薄ぐらい中をすすむと、間口が一間ほどで奥行きは三間ほどというほそながい場所にでた。
「はいはい。いよいよお次は、この一座のスターさんだよ。
〇〇山という霊山にて生息していたこのへび女を…」
網の下をくぐり抜けようとする男の子を、手慣れた仕草で制しながらつづけた。
「はい、お坊ちゃん。このつなから入らないようにね。
生きたへびでございます。どんな悪さをせぬともかぎりません。
どうぞ、このつなから先にはお入りになりませんよう。
さあ、いよいよかわいそうなへび女の登場です。
拍手はいりませんよ、人間に慣れておりません。
なにせ人里はなれた、ふかーい山中でそだったあわれな娘でございます。
ほんとにねえ、かわいそうな娘でございます」
よくようをおさえた声でなんどもかわいそうな娘だとくりかえしながら、大きく手をひろげて子どもたちを綱から入らせぬようにしていた。
「さあて、それではご登場ねがいましょう。
どうぞ、くれぐれも拍手はなしで声もおだしにならぬよう、お願いいたしまーす。
さあ、はいはい、お待ちどおさま。へび女でございます。
首に巻いたへびが、嫌がっております。食べられることを知っておりますへびが、あばれております」
白い着物すがたで口のまわりを真っ赤にした女があらわれたおりには、子どもにまじって若い女性の悲鳴が、そこかしこから起こった。
ぼくと友人もまた、思わず身がまえてしまった。
男は大声をあげて、へび女とへびの格闘をおもしろおかしく講釈しつづけた。
なにせ薄ぐらい照明で、観客席からは離れた場所だ。はっきりと見えているわけではない。
へび女の大仰な手のうごきが、ちいさく遠くに見えるだけだ。
「へび以外の食べ物をいっさい受け付けない特異体質になってしまい、いまにいたっておりまする~、あわれな娘なのでございます~。
わたくしどもも~、正直のところこまりはてて~いるのでございま~す。
暖かいうちは、へびも捕まえられまする~。
がしかし~、冬の寒~い季節ともなりますとぉ~、へびも冬眠してしまいまする~。
はやく、わたくしどもと~おなじ白いご飯を口にしてくれぬかとぉ~、そう願っているのでございまする~」
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