東京大学運動会ヨット部

東大ヨット部の現役部員によるブログです。練習の様子、レース結果、部員の主張から日記まで。

七大学戦(完)

2023年07月21日 10時01分28秒 | 七大学戦

お世話になっています。

 

 

ディンギー班主将の西尾です。

 

卒論の中間発表が今週の火曜に終わり、

それから大掃除に、試薬整理と、

夏休み前の諸々の作業を終わらせているところです。

 

今週末でこんがり焼けたと思ったら、皮がどんどんむけちゃって、

なんとも研究者らしくない顔で教授陣を前に発表しました。実験サボってるって一瞬でばれた気がします、、、

なにはともあれ、無事終わってよかったです。

 

さて、先週末七大学戦が行われました。

 

成績は470が4位、snipeが1位、総合が2位でした。

 

皆さんもご存じのとおり、我ら東大が主幹校で、

正直に言うと、本当に大変だったたなあと感じます。

 

大会運営面、競技面、両方とも書きたいことがいっぱいあって、何から書き始めようかと、、

 

まずは、なーしーと、やまこうへ。

この二人をなくしては、今大会を成立させることはできなかったです。お疲れ様。

 

時を戻して、昨年の東北大学が開催して下さった、七大学戦。

僕らは当日、閖上ハーバーに行って、チャーターもらって、整備して、大会でて。

横目で、東北大学さんが必死になって大会運営されてる姿を見て、来年本当に僕らでこのような大会をできるのかなあ、と不安でした。

 

思えば、代替わり直後から八景島開催or葉山開催論争があり、、、

新クラブハウスの工事の進捗によるけど、どう転じるか全くわからない、、

それに加えて、いつ開催するのか?、

これもなかなか決まらなかったです

 

ともあれ、七大学の主責任を中静、山本が務めてくれることになり、、、

七大の運営の全権を与えるから、うまくやってほしい、という

おおざっぱで、しかも難しいリクエストを二人にしました。

 

はじめのうちは何をすればいいのか、どこまで僕が介入すべきなのか、距離間がうまくつかめなくて、苦労しました。

 

でも、気づけば僕の想像をはるかに超える、リーダーシップを発揮し、この大会を無事成功させてくれました。

予算作成、アンパイアフリート制に始まり、トラッキングシステムの導入、当日の運営、人員配置に至るまで、本当にたくさんのことがあったと思います。

一つ一つ、僕なりの思い出もありますが、きっと後で

なーしーがたっぷり書いてくれると思うので、そっちに期待しましょう。

 

本来であれば、僕をはじめ4年生が担うべき仕事だったと思いますが、

やり切ってくれたこと、本当に感謝してます。ありがとう!

 

他にも今大会を通して、多くの人がこの大会を支えて下さったことを身に染みて感じました。

 

運営委員長を務めて下さった植地様をはじめ、運営委員のLBの皆様。大会の数か月前から度重なるmtgをしながら、入念に準備して下さりました。何度も何度も失礼なことを致しましたが、最後まで温かく支え続けて下さったこと、感謝しています。

また、大会当日には大会委員長の松下先生、レース委員長の戸沢様、そのほかたくさんの若手LBさんが今大会のレース運営を担って下さいました。

また、観覧艇をご準備下さり、陸と海との両方で熱い声援を送ってくださったLB様、

本当に今大会には数多くのLB様が駆けつけて下さり、現役とLBさんが一体となって作り上げることができたのではないか、と思います。ありがとうございました。

 

小松コーチに、矢野さん、本多さんと、コーチでありつつも、今大会の海上運営の要を担って下さり、より質の高い運営ができるようにしてくださいました。

レースについてはのちほど触れますが、これから秋に向けてより一層よろしくお願いします。

 

