ニコニコと聞いていた五平が武蔵に言った。
「社長の負けだ、こりゃ。服部の方が一枚上手ですなあ。
はじめてじゃないですか、社員にやりこめられるのは」
苦笑いをする武蔵だったが、横を向いて「竹田。お前の策だろ? 服部はこんな策は思いつかん。
正面切って、俺に取引させてくれというはずだ。
そういう直球勝負でいくところが、服部のはっとりたるゆえんだ。
だからお得意先に好かれるんだ、大事にしろよ、お前の売りだからな。
分かった、わかった。今回は不問だ。
それより、あと1ヶ月だ。予定通り、それでセールは終了だ。
日の本商会の奴、音を上げたらしい」と、先ほどの仏頂面とは裏腹に、勝利に酔いしれている。
「仕入れ先からのクレームに耐えかねんのだと。『二流三流品に見えるからやめてくれ』だと。
ぶつが入ってこなけりゃ、そりゃ商売ができないわな」
そのことばに、五平が付けたした。
「社長だって手をこまねいていたわけじゃないぞ。こうやって、裏工作をなさっていたんだよ。
ましかし、みんなよく頑張ってくれたな。
営業のみじゃなくて、事務方もだ。いやがらせの電話が、けっこう入っていたというじゃないか」
あまりの長さに、徳子が2階へと上がろうとしたとき、五平の労いのことばを耳にした。
「それから長尾。お前ら配達人も、よくがんばった。
売り上げが伸びるということは、それだけ荷物量がふえたということだ。
それをこのギリギリの人数で、よく頑張ってくれた。
朝はやくから夜おそくまで、ほんとうにごくろうさん。
お前たちは縁の下の力持ちだ。だれもほめてくれる部署じゃないが、みんな知ってるぞ」
五平のことばが終わると同時に、全員から拍手がおくられた。
そっと部屋から出る武蔵が、部屋の外で聞き耳を立てていた徳子に気がついた。
「どうした、徳子。電話番じゃなかったのか?」
少し詰るような強い言葉だったが、そのことには気にもとめずに、徳子が全員を押し戻した。
「浮かれるのも今だけよ! セール期間中は、とんでもないことなんだからね。
いいこと! 富士商会も、大赤字なの。分かってるでしょうね、みんな。
おまけをつけるということは、半値で売ったのと同じなんだからね。
日の本商事が死に体になったとしても、富士商会も、深~い傷を負ったんだからね」
沸きにわいた瞬間だったが、徳子のことばに冷水を浴びせかけられたも同然だった。
「そうだな、そのとおりだな。徳子の言うとおりだ。
けどな、きょう一日だけは、勝利に酔いしれようじゃないか。
さっ、そうとなれば仕事だ、しごとだ。待ってるぞ、お客さんが」
五平の締めことばでお開きとなった。徳子のことばに深海に落ち込んだ全員が、五平のことばでふたたび生き返った。
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