「タケさん。いっそ、」
「いやだめだ、それは」
五平に二の句をかたらせることなく、即座に否定した。
「勘ちがいするなよ。あいつの資質云々じゃない。まだ早いってことだ。
小夜子の準備がどうのというのじゃなく、世間さまが認めてくれない。
小商いならいざしらず、富士商会はいっぱしの会社だ。それもこの業界では、いっちゃあなんだが、ナンバーワンだろうが。
第一だ。次期社長の加藤五平だからの結婚話なんだ」
「しかし社長……」と、五平には納得できない。わかとのことからではない。社内的にどうなんだ、と思ってしまう。
「乗っ取った」。そのことばが頭からはなれない。
〝いっそ、佐多を……〟と、頭をかすめた。しかしそれとて、社員たちの非難の声はあがるだろう。そう思ってしまう。
武蔵も五平の危惧感はわかっている。五平が継ごうが、佐多をむかえいれようが、どちらにしてもひと波乱はある。
まずはわかとの内縁関係を解消せねばならない。それを五平が決断できるかどうかだ。
つらい選択になることはわかっている。冷静に考えれば、順当なことだ。
しかしそれでも、会社をのこしたい、武士につがせたい。
「ふたりでつくった店じゃないか。俺がたおれたら、五平、おまえであたりまえじゃないか」
弱々しい武蔵の声に、五平の気持ちがかたまった。腹が決まった。
「わかりました、社長。受けさせていただきます。
かならずまっとうな会社にして、武士ぼっちゃんにおゆずりします。お約束します」
涙ながらに武蔵の手をとった。
「すまん……」。あまりの小さな声で、あまりの力ないこえで、ほんとうにそういったかどうかもわからない。
しかし五平の耳には、はっきりとそう聞こえた。
その夜、五平とわかが正対した。
思えばふしぎな再会だった。いや、残酷な、といったほうがいいのかもしれない。
だれもわかの過去をしらぬ場所で、細々とつづけていた飲み屋だった。
店を臨時休業とさせて、いぶかるわかに対し、五平が「すまん!」と頭をたたみにこすりつけた。
そのことばに、なにかただならぬ事態だとさっしたわかは、ただ
「わかりました、いままでありがとうございました」とだけ言った。
そして静かに立ち上がると、「さいごのごはんですね」と台所に立った。
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