小夜子にとって久々のキャバレーは、懐かしいものだった。知己の女給たちもそのまま残っていた。
とくに梅子との再会が、小夜子にとってなによりだった。
「小夜子ちゃん、久しぶりね。何年になるかしら?」
「姉さんたち。そんなに経ってませんよ、まだ」
かつては憎々しげに思っていた女給たちが、なつかしげに小夜子を取りかこんだ。
「どう、元気してる? というのは、ぐもんかしらね」
「ぐもんも、ぐもんよ。飛ぶ鳥を落とす勢いの富士商会の社長夫人なんだからさ」
「お陰さまで。姉さんたちこそ、お元気そうでなによりです」
「元気はいいんだけどさ、そろそろとうが立ってきたからね。
早いところ誰か見つけて、家庭に入らなくちゃね。あんたもよ、鼻で笑ってなんかいるけどさ」
「あらあら、おあいにくさま。あたしはね、そうね、一年のうちにはお店を持てそうなの」
「えっ! ちょっと、うそでしょ? 誰、だれ、パトロンは?」
「失礼ねえ。自前と、銀行からの借り入れよ」
「それこそ、嘘でしょ? 銀行があたしたちなんか、相手にしてくれるはずもないでしょ。ちょっと、待って。まさかあなた……」
「ふふ、そうよ。あの信用金庫の堅物さんよ。
でもね、体はゆるしてないわよ。貯金、貯金よ。一念発起で、貯めてるのよ。
でね、この調子で行けば、一年以内には目標額に達しそうなの」
「ふうぅぅ、やるわねえ。ねえ。あたしもさ、これから貯金するからさ、仲間に入れてよ。
あなたのお店で、使ってよ。ここもいつまでも居られるわけでもないしさ」
女給たちの話に花が咲く。小夜子が相手では気を遣う必要がない。思いっきり内輪の話ができるのだ。
小夜子にしても気をはる必要がない。ここが始まりであり、ここで終わりを迎えたのだ。
はっきりとした目標があったわけではない。田舎でくすぶることに反発心があってのことだった。
官僚になるべくこの地に出向く正平という男を知り、ほのかな恋ごころが芽生えた。
「あなたを妻にむかえたい」。それが真剣な思いであることは、すぐに小夜子にも分かった。
両親の反対を押し切ってでも「あなたを妻にむかえたい」と、何度もなんども口にした。
信じたわけではない。“父親の意向にさからってまで?”そんな思いが消えることはなかった。
しかし、「家を捨てでも」と口にした。そのことばにうそは感じられなかった。
信じてみよう、そんな思いが生まれはじめたとき、アナスターシアというモデルが現れた。
小夜子の人生を変えてくれる、みじめだった過去を消し去り、華やかな未来を与えてくれる、アナスターシアというモデルと出会った。
そして突然の死をむかえ、絶望のふちにいた小夜子に、武蔵という男が現れた。
その始まりがこのキャバレーであり、少女としての小夜子の終わりもまたこのキャバレーだったのだ。
「こらこら。お客さんを放っぽらかして、なんだい! 同窓会じゃないんだよ、この場は。
いくさ場なんだよ、この席は。ほら、あんたたちはこの席じゃないだろうに。
ほら、ひばり、富士子。あんたらも、課長さんのお相手をして。
さとみひとりに任せて、なんだい!」
テキパキと女給たちを差配する梅子。久しぶりに見る小夜子には、キラキラと輝いて見えた。
“梅子姉さんは、名指揮者ね。大勢の女給さんたちを、いちどきに差配しているのよね”
梅子の一挙手一投足を、じっと見つめる小夜子。
せわしなく体を動かして、店全体に目を光らせる梅子。
そしてそのくせ、いまいる席での会話もキチンと受け答えをしている。
“そうよ、そうよ、きっとよ! 梅子さんが、きっと新しい女なのよ。
男に頼ることなく、男に媚びることなく、しっかりとやるべきことをやってらっしゃるもの。
あたしみたいな、ポッと田舎から出てきた小娘にも、キチンと気遣いしていただけたし。
見習わなくちゃ、あたしも。お姫さまなんてたてまつられて、好い気になってる場合じゃないわよ”
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