宮地神仙道

「邪しき道に惑うなく わが墾道を直登双手
または 水位先生の御膝にかけて祈り奉れ。つとめよや。」(清水宗徳)

「道教の大事典」

2011年02月06日 | Weblog

 

 

画像は、別冊歴史読本シリーズから94年に出されたものです。
現在絶版になっていますが、古書で入手できる場所もあるようです。

内容は、道教成立の歴史の解説などから始まり、
呪術的な面から見た道教、不老長生への道、儀礼の紹介、道教と
文芸や他宗教との関わり、日本での道教、アジアでの道教などを
解説する流れとなっています。

 

 

 

 

 

(  `ハ´) 「共同発揚我国古聖先賢所創制之道教!!!」

|・) ハイハイ

 

この本の中で個人的に最も強い関心を持ったのが、「守一法」の解説であり、
以下抄掲させて頂きます。

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【「一」は命を守ってくれる神】

「老子」は「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず」と、
「一が道に直結し、かつ万物のもとになることを述べ、

「昔の一を得る者は、天は一を得て以て清く、
地は一を得て以てやすらか」

「一を抱きて天下の式(手本)となる」と、この
「一」を得る・抱くことを説き、そこから荘子が
「我その一を守って、以てその和におる」と、
「一を守る」との表現を見る事になった。


「守一」とはもちろん、この「一を守る」という事である。

この語だけを取り出して見れば、甚だ抽象的なものであるが、
様々な人々によって、様々な意味で用いられた。

「守一」を説くことで最も有名なのは、葛洪の「抱朴子」の地真篇であろう。
道教では早くから五臓神などの体内神の瞑想が行われていたが、
「抱朴子」では、「守一」がこれに結びついた。


一には姓名や服の色がある。
男は身長九分、女は身長六分。

ある時は臍の下二寸四分の下丹田の中におり、
ある時は心臓の下の絳宮(こうきゅう)金闕(きんけつ)中丹田に入る。
ある時は、人の両眉の間、一寸入り込んだ所が明堂、
二寸入り込んだ所が洞房、
三寸入り込んだら上丹田、そこにいる。

これこそ道家の重んずるところであり、世々血をすすって盟約し、
口伝により、その姓名が伝えられるのだ。

当然ながら、秘中の秘であるこの「一」の正式な名前や姿形は伏せられているが、
この上・中・下の三丹田を巡る神を思念することが、「守一」なのである。


「一」は単なる体内神ではない。
「一」はまた「真一」ともいう。


この「一」は、後に三丹田おのおので別の形を持つとされるようになり(三一説)、
「守一」も「守三一」の法へと展開する。

守一法の一つの完成形と言われる、「金闕帝君三元真一経」では、
三丹田の神々について、つぶさに明かされている。


すなわち、
上丹田(泥丸宮)には、上元赤子がいる。
いみなは玄凝天(げんぎょうてん)、字は三元先、泥丸天帝君である。
その右に、帝卿(いみなは肇勒精:ちょうろくせい、字は仲玄生、
歯舌脳の精気が化して生まれた)がいる。

二人とも、赤い綾衣の衣を着け、生まれたばかりの嬰児のような姿をしている。


中丹田(絳宮)には、中元真人がいる。
いみなは神運珠、字は子南丹、絳宮丹皇君である。
その右に輔皇卿(ほこうけい)(いみなは光堅、字は四霊、四臓の精気が
結ばれたもの)がいる。

二人とも、朱色の綾錦の衣を着け、生まれたばかりの嬰児のような姿をしている。

 

下丹田(命門丹田宮)には、下元嬰児がいる。
いみなは始明精、字は元陽昌、黄庭元王である。
その右に、保鎮弼卿(ほちんひつけい)(いみなは帰上明、字は谷下玄、
精気津液の神が気を結んで化したもの)がいる。

二人とも、黄色の綾錦の薄衣を着け、生まれたばかりの嬰児のような姿をしている。

 

このように、三丹田の神はおのおのその右に体内各部の精気から生じた大臣が
補佐としてついているが、別の箇所には、三人の神自身の体内の気が、

気→精→神(下元)嬰児→(中元)真人→(上元)赤子

と変化して生じるものだと記されている。
元を正せば、体内神は、気が変化して形をとったものという事になる。


この「金闕帝君三元真一経」は、これらによる守一法を具体的に述べて締めくくっている。

 


