「冗談言うな! 疲れなんかあるもんか! ひと晩寝れば、十分に回復してるさ。
それに、ゆうべはたっぷりと、小夜子から力をもらったことだし。
小夜子を抱くと、力がみなぎってくるんだ」
耳元でささやく武蔵に、顔を真っ赤にしてうつむきながら
「ばか! そんなこと。ひとに聞かれたら、どうするの」と反駁した。
「聞かれても構わんさ。大声で言ってやろうか?
恥ずかしがってどうする。新しい女は気にせんのじゃないか、そんなこと」
ぐっと小夜子を引きよせて、道路の真ん中に立ちどまった。
けげんそうに、ふたりをかわして行き交う人人人。
聞こえよがしに、「こんなところでいちゃつくんじゃねえよ」と捨てぜりふを残すものもいた。
それでも武蔵は小夜子をしっかりと抱きしめて、まるで見せびらかすように小夜子のくちびるに何度もなんども己の口をかさねた。
「武蔵、どうしたの。みんな、びっくりしてるわよ」
「小夜子をだれかに取られんように、しっかりと捕まえているのさ。俺の大事なだいじな、小夜子をな」
「もう、武蔵ったら」
嬉し恥ずかしの小夜子。顔を赤らめつつも、くちを尖らせる。
「ほんとにそう思うのなら、浮気をやめてよ! 出張先のあちこちで、どうせ浮気してるんでしょ?」
「おいおい、なにを言いだすんだよ。俺が浮気だ? 冗談だろう、俺にかぎって浮気なんて。
小夜子おまえ、世の妻帯者の三割ぐらいがしてるってこと、知らないだろう」
「なによ、その三割って。だったら、残り七割はしてないんでしょ?
だったら、その七割に入ってよ。あたしのこと、一番大事なんでしょ?」と、納得しない。
「さあ、そこだ。小夜子は、ぜいたくが好きだな。というより、小夜子にはぜいたくが良く似合う。
貧乏くさい小夜子は、小夜子じゃない。そしてだ、毎日をニコニコ暮らすのも小夜子らしくない」
「どういうことよ、それって。どうせあたしは、ぜいたく女よ。
でも、どうしてニコニコ顔が似合わないの? いつも言ってくれてるじゃないの。あたしの笑顔がいちばんだって」
「もちろん、小夜子の笑顔はなにものにも代えがたい。
百万ドルの笑顔だといってもいい。山本富士子だって、小夜子の笑顔には勝てんさ。
けども、小夜子の不きげんな顔も、またいい。
いや、その不きげんな顔があるからこそ、笑顔が生きる。分かるか?」
「なあに、それって。あたしのすべての表情がいいってことなの?」
「Yes! That's rigght! You winner!」
両手をひろげて大声でさけぶ武蔵に、すれ違う通行人が皆がみな、おどろきの顔を見せる。
そしてあわてて体をかわして行く。
「もう、武蔵ったら。恥ずかしいでしょ、そんな大声で。やめて、やめてったら」
武蔵に抱きかかえられて、身動きの出来ない小夜子。
全身の力がぬけて宙に浮くさっかくにおそわれる。武蔵の愛情を一身に感じた。
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