「那古野」(なごの)の町名を目にしたとき、これが、「名古屋」の語源かと思いました。
「名古屋城公式ウエブサイト」によれば、永正 15 年( 1518 )以降尾張の国の東半分は駿河の国の守護今井氏の支配下でその最前線が「那古野城」でした。
それを、信長の父信秀が亨禄 5 年( 1532 )奇策によって城主今川氏豊を追放し織田の城としました。
「那古野」は「名古屋」の古い表記で、「なごの」と読むようになったのは明治 35 年以降ということです。
街角の小さな神社の祭神「カグツチの尊」はイザナギ、イザナミの最後の子どもで火の神です。
全国の愛宕神社、秋葉神社などの祭神です。
そういう神様の神社であるからには、都市計画の邪魔ではあっても、おいそれと動かすわけにはいきません。
ここに鎮座されている理由をそのように考えました。
名古屋駅まで自転車で乗りつける方が多数いらっしゃるという街の一面を垣間見た思いです。
せっかくだで、大いに楽しんどいでん。