昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[ブルーの住人]第五章:[蒼い情愛]~はんたー~

2024-02-24 08:00:11 | 物語り

寝ぐるしい夜があけた朝、母が、おれの記憶から消えさっていた。
そしてその日から、母にたいして怨嗟の念をだいていた。

「親としての責務をはたせよ!」
「ごめんね、ごめんね……」

ときおりかかってくる詫びの電話。
嗚咽とともにくり返される、詫びのことば。
しかし日が経つにつれて、単なる雑音となった。

なんの感慨もわかず、なんの感情も入ってこなくなった。
そしてそれは、けっして自暴自棄のこころでは、ないはず筈だ。
そう、思った。
━━━━━━・━━━━━━

(一)鼠

その○刑囚は○への恐怖心がうすれるにつれ、生あるときを思いおこした。
活きいきと生きた、そのときを思いおこした。

己のつみを意識し、悔いた。
しかしその悔いは事件にたいする悔いではなく、おのれの過去と未来への悔いだった。

「○刑に処する」
冷たく事務的なこのひと言は、○刑囚にはなんの意味ももたなかった。

それどころか、人を○したことへの後悔の念をあとかたもなく捨てさせた。
鼠が食べのこしたチーズひと欠片ほどの反省心さえも捨てさせた。

その恐ろしく事務的な声は、ひんやりとした空気のただよう場を直線的に走った。
そしてそのことばの矢は、じっと聞き入っていた傍聴人たちのざわめきを呼びおこした。

そのざわめきは、皮肉にも○刑囚の緊張感をやわらげさせた。
刺すような視線を全身に感じて、肌にいたみを感じていた○刑囚の、こころのざらつきを消し去った。

しかしつぎの瞬間、その緊張感とこころのざらつきを、至極なつかかしいもの
――冬眠を終えた蛙が、暖かい春の陽射しの下にでた歓びにも似る――
と、感じた。



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