「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ」
一人ひとりのお客に対して、深々とお辞儀をして迎えているエレベーターガールの澄んだ声に、思わず「やっぱりね、声も違うわね」と、関心する小夜子だ。
ここで正三が「小夜子さんの声も、ステキですよ」といった言葉かけがあれば小夜子の機嫌も良くなるのだが、正三には望むべくもないことだった。
「本日のお越し、まことにありがとうございます。
当百貨店では、一階にアクセサリー、ファッション雑貨等、二階では化粧品コーナーがございます。
また三階には」と、階ごとの売り場説明を始めた。
その凛とした立ち振る舞いに、思わず小夜子は見惚れてしまった。
紺のスーツ姿で、襟元に赤いラインが入っている。
ピッタリと体にフィットした制服も、小夜子には目新しいものだった。
特に目を引いたのが、真っ白い手袋だった。
ドアが開くたびに軽くドアに手をかけて、お客の出入りをサポートしている。
その優雅な仕草に、まるで天女のような動きにまた見惚れてしまった。
「お嬢さま。ご用命の階は、どちらでございますか?」
「えっ? あ、ファッションショーに、行きたいんです」
突然の声かけに慌てて目をそらしながらも、きっぱりと希望を告げた。
隣に立つ正三はそんな小夜子の気丈さに“ぼくだったらこんなにハキハキとは答えられないな”と羨望の思いを抱いた。
そして“こんなぼくなんかでは、とてもじゃないが相手にしてもらえない。
しっかりしろ! 正三”と、叱咤する思いを強くした。
「かしこまりました、五階となっております。
大変申し訳ないのですが、ショーの開演は午後の一時からとなっております。
暫くお待ちいただくことになってしまいます。
三階でございます、ご利用ありがとうございました。
当階は婦人靴、ハンドバッグ、更には……」
帽子が買いたいと言っていたことを思い出した正三は、小夜子の耳元に
「小夜子さん、どうします? 二時間ちょっとの時間があります」と、乗り込む客を避けながら小声で問いかけた。
ぼくは小夜子さんの希望を優先しますと、度量の大きさを示したつもりだった。
ところが思いもかけず「構わないわ、会場で待ちましょう」と言い出した。
帽子が欲しいというのは口実で、また生演奏も然り、本当は百貨店だったのかと得心する正三だった。
ならば始めから百貨店に、と言えば良いものをと思う正三だが、小夜子としては後藤ふみ子が出かけた後というのが面白くない。
「はあ、分かりました」
強い小夜子の言葉には逆らえず、力なく答える正三だった。
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