そして、アンパイアフリート制の導入に大きく貢献いただいた岡部様、チーフアンパイアの渡邊様、プロテスト委員長の浅田様をはじめアンパイアの方々のおかげにより、

慣れない制度ではありましたが、無事にアンパイアフリート制でレースをすることができました。SIの作成から、当日のブリーフィング、海上ジャッジに至るまで丁寧に行ってくださったこと、大変感謝しています。

 

また、本大会のもう一つの特徴は、トラッキングシステムを導入したことです。このシステムを導入できたことで、レースに出た選手がレース反省に便利だけでなく、陸に残る部員や応援して下さるOBさんが多いこの七大学戦で、多くの人がライブで楽しむことができたのではないかと思います。関係者の皆様、大変ありがとうございました。さらに、今大会ではメディアボートをだして、海上で多くの写真をとってもらいました。川田さん、羽田さんありがとうございました。

(メディアボートの運転手、2年のゆうた。悠太が笑顔で写真を撮ってくれると、こっちも笑顔になります。ありがとう。やっぱりあざとい(笑))

 

大会調整、また陰ながら今大会を支えて下さった葉山新港の職員の皆様、チャーター艇を貸してくださった葉山・江の島の大学の皆様、ありがとうございました。中には無理なお願いも多々あったと思いますが、ご対応頂きありがとうございました。

 

そして、七大学のみなさん。

葉山までおいで下さり、ありがとうございました。事前から関係者mtg等しましたが、僕らが想定してなかった質問やご指摘をたくさん頂きました。中には、そこまで準備しているんだ!とか、めちゃくちゃSI読み込んでるなあ!とか、驚くものもあり、他大学が大会にむけて本当に入念に準備されていることを今大会で学ぶことができました。

今大会の実施にご協力くださって、本当にありがとうございました。

この七大学が小戸でもう一度対面して熱い戦いができること、願ってます。

そして、京都大学さん、総合優勝おめでとうございます。(悔しいですが、完敗でした、、、また出直してきます)

 

そして、何より部員のみんなへ。

2年生以上は、ほぼほぼ全員がなんらかの仕事を任され、中には二つ、三つ、と仕事を掛け持ちしている人も多くいたと思います。

チャーターの引き渡しから、海上運営、陸上本部、レセプション等々、数えきれないタスクがあって、それらを着実にこなし、臨機応変に対応してくれたみんなを誇りに思います。

今大会の本船は、なんとギョウシュウ。

そう、クルーザー班からも連日お手伝い頂きました。ディンギーのレースにクルーザー班が来てくれるの嬉しかったです。ありがとう。

 

そして、一年生。入部したてて、葉山に来るのは新勧以来だったと思います。何がどうとか分からない中でも、楽しそうにレース手伝いしてくれたことが印象的でした。

僕は閉会式が終わったあと、これらを全部今から片づけるのかと思い、途方に暮れていましたが、部員57名の底力は偉大でした。それぞれが先回りして、効率よく終わるように、またパワーで押しきるところは押し切って、、、このチームなら、これから何でもできる気がします!

 

連日、うだるような暑さ。そして、それぞれがテストに追われてるときなのに、全力を注いでくれたこと、本当に本当にありがとう。

 

みんなの活躍、ここには書ききれないけど、僕はたくさん見たし、たくさん聞いたし、たとえ僕が気づけてなくても、きっと誰かが見てくれています。

 

なんか、引退ブログみたいになっちゃったけど、僕はまだまだ部にへばりついているので、ご安心を、笑

新クラブハウスへの引っ越しに、お披露目会、六大学戦とまだまだ部として乗り切らないことたくさんあります。これからもよろしく!

