「ああ。だったら、やっぱりまちがいだ。
わたし、きのうは仕事で留守でしたから。それじゃ忙しいので」
受話器を置こうとすると
「ちょ、ちょ、ちょっと、待てって。あんたがそういう態度にでるのなら、けっこうだ。
こっちもね、それなりの対応を取らせてもらうから」と、口調がすこしぞんざいになってきた。
「それなりと言われてもですね、わたし田中じゃないですから。それじゃこれで」
「待てって、言ってんだよ、こら! じゃ、なんて名前だよ、こら!」
とつぜん、ことばがやくざ調になった。
「ま、いいや。あんたが田中じゃないって言いはるんなら、それでもいい。
とにかく、料金をはらってくれや」
やわらかく落ちついた声が、とつぜんに低くドスのきいた声に変わった。
「聞こえてるんかい! 返事せんかい!」
豹変したそのこえが耳にはいると、たかびしゃな口の利き方をしてきたことがまずかったのではないかと、急に不安になった。
受話器をもつ手がわなわなとふるえ、足もガクガクとしてきた。
「り、料金って、なんのことでしょう」
わたしの声がかすれ気味になってきた。心臓のこどうが、耳にガンガンと響きわたる。
「なんの料金ですか? だと。とぼけちゃこまるな、佐藤さん。
いや、田中さん。アダルトサイトで動画をみただろうが」
「あのお、わたしじゃないと思うのですが。
それって、インターネットとかですよね。
わたし、もう70を過ぎてますし、それはやってませんので…」
これで納得してくれるかと思ったのだが、相手はかさにかかって恫喝してきた。
「それじゃ、なにかい? あんた、パソコンなんてのは見たこともないとでも、言うんかい、こら!」
「い、いえ。パソコンは、あります。
息子がくれましたので。『買い換えたから、古いのをやるよ』って、ですね。
でも、埃をかぶってます」
つい余計なことを、言ってしまった。
しまった! と思っても、吐いたことばは取り消せない。
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