湯ぶねに一ぱい
湯ぶねに一ぱい
湯は
しずかに満ちこぼれてゐる
爪さきからそろそろと私がはいれば
ざあっとひとしきり溢れさわいで
またもとの湯ぶねに一ぱい 一
かすかに湧き出る地中の湯は
肩をこえて
なめらかに岩角から流れ落ちる
湧いてはながれ
湧いてはながれ
しずまり返った山間の午後
私は止め度もなく湧いて流れる
温泉に身をとろかして
心のこゑをきく
止め度なく湧いてくるのは地中の泉か
こころのひびきか
しづかにして力強いもの
平明にして奥深いもの
人知れず常にこんこんと湧き出るもの
ああ湧き出るもの
声なくして湧き出でるもの
止め度なく湧き出でるもの
すべての人人をひたして
すべての人人を再び新鮮ならしめるもの
しずかに、しずかに
満ちこぼれ
流れ落ちるもの
まことの力にあふれるもの
高村光太郎
岳温泉 あだたらの宿 扇や の内湯脱衣室にあった高村光太郎の詩です。