昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第一部~  (三十三)

2020-11-17 08:00:45 | 物語り
 その名の通り、ありとあらゆる商品が所狭しと並べられた、百貨店。
「宝石箱をひっくり返したような朝」という一文が、小夜子の頭でグルグルと回っている。
朝露に彩られた田舎道を歩いたときに覚えた、あのめまいに襲われた瞬間が、今まさに眼前に広がっている。
そこに足を踏み入れたとたん、小夜子の目がキラキラと光り始めた。
まさしく別世界に足を踏み入れた心地の、小夜子だった。小鼻を膨らませて、夢見る少女そのものに感じられた後藤ふみ子の思いが、今の小夜子には手に取るように分かった。
“ここよ、ここ。わたしの世界はここなのよ。
あんなくすんだ色の田舎では、わたしはだめなの。
決めたわ、わたし、東京に出る!”
 茂作が知れば卒倒しそうな決意を、この百貨店で持った小夜子だった。

 フロアの柱や壁に、ファッションショーのポスターが貼ってある。
青い瞳を持った若い女性で、ブロンドの髪がキラキラと輝いて見える。
カッと見開いた大きな眼にスーっと通った鼻筋は、外国女性特有の顔立ちだった。
少しとがらせ気味に唇を突き出して、ウィンクをして見せているポスターもあった。
「きゃあ! 見て見て、正三さん」
 17才の小夜子が、叫んだ。
「すっごぉい!あの服の、あの胸の開き方。映画スターぐらいよね、あんなの着られるのは」
「そうですね。映画スター、ぐらいでしょう」
 即座に正三が相づちを打つや否や、途端に小夜子の機嫌が悪くなった。
「ふん、あんな下品な服」と、さげすむような表情に変わった。
「そんなことありませんよ。小夜子さんなら、似合いますよ、きっと」という言葉を待っていた小夜子の気持ちに気づかぬ正三だった。

「小夜子さん。見て回りますか、店内を」
 正三から見て、情緒不安定に見える小夜子だった。
機嫌が良かったり、悪くなったり。
うっとりとした費用上を見せたかと思えば、突然に不機嫌になる。
どう対処すればいいのか、どう立ち回ればいいのか、とんと見当のつかない正三だ。
女性とのデートが初体験の正三にあっては、小夜子は荷の重すぎる相手だ。
「そうね、このショーでも見ようかしら」と、冷たく言い放って、さっさと階段へと向かった。

「小夜子さん、あれに乗ってみませんか?」
「あれって?」
 正三の指差す先に、小部屋があった。
中の女性が深々とお辞儀をしながら、お客を招き入れている。
「エレベーター、という乗り物です。歩かなくても、上の階に行けるんです」
 得意げに説明する正三に、“あれが、後藤ふみ子が自慢していたエレベーター? ふーん、面白そうね”と、興味を示した。


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