10日(火)。最近観た映画から。銀座4丁目の「シネスイッチ銀座」で話題の映画「アーティスト」を観ました アカデミー賞を作品賞、監督賞、主演男優賞、衣裳デザイン賞、作曲賞の5部門で受賞した作品です
物語は1927年のハリウッド映画の黄金期。当時のサイレント映画屈指の映画スター、ジョージ・ヴァレンティンは、新人女優ペピーを発掘し、エキストラだった彼女を人気女優へと導きます。強く惹かれあう二人ですが、その時期の映画産業は折しもサイレントからトーキーの時代への転換期にありました サイレント映画に固執するジョージが観客から相手にされずに没落していく一方で、ペピーはスター街道をまっしぐらに進みます そんな中、ジョージは自宅でフィルムに火をつけ火事を起こしますが、犬のアギーの機転で九死に一生を得ます。ペピーは何とかヴァレンティンを復活させるべく一計を案じます。それは、彼とタップダンスを踊り映画に撮ることでした
CGを駆使し3Dで公開されアカデミー賞の有力候補と言われた「ヒューゴの不思議な発明」を退けて、モノクロ・サイレント映画「アーティスト」がアカデミー賞を独占したのはなぜか 試写会を観たタレントが映画のチラシにそれぞれの想いを書いています。その中に「古い物とはとても最新で斬新であり尊敬できることが全部込められている」というのと「モノクロ無声映画のこの作品を時代に逆行した単なる懐古趣味の映画とみる人もいるかもしれませんが、実は最先端で、非常にロマンチックな映画なんだと僕は思いました」というコメントがありました。
はっきり言いますが、この作品は「最新」でも「斬新」でもありません。「時代に逆行した懐古趣味の映画」です 最新とか斬新とか言っている人には、具体的にどこが最新で斬新なのか説明してほしいと思います。それでは、なぜモノクロ・サイレント映画が、最新のハイテク技術を駆使した3D映画に勝ったのか
まず、モノクロについて考えてみます。この映画は「もともとカラーで撮影された」とどこかで読みました。それを、公開にあたってモノクロに変更したようです。もしこの作品がカラーで公開されたらどうだったでしょうか。ペピーのドレスはゴージャスで光り輝いていたことでしょう。観客はそのドレスに目を奪われて”想像力”を働かせることを忘れてしまうでしょう したがって、この映画は必然的にモノクロでなければなりません
次にサイレントについて考えてみます。もし、最初から声や音が伴っていたらどうだったでしょう。最後のシーンはジョージとペピーがタップダンスを踊る場面ですが、ここで初めて靴がステージの床を叩く”音”が聴こえます。この音は印象的です ペピーの後押しを受けてジョージが復活を果たす象徴としてタップの音が使われているのです。それは、サイレントからトーキーへの転換の象徴でもあります ジャン・デュジャルダン(ジョージ)とべレニス・ベジョ(ペピー)の二人は、わずか2分程度のタップダンスのシーンのために4か月もの特訓を重ねたということです。まさに”ザッツ・エンターティンメント”の世界です したがって、最後のシーンでタップの音を生かすためには、それまでのサイレントが有効だったと言えるでしょう
もう一つ、ジョージの愛犬役を務めているジャックラッセル・テリアの”アギー”は、犬のアカデミー賞と言われる”金の首輪賞”で最優秀俳優犬賞を受賞しました もし、この映画にアギーの活躍がなかったら、ノン・アルコール・ビールのような気の抜けた作品になっていたかもしれません
結論めいたことを言えば、アカデミー賞の審査員は、これまで続いてきたハイテク重視の映画界の流れに歯止めをかけ、原点に戻ることを内外に示したかったのではないかと思いますとくに今のハリウッド映画は”リアリティ”がなく、ただ人を驚かせることだけを狙った”作り物”の印象が拭えません 今回の「アーティスト」のような、しみじみと心に残る作品を撮ってくれることを切に望みます