 

さてさて、こう振り返ってみると、今大会が多くの人の手によって成功へ導いてくれたこと、改めて実感します。

一人でできることは限られているけれど、みんなでやればどんな大きいことでもやり遂げられる、そういうことを体感できました。

 

最後にちょっこっと、競技面を。

 

大野の見事なくじ運により、今年も無事14艇の中で一番古い船に僕が乗ることになりました。

 

 

実は昨年の七大学は27番台で、化石といわれた船。

今年は、29番台。去年よりはだいぶ艇番が新しくなりました(笑)

 

でも、船をよく見ると、、、あれ?メインカムがない。

トラベラーがない、、、トラベラーつけるには船に穴開けないと無理やん、、、

ということに気づき、バンガーになるという、スナイパーになってからの初の挑戦でした。

 

大野を恨みに恨みました。

 

なんちゃって、

 

でも、この3日間だけは、この船を労わろう。そう思って、すべての時間をこの船に注ぎました。

そのおかげで、ほぼほぼ運営はみんなに丸投げしてしまったんだけど、、、

 

色々工夫はするけれど、バンガーと、ザブンザブン浸水してくる水は、僕にはどうしようもなかった。

 

1, 2レース目。なんとかリカバーしつつ、2, 1位とまとめて、いい兆しが見えてきたーと思ったところで、3レース目。1, 2レース目の貯金がすべて消え去った。

 

正直、僕のキャパが限界でした。それをなんとか誤魔化し、周りの助けももらいながら頑張ってきたけど、3レース目が終わったあと自分の中の何かが途切れてしまった。

 

ランニングはスピードでないし、クローズのスピードは自分が一番遅く感じる。

ただでさえ、さまざまなストレスがかかってる中で、、

絶望してたと思う、というか、絶望してた。もう、どうしていいのか、正直わからない。

 

感情が外に現れやすくて、帰着後やレセプション中、負のオーラが表情に出てたかな、、、ごめんなさい。

 

「50%の力しか出せないんだったら、その50%の100%を出せ」

 

つまりは、どんな状況であっても、自分のベストを尽くし続けよう、ということ。イチローさんの言葉です。やっぱり、イチローさんは人格が違います。

 

実はすごく感情の起伏が激しいと僕は思います。おそらく、それは三上が一番わかってると思いますが、、、

 

50%しか出せないかもって思ってるときというのは、なんかどうでもよくなって、

10%しか力出せなかったり、そもそも0%になったり。

 

今回もあろうことか、ここで勝負から下りたら楽だろうなって。そんなことをぼやいてました。

この大会、みんなが必死になってる中で情けない、、、

 

まだまだだなあ、、、メンタル的にも、技術的にも

 

そんな中、とある先輩に助けてもらい、なんとかその夜気持ちを落ち着かせて、、、

何度も何度も何度も励まされて、、、

 

 

そして次の日。気持ち入れ替えて、落ち気味の北風でスタート。

東大2艇はまずまずの順位で1上を回るも、ノーレース。

 

南に回って、再レース。右に風がシフトしていく中で、左に取り残された自分。焦りに焦りました。でも、大野がなんとか前を走ってくれてる。点数計算をしつつ、前を大野にお願いし、僕はやるべきことを淡々とこなす。

 

最後、ゴールした瞬間。そして、スナイプ優勝が確定した瞬間。

最高でした

 

 

これだからやめられない

 

 

レースメンバーだけでなく、サポートしてくれてる部員、運営してくれてる方々、応援してくれる方々、と喜びを共有できること、やっぱり最高にうれしい。

 

 

そして、残りラスト、無我夢中で頑張ろう、そう誓えた。

全日本インカレで総合入賞する、その瞬間をこのチームで迎えよう。

 

そのためには、どんなことがあっても、くじけず、ただただ前だけをむいて頑張っていこう。

 

今後とも応援のほどよろしくお願いします!

 

そして、この七大学戦に関わってくださったすべての皆様、本当にありがとうございました。

 

 

 

ディンギー班主将 西尾拓大

 

 

 

 

P.S. 1年の芸だしのおかげで、ちょっと気持ちが晴れました。お疲れさま。なかやまキンニク?を知らないのは僕だけなのか、いつか確かめたいです

この写真からでも必死に取り組んでくれてたことが伝わりやす!

