人生の目的は音楽だ!toraのブログ

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クリスチャン・メルラン著「オーケストラ 知りたかったことのすべて」から第1部「オーケストラの奏者たち」を読む ~ 楽器による階層とは?

2020年06月01日 07時19分36秒 | 日記

6月1日(月)。わが家に来てから今日で2070日目を迎え、ドイツのメルケル首相が30日までに、6月下旬にワシントン近郊で開催が予定されている主要7か国首脳会議(G'サミット)のために渡米しないことを明らかにしたことに対し、トランプ米大統領が激怒したというニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     世界一のコロナ感染国家に行かないのは メルケル首相に危機管理能力がある証拠

 

         

 

クリスチャン・メルラン著「オーケストラ  知りたかったことのすべて」(みすず書房)を読み終わりました、と書きたいところですが、全596ページはそうやすやすとは読み切れません 内容が面白く 示唆に富んでいるので、読み続けながら 3回に分けてご紹介することにします

 

     

 

著者のクリスチャン・メルランは1964年生まれ。ドイツ語の教授資格者。文学博士。リール第3大学音楽学部准教授。2000年からフランスの日刊紙「フィガロ」の音楽批評家を務めている 翻訳は藤本優子、山田浩之の共同によるものですが、「訳者のあとがき」によると、「この本は、オーケストラにまつわるいろんな疑問に対し、丁寧に、そして楽しく答えてくれる事典的エッセイである」と書かれています そして、原書は2012年にファイヤール社から刊行されたことを明らかにしています。つまり、刊行からすでに8年も経過していることになります

本書の全体的な構成は、リッカルド・ムーティによる「序文」、メルランによる「はじめに」に次いで、3部構成の本文に入ります 第1部「オーケストラの奏者たち」、第2部「構造化された共同体」、第3部「指揮者との関係」です。「訳者のあとがき」を含めて全541ページあります そのあと「人名索引」「楽団名索引」「出典」「付録(主要オーケストラ略歴)」が掲載されていますが、これだけで55ページあります

ここでは第1部「オーケストラの奏者たち」(全177ページ)についてご紹介します

第1部は次のような構成になっています

①れっきとした職業 ~ 特殊な会社、個人と集団、プレッシャーほか

②さまざまな型 ~ 音の美学、オーケストラの種類、社会的な状況ほか

③楽団員になるには ~ 入団試験、正式採用、予備団員ほか

④社会学 ~ 社会的な階層、昇格と降格、継承者

⑤オーケストラの女性たち ~ ベルリンと女性、ウィーンと女性ほか

⑥生涯の道筋 ~ 教育、室内楽、協奏曲、副業ほか

⑦歯車が止まるとき ~ 楽団員の悪夢、集団ならではの苦難

以上第1部の中から、気になったところを抜き出してご紹介しようと思います

「②さまざまな形」の中の「音の美学」で、メルランは「1970年代まではオーケストラごとに音のアイデンティティーのようなものがあり、音だけですぐに識別することができた」と書いていますが、一方「ベルリン・フィルからドイツらしい音色が失われてしまったという批判についてサイモン・ラトルは反論し、今日のオーケストラが優先すべきことは、独自の音色を誇ることではなく、音楽ごとのスタイルの違いを正し 見定めることにある、と述べている    要するに、ドイツ音楽ではドイツの音を、フランス音楽ではフランスの音を、ロシア音楽ではロシアの音を、バロック音楽ではバロックの音を出すということだ」と解説しています

同じ「②さまざまな形」の中の「社会的な状況」ではドイツのオーケストラの状況を紹介しています それによると、ドイツには公営の職業的なオーケストラは133以上あるといいます 興味深いのは楽員の給与です。「協約によれば、楽団員の給与は所属するオーケストラの等級に応じて計算され、等級はほぼオーケストラの規模に合わせて4等級に分けられる A等級は楽団員が99人以上、B等級は66人以上だが、78人以上の場合、副等級がついてB/F等級となり、C等級は56人以上で65人以下、D等級は56人未満となっている。A等級はさらに副等級に細分化されるが、ベルリン・フィルやミュンヘン・フィル、シュターツカペレ・ドレスデン、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、バイエルン放送交響楽団のような「別格」も存在する フランスと同じく、楽団員は嘱託であり、純粋な公務員ではないが、公務に就いていると看做され、解任は出来ないことになっている ドイツの制度では、C等級のオーケストラの楽団員の給与は小学校教師の給与にほぼ等しく、A等級別格は大学教授の給与に等しい」「一方、アメリカのオーケストラは一部を除き民営だが、楽団員はフリーランスではなく安定した給与が支払われている 現在、アメリカ・オーケストラ連盟には350から400の常設オーケストラが加盟している。アメリカのオーケストラの1団体あたりの平均的な活動資金は、39%が民間の寄付金、35%がチケット収入、13%が投資、4%が公的な助成金による」