立春の日の夜半に真東を向いて座り(立夏では南、立秋では西、立冬では北)、
気を9回吐き、唾を35回飲み込む。

(36回の間違いではないかと思って原文を見たところ、本当に35回でした。
経文の原文は、こちらで読むことができます。
http://www.ctcwri.idv.tw/CTCWRI-MTS/CMT01%E6%B4%9E%E7%9C%9F%E9%83%A8/CMT0108%E6%96%B9%E6%B3%95%E9%A1%9E/CH0108XX/CH010835%E9%87%91%E9%97%95%E5%B8%9D%E5%90%9B%E4%B8%89%E5%85%83%E7%9C%9F%E4%B8%80%E7%B6%93.htm

 

 

 

終わったら、北斗七星を心に思い浮かべ、それがだんだん頭上に降りてきて、
その柄が天の東の方角をまっすぐに指すと思念する。

 

そして、「陰精」「真人」の二星が頭頂に近づいてきて、
「陽明」「玄冥」の二星はその上にあり、
「陽明」「陰精」は私の後ろ、
「玄冥」「真人」は私の前と、これらをありありと思い描く。


更に、三一の尊君(上元・中元・下元)が忽然と体内から生じて、
北斗の中へと出て行き、
間もなく三卿君(大臣)も同様にして現われ、すぐにその6人は皆「玄冥」に昇り、
到るや否や、東へ進んで、「天関」に着いて止まり、
そこで皆、私の口の方を向くと思念する。

 

更に、上元・中元・下元がおのおのの大臣に手を掛けているのを思い描く、
そこで気を吸い込むと、上元の2人が気と共に口に入り、上昇して
泥丸宮に還る。


次に気を吸い込むと、中元の2人が気と共に口に入り、降って
絳宮に還る。


次に気を吸い込むと、下元の2人が気と共に口に入り、降って
下丹田に還る。


「天関」は口の前七尺の所に思い描き、そこから三一を、
私の三宮に入れるのである。


全て終わったら、三一がそれぞれの場所に落ち着いている様をしっかりと
思念する。
そして、座るにも横たわるにも、心にこれを思うのである。


この守一をしっかりと行うことで、三一が見えるようになり、
その乗り物である雲車・羽蓋で天上の太微妙に白日昇天できるという。


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「日中友好などを目的に神戸・南京町で中国の旧正月を祝う「春節祭」
30万人の人出を見込む」
http://mainichi.jp/area/hyogo/news/20110204ddlk28040297000c.html

中国の旧正月を祝う「春節祭」が3日、神戸市中央区の中華街・南京町で始まった。
広場には赤いちょうちんが飾られ、正月ムード一色に。勇壮な獅子舞や中国雑技団の
華麗なパフォーマンスなども披露され、観光客らを魅了した。

春節祭は日中友好などを目的に1987年から始まり、今年は6日まで4日間開催。
広場では中国音楽の演奏や太極拳などさまざまなイベントが行われ、
同祭実行委では約30万人の人出を見込んでいる。

………………………

こういうのって、一方的よね
こういうのって、中国で日本のお祭りもやらないと日中友好じゃないんじゃないのかな
こういうのって、なんか、なんかよね

………………………

映画 南京の真実 記録映画編(上海~南京陥落)
http://www.youtube.com/watch?v=fSMZnOsEy4A

南京「大虐殺」なる歴史の捏造が「真実」として、世界の共通認識とされ、
同盟国の米国 だけでなく、世界中の人々に定着し、日本の国益を大きく
損ね続けているばかりか、益々 その害悪は巨大になり、そこから生まれる
反日、侮日意識が、中国共産党に悪用され、我 が国の存亡に関わる事態に
なりつつあります。 「情報戦争勃発」とも言えるこの危機的事態に、
チャンネル桜、水島総監督は、誤った歴 史認識を是正し、プロパガンダ
攻勢に反撃すべく、南京攻略戦の正確な検証と真実を全世 界に伝える映画
を製作しました。
その資料として、昭和13年東宝映画文化映画部製作「-南京 戦線後方記
録映画」などの当時の映像は非常に貴重なものです。

映画 南京の真実 記録映画編(南京陥落後)
http://www.youtube.com/watch?v=AAJhJnYH7yU

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中国共産党 大虐殺の歴史 そして日本侵略へ
http://www.youtube.com/watch?v=gLmYqvaqVm4
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7135711

中国共産党による大虐殺の犠牲者の数は、「共産主義黒書」(ステファヌ・クルトワ)などの
推計に依れば6,500万人にも上るとされている。歴史上有名な大躍進や文化大革命、
天安門事件だけでなく、チベット、東トルキスタン(ウイグル)、モンゴルにおいて現在、残虐
な粛清と弾圧、歴史・伝統・文化の破壊、民族浄化・絶滅、漢民族への同化政策が行われ
ている。

この恐るべき実態は日本にとって対岸の火事では済まず、やがては日本に襲いかかる
脅威である。
更に、大中華圏の拡大、世界覇権の掌握は、全人類が危機に瀕すること にも繋がる。

 

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