旧羽咋郡志賀町(しかまち)は石川県の能登半島、日本海に面した中央部に位置した町です。「ころ柿」の産地として知られており、初冬の風物詩として知られる吊るし柿が軒先に揺れる風景は観光パンフレット等ですっかりお馴染みです。道の駅に建立されていた「志賀疾風太鼓保存会」の碑は、この地方の先祖が筑前の国志賀島より、日本海の疾風を利用し親潮にのって来たといわれ、故郷の空を偲び太鼓を打ち鳴らして望郷の想いをいやしたことから生まれたと伝えられています。「町の木:松」「町の花:ハマナス」を制定。
明治22年(1889)、町村制の施行により、羽咋郡志加浦村・堀松村・加茂村・東土田村・西土田村・上熊野村・下甘田村・高浜町が発足。
1940年、東土田村、西土田村が合併、羽咋郡土田村が発足。
1954年、志加浦村、堀松村、加茂村、土田村、上熊野村が合併、羽咋郡志賀町が発足。
1955年、下甘田村(上中山地区を除く)が志賀町に編入。
1970年、羽咋郡高浜町と合併、新たに志賀町が発足。
2005年、羽咋郡富来町と新設合併し、新:志賀町となりました。
マンホールは地域伝統芸能獅子舞の「京振り」に登場する「獅子」と「天狗」、下に町章が描かれています。(町役場敷地内に設置)
町の花:ハマナスと共に描かれた町章は、昭和46年6月15日の制定「「シ」を鳩の形に象ったものです。」
志賀町末吉の「道の駅:ころ柿の里しか」では2011年と2015年の二度、車泊をさせて頂きました。 併設された日帰り温泉で気持ちも体もホッコリ、産直の品々は驚くほど充実して、ついつい買い過ぎて大変な事に・・(^^;)
道の駅の一画にあった「最勝柿」は、冬になれば町の特産品の「ころ柿」になります。 「ころ柿」の「ころ」は、まんべん無く陽が当たるようにコロコロと廻す「ころ」から来ています。
車で旅をするものにとって、このような道の駅は、本当にありがたく大切な場所です。 改めて、その折は有難うございました
撮影日:2011年10月15日&2015年5月24日