突然のことになんと返事をしていいのかわからず、ただドギマギして口ごもってしまった。
「じゃあ、あす十時に会社の駐車場ね。そういうことで、キマリ!」
一方的に取り仕切られて終わった。
自分の行動を他人に仕切られることを極端にきらう彼だが、今回はちがった。
自分の決断ではなくても腹が立たない。
すでに頭の中では、あしたの走るコースを色々と思いめぐらせていた。
真理子という娘は、一週間ほど前にはいって定時制高校にかよっている。
定時よりも早い五時に退社し、自転車をか駆ってつうがくしている。
入社初日に自転車の都合がつかず、手のあいていた彼が車で送ることになった。
むっつりとした表情を見せながらの、十分間ほどのデートになった。
真理子は「すみません」とすこしかすれた声を出し、申し訳なさそうな顔つきを見せた。
彼はといえば「仕事の内だから」と不機嫌な声を出しつつも、口元がゆるんでいる。
目がくりくりとしていてすこし団子鼻のところが彼にはかわいく見える。
おちょぼ口なところも愛らしく感じる彼だ。
増田商店の本田さん。彼女は切れ長の目で、鼻筋もしっかり通っている。
平安美人タイプだと、彼は思っている。むろん、岩田にも否はなさそうだ。
どちらが好みかと言われれば、もごもごとした口で、おそらくは田に聞こえることのないだろうが、真理江の名をあげるだろう。
彼女は親元をはなれての集団就職で、ことし十六歳になっている。
かつては就職列車というものがあったけれども、いまはない。
といっても、それは青森出発であって、東北出身者を対象とした列車だ。
九州方面からは、出ていない。「職業安定所の職員が列車に同乗している」という話が漏れつたわったものの、
真理江は単身での状況だったらしい。
はじめの職場では人間関係がうまくいかず、学校の斡旋でこの会社にはいってきた。
一時は故郷に帰るという話にもなったらしいのだが、実家の方から学校側に強硬な苦情がはいったという。
残念なことに、故郷での就職はむずかしく、といって真理江からの仕送りをあてにしているということもあり、
結局は職場を変えるというところに落ち着いた。
で、社長令嬢でもある貴子がお姉さん代わりになり、なにやかやと世話を焼いている。
(彼なら、憤慨することだろう……でもどっちに?)
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