 

この船にも愛着湧きました。でも、やっぱり308が一番だね。

あと、三上お疲れさん。こっから、全スナ、全個、頑張ろう。

 


不甲斐なさ

2023年07月21日 01時46分00秒 | 七大学戦
お世話になっております。3年470スキッパーの澤田です。

先日、7/15-17で七大学戦が行われました。470クラスが4位、スナイプクラスが1位、総合2位という結果でした。詳しい成績はFacebook の方に載っていますのでご覧ください。

自分は4レース中、前半2レースに出場しました。1レース目がUFD、2レース目が7位という結果でした。4662という何ら文句のつけようのない船に乗っていただけに不甲斐なさが募るばかりです。たらればになってしまいますが、UFDがなければ470クラスも2位と、去年と同等の結果を残すことができていました。団体戦におけるUFDの重みというのを身に沁みて感じます。

2レースとも6-7m/sで1ピンオーバーくらいの南風順風が吹いていていいコンディションでした。ただ、岸が近く東よりの風が結構頻繁に入ってくるというのが、普段のレースとの違いでした。共通して言えるのは、ランニングが絶望的に遅かったということ。ロッキングをするもやり方が下手くそ過ぎて逆に遅くなる始末でした。これはもう夏合宿で克服しようと思っています。

さて、個々のレースを振り返ってみようと思います。

1レース目のスタート。下3に並んでいた。1分前の待つ位置は全然問題なく、下のスペースもあるしあとはメインを引いて出るだけ。ただ、下は空いていることもあってどんどん前に出れた。20秒前にはラインとの距離が割と近くなっていることに気づいた。とは言ってもまだ加速する余裕はある。10秒前、いつも不安になって前に出ようとしない自分の背中を押すかのようにクルーからのゴーサインが出る。しかしこの時加速しやすい環境が完璧に整いすぎていた。もういつでもベストスピードでクローズになれるけど、ラインとの距離がそんなになかったことを思い出して3秒前にベアした。これはいい判断だった。しかし下には東北大がいてこれ以上ベアできないので仕方なくラフした。この時、メインセールごしにアウターがバッチリ見えて、ああやっちまったと思った。フィニッシュして順位表を見ると案の定UFDになっていた。

このリコールには続きの話があります。翌日の朝、先輩からスタートの動画を見せられました。意外にも本当にギリギリのジャストスタートに見え、これならばギリギリリコールしてないと言い張ることもできると思い、プロテスト委員会に救済要求を出しました。しかし門前払いでした。それはなぜかというと、アンパイア制ではフィニッシュ後のB旗掲揚中に抗議、救済を受け付けるが、それ以降は全く受け付けないからです。アンパイア制でなければ陸上で審問が行われ、要求が通っていたかもしれないです。少しでもリコールしてない可能性があるならリコールの救済要求は海上て出しておくべきだという考えがなかったことが、自分の落ち度でした。

2レース目。スタートはまた下3にいて直前に左にふれたことにより結果的にまずまずのスタート。1上はラッキーパンチで1位回航。2下はランニング遅くて1艇に抜かされる。問題は2上。クローズのボートスピードはそんなに悪くないのに4艇に抜かされてしまった。あとで振り返ると、これはおそらく右からリフトブローをつかんで伸びてきた艇団に対して受けずに後ろを通ったことが原因だと思われる。これによって負けが確定した。

うまくいかないことばかりでしたが、4〜7月でたくさんレース経験を積みました。レースでこうするとうまくいく、うまくいかないなど、いろいろなことがわかってきました。しかし、レース中にそのことに気づけない、一瞬一瞬でその判断ができないということが多くあります。

今後、この代での目標を達成するためにはもう一段階上に行く必要があります。この夏で一皮剥けることができるよう練習に励みたいと思います。

最後に、大きなトラブルなく無事に大会を築き上げることができたのは、七大学戦の運営に携わっていただいた関係者の方々のおかげであります。ありがとうございました。中静もお疲れ様でした。

それでは失礼します。