昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

青春群像 ご め ん ね…… 祭り (十九)

2023-10-29 08:00:40 | 物語り

手紙(三)

 ごめん、ごめん。

きみが聞きたがっていること、そしてぼくが一番話したいことを、これから書くよ。
ぼくね、いちど死んでるんだ。でも生き返ったんだ。
ぼくは暗い井戸に落ちたんだ。
どんどん沈んでいくんだ、水の中に。

 でもね、ちっとも苦しくないんだよ。
「もう少しだよ、もうすこしだよ」って、声が聞こえるんだ。
ううん、声じゃない。違うな、聞こえたんじゃないかもしれない。
感じたっていった方が良いかもしれない。

 で、つぎには足を引っ張られるような気がした。ぐんぐん速度が増していく感じだった。
そうだな、井戸の大きさは……直径は 1m ぐらいだったかな。
両手を広げれば十分に壁につくと思うよ。
だから力を入れれば、そこで止まれたかもね。
でも、しなかった。でもね、怖くはなかったんだ、不思議と。
死ぬという感覚がなかったんだ。

 でそのとき、声が聞こえたんだ。はっきりと、声が。
「聡、聡。戻ってこい」って。たしかお父さんじゃなかったかな。
返事をしなかった。
ぼくのことが嫌いで、ぼくのことなんかどうでもよくて、それで家を出て行ったお父さんのことは、もうなんとも思っていなかったから。
だから、どんどん沈んでいった。

「さとしちゃーん、さとしちゃーん! もどってらっしゃーい!」
 こんどは、お母さんの声だった。
ぼく、つい「はーい」って、こたえちゃった。
そしたら、体がふわーって、浮きはじめたんだ。
足にからんでいたものも、すっと取れた。

で、どんどん浮いていくんだ。沈んでいったときより、もっとはやい速度でさ。
新幹線よりはやかった。どんどんはやくなって、息もできないくらいなんだ。
でも、ちっとも苦しくなかった。
でね、とつぜんに、ずんと体がおもくなって、ふーって息をして目を開けたら、お母さんがいた。
わーわー泣いて、ぼくを何度もなんども叩くお母さんがいた。
でもいたくなかった、うれしかった。

 きのうね、また声が聞こえたんだ。
「もういいのよ、さとしくん。もうがんばらなくても、いいんですよ。まってますからね」
 あれ、天使の声だよ。きっとそうだ。
だって、すごくやさしくてあたたかかい声だったもん。
でね、そのあとにね、べつのこえがきこえてきた。

「つらかったろう、こころがいたかったろう。もういい。もうおわりにしていいんだからね」
 そんな声が聞こえてきたんだ。
きっとあの声は、神さまだよ。
やっぱりいらっしゃったんだ、神さまは。
ぼくはきっと神さまのお許しをいただいたんだ。

だからね、休ませてもらうことにした。
大丈夫。今度目が覚めたら、きっと違うぼくになっているから。
元気な強い子になっているから。
 そしたらまた、ぼくの親友になってくれるかい?
いままでいろいろとありがとう。
そして、ごめんよ…
                 松田 聡



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