アメリカのオーケストラでは民間寄付が4割近くを占めているのが大きな特徴ですね

「④社会学」の中の「 社会的な階層」では実に興味深いデータが披露されています

「1950年から1975年までのパリ音楽院の学生と家庭環境の関係について、統計から明らかになったことがある 扱う楽器のグループによって階層がはっきりと分かれていたのだ 弦楽器奏者の41.6%が管理職か高度な知的職業の家庭の出身者であるのに対し、金管楽器奏者の場合は14.5%であり、木管楽器奏者はほぼ中間(演奏時の配置と同じだ)の28%となっている 金管楽器奏者の27.1%が労働者層の出身者であるのに対し、弦楽器奏者の場合は10.2%に留まる。さらに詳細を見ると、ヴァイオリンを学ぶ者の47.2%が管理職か高等な知的職業にくつ家庭の出身であるのに対し、トランペットの場合は12.7%となっている。レマンはこれを「音域による序列」と呼んでいる。すなわち、ヴァイオリン奏者の47.2%が管理職か高等な知的職業の家庭の出であるのに対して、コントラバス奏者の場合は35.6%にまで下がる 同様の傾向は木管楽器にも見られ、フルート奏者の52.6%が管理職や高度な知的職業の家庭の出身者であるのに対し、ファゴット奏者は13.3%に留まる。高音域は裕福な家庭、低音域は大衆層ということになるのだろうか 階層を隔てる断層は、多くの場合、旋律部が声音と高音楽器に属し、伴奏が低音に属するという西欧の音楽様式の勢力図に対応しているようだ。その説明はこうだ。弦楽器は19世紀に中産階級が発展するうちに自分の居場所を見つけた。中産階級のサロンではピアノ以外に弦楽四重奏が披露されたことから、ヴァイオリンは優雅さや上質な素材、財産、技術的な難易度、楽器のレパートリーの豊かさといったものを連想させる存在となった 同様に、管楽器は村のブラスバンドを連想させる楽器となった。19世紀の北フランスの大衆層にとっては、地元の吹奏楽団こそが音楽の入口であった。ありふれた素材、あまり洗練されていないレパートリー、集団的なイメージ、楽器に口をつけるのは不衛生ではないかという思い込みが、集団的に刷り込まれたのだ

上記のデータは半世紀も前のものですが、メルランは現在においても同様の傾向が見られることを指摘しています このことは、ヴァイオリンを習わせる家庭を想像すれば、すぐに納得できます 小さい頃からヴァイオリン教室に通わせたり、個人レッスンを受けさせたり、音楽学校に進学させたり、ひと言でいえば「お金がかかる」のです 特徴は極めて個人的であることです。一方、金管楽器は小中高のブラスバンドでお馴染みで、だれもが気軽に手を出すことができ、特徴は集団的であることです

「⑦歯車が止まるとき」の中の「楽団員の悪夢」では面白いエピソードが紹介されています

「ある日のボストン交響楽団でのこと。ヴァイオリン奏者のローランド・タブリーは、自分のヴァイオリンのページにティンパニのパートが1枚紛れ込んでいるのに気が付いた ティンパニ奏者ロマン・シュルツに目を向けると、見るからに不安そうな表情を浮かべている タブリーはすぐに決断した。紛れ込んだ楽譜のページで紙飛行機を折って飛ばしたのだ その紙飛行機はヴィオラ4人、オーボエ奏者2人、コントラバス1人、トランペット3人の上空を通過し、みごとシュルツの足下に着陸した こうしてシュルツは感謝と安堵のこもった表情を浮かべた。そのとき指揮をしていたフリッツ・ライナーはのちに、紙飛行機を飛ばしたタブリーは頭がおかしくなったに違いないと思い込み、その場から逃げ出したくなったものだ、と語っている

このヴァイオリン奏者が若ければ「非行少年」ならぬ「飛行少年」と呼ばれたのではないか ティンパニ奏者にしてみれば この紙飛行機は神飛行機だったに違いない

ところで、紙飛行機の航跡を追うと、この時のオーケストラは対向配置をとっていて、主人公のヴァイオリン奏者は舞台に向かって右サイドの席に座っており、飛ばした紙飛行機は 隣にいたヴィオラ・セクションの上を通り、奥のオーボエを越え、その後ろのトランペットを通過し ティンパニに届いたと想像しますが、どうしてもコントラバスが余ってしまいます 途中でコントラバスの方にカーブしながら飛んだのか? でも、指揮者はライナーだから真っ直ぐに飛んだのでは・・・と 真剣に考えると夜も眠れません

以上、第1部「オーケストラの奏者たち」の中から興味深い部分を選んでご紹介しましたが、これらはほんの一部に過ぎません 次回は第2部「構造化された共同体」をご紹介します。ここでは楽器セクションごとに解説が加えられているようです

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