耳をうたがうことばだった。
「気がふれられたのか?」
誰かが口にしたことばが、あっというまに伝播した。
「にしても、チンドン屋とは……」
「社長の意向だって、聞こえなかったか?」
さまざまに声が上がった。
声を抑えてくださいという五平にたいして、「あなたが:*%&$#:@;>?」と、聞きづらい金きり声がまたあがった。
「わかりました、わかりました。検討させてください」
なんとか落ち着かせようとする五平の声があり、
「だれかお茶をたのむよ」と、階下に指示がでた。
すぐさま徳子が用意をして、かけあがった。
「いいこと。『にぎやかに送ってくれ。チンドン屋でもよんで、派手にな』。
武蔵が言ったのよ。それに『会社から出してくれ、社員は俺の家族なんだ』とも。
あなたも聞いてたでしょ」
徳子が部屋にはいると、ソファにすこし腰を下ろし、背筋をピンとのばした小夜子がいた。
五平はといえば、ひとり掛けのソファのまわりをうろうろとしながら
「奥さまの仰るとおりです。いぜんに参列された、台湾出身の陳志明さんのご葬儀に『感動的だった』とお聞きしました。
長崎くんちのようなお祭り騒ぎだったと聞いています。
そのおりに、『俺の葬式もこんな風にいきたいよな』とも」
それみたことかとばかりに五平をにらみつける小夜子にたいし
「ですが、それは冗談めいたことばで……」とつづけると、
「武蔵が言ったじゃない! あたしは武蔵の思うとおりにしてあげたいの。
世間さまがどう思おうと、そんなことは関係ないわ。
好き勝手させてくれた武蔵だもの、あたしも武蔵の遺志を尊重してあげたいの」
と、さいごは涙声になった。
「よくわかります、わかります。
ですが、会社からの出棺は良しとしても、チンドン屋というのは。
この界隈にはむかしからの老舗もありますし……」
と、にわかには賛成できない五平だった。
すこしの静寂のあとに、徳子がおずおずと口をはさんだ。
「あたしごときが口をはさむことではないと、重々承知のうえでもうしあげます」
お互いの感情がたかぶりすぎて、これ以上は堂々巡りになると感じていた。
そこに時の氏神ならぬ徳子があらわれた。
ほっとした空気がながれるなかで、しずかに声を上げた。
「いかがでしょう。ご葬儀自体はしめやかにとりおこなって、ご出棺時のみチンドン屋でお送りするといいますのは。
むろんのこと、となり近所には事前にことの次第をお伝えしておくということで」
小夜子にしても、しめやかな葬儀を望んでいた。
いくら武蔵の希望とはいえ、騒ぐのは良しとしても、さすがにチンドン屋はと思っていた。
しかし生前に、冗談話とはいえ
「俺が死んだときは、かなしむなよ。
俺にとっちゃ、この世は地獄だったんだ。監獄にとらわれたも同然だ。
小夜子を迎えて、やっと娑婆にでたようなもんだ。
だから、大よろこびで送ってくれ」と、むつごとで聞かされていた。
結局のところ、徳子の案が採用されることになった。
小夜子に武士、そしてお手伝いの千勢。そして、富士商会の社員たち。
小夜子の実家からの出席は取りやめとした。
茂作の武蔵にたいする思いを知る小夜子が、武蔵の死去後に嵩にかかった行いをとらないかと不安になったのだ。
おそらくは本家筋から、烈火の如くに叱られることはわかっていた。
また、村人たちからの弔意をうけぬことでも、「常識がない!」と責められることもわかっていた。
それでも茂作の気持ちをおもんばかって、葬儀当日に電報を打つことにした。
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