昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~(二百八十五)

2022-11-16 08:00:34 | 物語り

「そんなことより、そのかんげい会のお話を聞かせてください。どんな風でしたか?」と、身を乗り出してせがむ千勢だ。
「もうねえ、どんちゃん騒ぎ。実家での宴もそうだったけど、みんな勝手に盛り上がるのよ。
主役のはずのあたしなんか、初めの内こそそれこそこそばゆい位褒めてくれるんだけど。
お酒が回り始めたら、もうだめ。主役のあたしそっちのけよ。
ダンス音楽なんか流して、男同士と女性同士に別れてダンス大会よ。
びっくりしたのは、加藤専務よ。あの人、泣き上戸なの? 
ぼろぼろ涙を流してね、あたしにしきりに『ありがとうございます』って、お礼ばっかり。
びっくりしちゃった、ほんとに」

 身振り手振りでの小夜子の説明に、その場のことが千勢には目の前での出来事のように感じられた。
そしてそれほどまでに愛されている小夜子が誇らしくあり、「その方のお世話ができるわたしって、ほんと、幸せものだわ」と思えた。 
「嬉しかったんですよ、きっと。
加藤せんむ、お酒によわれると、まいどのように言われるんです。
『俺は女を不幸にしてきた、喰いものにしてきた。
だから俺は幸せになれない、なっちゃいかんのだ。
なれなくても仕方ないんだ。
でも、いやだからこそ、武さんにだけは幸せになってもらいたいんだ。
分かるか、千勢? もちろん、千勢よ。お前も幸せになるんだぞ』って。
お見えになるたびにですよ、耳にタコができちゃいますって。
あたし、加藤せんむのお声がかりで、だんなさまのおせわをすることになったんです」
 意外なことを聞かされた小夜子だった。
思いもよらぬ五平の一面を知らされて、武蔵が五平を頼りにする理由を知った気がした。
しかしそれでもなお、五平に対する嫌悪感は消えはしなかった。

「そうなの? 千勢もだったの。
あたしにしても、加藤専務なのよね。嫌だ嫌だって言ってるのに、強引に」
 口をとがらせながらの小夜子に、どうして五平を嫌うのかが理解できない千勢だった。
親身になって女たちの愚痴やら苦労話を聞いてくれる五平に、不満のことばを並べ立てる小夜子が、正直のところはわがまま娘としかみえなかった。
“おじょうさま育ちの小夜子さまだもの”。小夜子の育ちを知らぬ千勢には、現在の小夜子だけが小夜子だった。

「おっしゃってました、加藤せんむ。すごく良い娘がいるからって、だんなさまを必死にくどいてらっしゃいました。
はじめは乗り気じゃなかっただんなさまも、だんだんその気になられて。
遊びなれてる店だから気楽にいきましょうゃとも、おっしゃってました。
たばこを売ってる娘ですから、たばこひとはこでも買ってやればいいんですからって」
 興味津々の思いでいる小夜子だが、千勢にはそう受け止められたくない。
“聞きたくもないけれど、千勢が勝手に話すから聞いてあげるわ。
聞き流すのよ、別に傍耳を立てるわけじゃないから”と、平静を装う小夜子だった。



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