いつもならば「ごくろうさま!」と返ってくるはずが、きょうに限ってなにもない。
鎌首をもたげてのぞき込んだ。一望できる仕切りのない作業場には、だれもいない。
誰かしらが必ずいるのだが、どうしたことかきょうは無人だった。
部屋はだだっ広い空間で、壁にはもろもろの治具がかけられている。
ステンレス製の定規が長短あわせて五種類があり、ハサミも大きな裁ちばさみから小ばつみまで七種類がある。
製図用の横幅のある平机には三種類のアイロンが置いてあり、使い道の分からぬ小物治具が何種類かある。
そして階段を上がりきった角に、彼の天敵であるパターンやらハトロン紙が置いてある。
それらを車に積み込む折に、無造作に放り込んだところを主任に見とかめられた。
破れやすい紙類の扱いについては、特にあつかいを注意するようにと、常々言われていた。
それを怠ったと叱られたのだ。
部長の受領サインを貰えば済むのだけれども、やはり待つことにした。
岩田のことばが頭からはなれず、といって信じられないという気持ちもまた消えずにいた。
きのうもおとといも顔を合わせているけれども、岩田の言うそぶりりは一度として見たことがない。
好意を持たれていると感じたこともない。
だけど…と思ってしまう自分が情けなくもあり可愛くも感じる。
(待ってないよな、彼なら……)
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