宮地神仙道

「邪しき道に惑うなく わが墾道を直登双手
または 水位先生の御膝にかけて祈り奉れ。つとめよや。」(清水宗徳)

「意念の浄化をもたらすマントラ」

2015年05月20日 | Weblog





(  `m´) 「…誦す事によって、
          自己の意念が浄化されるとされます。」


「タケ・ジュガ・パダ・カマラ・マナバウン・ジャス・クリパ
ニラマレ・マチ・パバウン。」


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千葉県の習志野、市川、四街道など広範囲で感じられた
謎の爆発音について証言まとめ 5/19
http://matome.naver.jp/odai/2143197376167797001
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勇士は眠る

2015年05月20日 | Weblog




烈士三島由紀夫 英霊の聲
https://www.youtube.com/watch?v=jJPBC-WaHeE



♪カリフォルニア・コネクション
https://www.youtube.com/watch?v=Nt_nJKvrdqE

♪サンセット・メモリー Ⅱ
https://www.youtube.com/watch?v=Qrop4Qk5ikk

♪「あすか」のテーマ
https://www.youtube.com/watch?v=a56xW74DEmA

♪「キイハンター」オープニング・テーマ
https://www.youtube.com/watch?v=_RI_O-MFVXY

♪やがて愛の日が
https://www.youtube.com/watch?v=7pTjTxSgGww


♪Twist And Shout
https://www.youtube.com/watch?v=RPivnegGtgg

♪Twist And Shout
https://www.youtube.com/watch?v=pVlr4g5-r18

♪BOYS
https://www.youtube.com/watch?v=adSP9LVdTpQ

♪Hey boy
https://www.youtube.com/watch?v=Ch2q3e43W8k

♪Boys
https://www.youtube.com/watch?v=rN6ZZiKWZYA

♪Hippy Hippy Shake
https://www.youtube.com/watch?v=MlkKB1JlbFg

♪Till there was you
https://www.youtube.com/watch?v=YCbd6pxmVHY

♪Till there was you
https://www.youtube.com/watch?v=Mr5gCdUXJQY

♪Slow Down
https://www.youtube.com/watch?v=cHuJAC_XbhQ

♪Bad Boy
https://www.youtube.com/watch?v=oSTwxxfR3LE

♪Don't Ever Change
https://www.youtube.com/watch?v=uJjC0rUR_wU

HS 4/12
https://www.youtube.com/results?search_query=HS+4%2F12+



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オモテナシの相手ってみんな欧米人
白人を立てることを強要し合うこの気持ち悪い風潮は一体何なのか



本物の努力家が黙々と努力している一方で、
自称努力家が他人(たいてい目下の人)の努力にケチをつける。

日本でよくある光景。




まさに抑圧移譲だね
公務員や官僚は批判せず、ニートや無職や非正規を攻撃するのだから。
弱者=悪というのが日本社会の本質



日本人は、批判が好きだよな。学校の教師もニュースキャスターもとにかく批判が大~好き。



日本人ってホント人を誉めないよねww

マスコミも人や社会を批判してばかり、あそこはダメだ、ここもダメ
学校では「何でこんな事もできないの?」「社会はもっと厳しいぞ、甘えるな」
社会では「小学校からお前はやり直せ」

日本人は批判や根性論 精神論 が大好きなんだよなwww



もう少し、素直に人を褒める事のできる風潮がないと苦しくなるよね。
子どもが良い事をすると、「いい子ぶってる」
義援金を送ると「売名行為だ」
人を助けると「目立ちたがり、偽善だ」




他人を批判することでしか、自分のアイデンティティを保てない人が多いからね。日本は。

とにかく、日本人は人の短所ばかりを探す。
日本の子ども達も、短所ばかり言われて褒める事は滅多に言われないから
性格も歪んでいく。




日本人って不思議なもんで、外国人の前では凄い善人面をするよね。
そのくせして日本人に対しては批判ばかり。

海外への留学に行った友人が言ってたけど
「ベトナム人もインド人も中国人も、留学先では同胞同士助け合う。
 でも日本人は『俺の方がアイツらより英語が上手なんだ』『俺は周りの日本人より現地人の友達が多いんだ』
 とかどーしよーもない事でお互いを牽制、貶しあって足を引っ張ってる」
らしい。

