からの偏見だろうが、気の毒に思う。

 雨を喜ぶかのようなカタツムリは体長7~8センチ、キュウリの支柱で見つけた。支柱にねばり付いた腹部は全長が足という。粘液を分泌しつつその上をはって移動する。左右2本の触覚の長いほうの先端に目があるという。それで移動中くるくるきょろきょろさせ安全確認をしているのかと納得する。殻の中には肺や腸、肝臓に腎臓など人と同じような内臓が収まっている。血管も編む目のように広がっている。ネットはこうしていろいろ教えてくれる。
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味は積み重ね

2013年07月03日 | 生活・ニュース
           

 決まった外食と言えるかどうか、陶芸教室の昼食は施設の食堂で680円のランチ。ご飯とみそ汁はお代わりできるが、そうする人はいない。菜は3種類と香の物。高齢者とはいえ創作に打ち込み中の食事は楽しみ。「今日はいい」ときも「これか」と思う日といろいろあるが、会話中心の昼食で「味な感想」はあまりない。 

 その人の職業は新聞社の編集デスク。担当する紙面は固定でなく日替わりのようだ。夜勤で朝刊社会面、今日は夕刊の社会面や硬派面、ある日は解説面などと担当した紙面をブログに載せている。が、それ以上の仕事についての書き込みはない。紙面繰りの面白さ辛さ、締切間際に飛び込む大きな記事との差し替えなど、ドラマになる内容をいつかお目にかかりたいと期待している。

 仕事のドラマは載らないが、勤務を終えた後の一杯や腹ごしらえのブログを楽しんでいる。それは昼あり夕あり夜あり深夜あり、いづれも写真を複数枚載せて読み手にその味を味あわさせる。仕事がら書くのが上手いのは当たり前といえばそれまでだが、その食評には味が出ている。自らも、これという食材を選んで買い、そして自ら料理を楽しむ人らしく厳しい食評を、時にはつばを飲み込みながら読んでいる。もし自分にそれができたら、このブログも少しはいい味になるのではと思いながら。

 記者はこまめに店の情報を集め、そして自らの意志でその店を訪れる。これを実践躬行(じっせんきゅうこう)と言うそうだが、美味い物への嗅覚がずば抜けているのだろう。紹介される店は三ツ星でもなく超豪華、超有名、そんな店ではない。街中の普通の通りに看板を出している普通のお店のようだ。そこのひと品ひと品に口中の全神経が注がれている。

 その日、目の前のことを書いているようでは「味」など出ないし出せない。勿論、人まねでは唾を飲み込ませるような「いい味」はでない。何事にも実践躬行、いい表現にはチャレンジが欠かせない。1年9カ月めの検診異常なし。いい味探し始めよう。 
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全部違って

2013年07月02日 | 生活・ニュース
           

 通称「ふれパク」は「山口県ふれあいパーク」、海抜540メートルの銭壺山の頂上近くに建っている。ここからは瀬戸内海国立公園の美しい景色が見下ろせ、自然環境も素晴らしく豊かな四季の変化も楽しめる。キャンプ、ウォークラリー、野外炊事や天体観測などの自然とのふれあいが楽しめる。陶芸、七宝、ガラス細工などのもの作り体験もできる。また、多目的広場では、インラインスケートやテニス、バスケットボール、ミニサッカーなどの軽スポーツを楽しめる。

 そのふれパクで仲間30人ほどと月2回の陶芸を楽しんでいる。昼食をはさんで前後およそ2時間、熱心に粘土と格闘しているのは高齢者仲間。指導員は子ども、いや孫くらいの年齢だが、礼儀正しいのに驚いている。長続きできる理由のひとつだろう。そんな参加者を喜ばせる今回のテーマは「粘土を残さない皿作り」。確かに教わる通りすすめ、所定の粘土を使い切った。そのことは作品を手にしてからにしよう。

 粘土と格闘する部屋は「創作室」の表示。その創作室に真っ白い釉薬が塗られた100個あまりの湯呑み形の作品が並んでいる。小学生の作品で、これから本焼きして児童らの手に届けるとか。手に取ってみた、掴み具合もいい、大きさも手ごろ、そしてみんな形の違うところがいい。指導員のひとりが「小学生は説明をみんな熱心に聞いてくれます」と笑顔で教えてくれた。われらの反省点と受け取る。

 先日の「広報上手になろう」の講座を思い出した。講師は説明を聞くときは「否定でなく肯定」「ノウハウは覚えるのでなく活用」が大切と切り出した。ともすれば聞きながら「そんなに簡単」「ほんとうに」「できるかな」など感じることがある。児童らは、聞いたノウハウ通りを創作へ活用した。だからいい作品が完成したのだろう。焼きあがった作品を手にし生き生きとした児童らの顔と声を想像しながら、肯定の2文字、まず「受け入れる価値があると思える気持ちを養わねば」と反省しきり。
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