徳島市内国府町に「こくふ街角博物館」なるものがあると聞き、早速巡ってみる事に。博物館と言うと、たいそうな建物があって、何だかよく分からないたいそうな展示物があって・・と思いがちですが、ここは「みて、さわって、つくらんで」をテーマにした、国府町の街角にある、個人の施設。 ネットで調べたところ、そうした施設は七箇所ほどあり、某所で見かけた絵をきっかけに興味を惹かれた「人形浄瑠璃」関連の二ヶ所を選択。
最初は「阿波木偶(でこ)館」。木偶人形に関する施設で、「天狗久」の流れを受け継ぐ人形師『田村恒夫氏』の自宅兼工房です。ところが・・人づてに尋ねてやっと見つけた工房の玄関は固く閉ざされており、とてもそんな雰囲気では有りません。でも確かに「こくふ街角博物館」の看板もあるし・・一旦は諦めかけたものの、座敷のほうに人の気配を感じ、思い切って声を掛けてみました。
応対してくださったのは年配のご婦人。何と、ご主人は三年半前に亡くなられ、今は工房は閉めたままになっているとの事。申し訳なさそうに「そう言う訳ですから」と言われ、逆にこちらが恐縮してしまいました。 挨拶をして帰りかけたとき「どちらから?」と尋ねられ、「京都からです」と答えると、暫く思案され「片付けもしていないし、亡くなった当時のままですが、宜しかったら中にどうぞ」と・・
まさかの有りがたいお申し出、厚かましいとは思いつつも、ご厚意に甘えさせて頂いたのです🙏🙏。
前置きが長くなりましたが、等身大の「木偶人形」に出迎えられて、早速工房の中に。正直、「木偶人形」がこんなに大きいとは予想外。
通された作業部屋には大きなガラスケースが壁一面に並び、その中には様々な人形の頭(かしら)が、思い思いの表情を見せて静かに並んでいます。「あそこにぶら下がっとる手は、多分俺様のものだ。ーーおや、わしの足はあんなところにあるぞ・・・」
ケースと作業台との間には座布団が置かれ、人が一人座って一杯の間隔。そして壁一杯の作業台の前には、まだ胡粉が塗られただけの白面が何体も、主の手を待ち続けています。眉を書き、目をいれ、髪が整えられるのを・・もう半年以上も待っているのです。
阿波人形浄瑠璃の隆盛を支えたとされる「天狗久」、その流れを受け継ぐ、「人形恒」こと『田村恒夫氏』。 田村氏によって生み出された老・若、二つの頭は、事情を知って見るからか・・深く悲しみに耐えているように思えて。
「娘」も「女房」も「奴」も、もはや二度と主の手に抱かれる事など無いと、知っているのでしょう。 玄関で私たちを見送ってくれた姫御前の眼差しが、七年以上が過ぎた今も心に残って離れません。
「阿波木偶館の田村様、何も知らずに不躾に訪問した私たちに、本当に優しいお声がけ頂き、有難うございました。拝見させて頂いた木偶の優しい眼差しと共に、終生忘れ難い思い出となりました。ブログの片隅ではございますが、改めて心から感謝申し上げます」🙏🙏
訪問日:2013年3月16日
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