海外留学して広い視野を身につける筈が、
余計に「出る杭は打て」などの妬み根性が育まれちゃう人が多いんだと・・・



2年前22時間かけて北欧、スウェーデンいってきたけどシステムが180度違う
考え方が成熟していてびびった。11種類にごみの分別ができなくて恥かいた




説教も怖そうな人にはしない
言い返さない相手にはみんなで説教
弱い人をどれだけ叩きのめしたかが日本での正義、強い人




誉めると警戒する。
和をもって尊しとかいうけど、
ほんとはお互いのことを全然信用してないんじゃないの。
ものすごい労力つかって上部だけの関係やってる。



youtubeで世界中の動画見てるけどさ、外国人って本当に些細な事で褒めるんだよね

例えば、犬がお手しただけで物凄く褒める
日本の犬の動画ではそういうシーンは全くない
あと、日本では犬すら退屈そうに暮らしている
外国の犬は本当に元気だよ

日本人が誰かを褒めてるシーンって、何かの授賞式とかで皆が無理やり拍手してるような場面だけ
自発的にやってるシーンを見たことがない




日本が閉塞感感じるのは当然だろうね。
日本の教育は、とにかく叱るばかりの教育をしている。
「ここがダメだ、何でこんな事ができないんだ」と悪い所ばかり言われる。
そう言われて育った子は、自分に自信が持てない子に育ち、他を攻撃するようになる。
自己肯定感が育まれない。
それで、マスコミは暗い話題ばかりを放送する。事件やら、不況やら。
家に帰れば、また批判ばかりの生活が待っている。
社会に出たら出たらで、欧米と比べ労働環境の悪いと言われる日本の職場は地獄である。
それで悩みを打ち明けても、「甘えるな」「もう大人だろ」「もっと苦しい人がいる」などど逆に攻められる。
こんな国じゃ閉塞感漂って当然だろ。





褒めたら誉めたであいつ、何を企んでる?とか疑うような奴ばっかりだし。

上っ面だけで心をまったく開いてない。
そのくせ上っ面だけは必死取り繕ってビクビクしてるのは滑稽。
日本人の人生が壮大なお芝居。


よく「今の若者は根性ない。自衛隊とかで訓練を」と言う人がいるが、
そう思う人が行けばいいと思う。
嫌な人まで巻き込むなと言いたい。
そういう人に限って実際自分が行けとなると行かない。



ゲームも今や欧米のディベロッパーの方が技術もアイデアも豊富。
それとお菓子も細やかに作れる。ケーキなんてかわいらしいキャラを綿密に作る。
さらにプラモデルコンテストを見れば、もう日本人が群を抜いて手先が器用などとは言えなくなる。



アフリカ=物は恵まれておらず、物質的には貧しいが、心が溌剌としている人が多い。

日本は確かに物質的には恵まれているけど、何か心(精神)な物が足りないよね?
現代の社会で幸せそうな人はあまりいない。





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「霊媒体質と霊道」

2015年05月20日 | Weblog




自宅が ちょうど霊の通り道に当たっている場合、
霊が別の場所に行くような 特殊な案内標のようなものを建てる事で
家内への進入を避ける事が出来るようです。


また 霊媒体質ではない人の場合、
霊道が当たっていても あまり霊を感知できないようですが、
霊媒体質の人にとっては 深刻な問題となってしまうようです。

以下 ネットに投稿されていた体験談のコピペです。

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私は山奥の田舎に住んでいますが、私が子供の頃の話です。

小学生も、低学年の頃は親と一緒に寝るのが当たり前ですが、高学年になってくると、
やはり自分の部屋が欲しくなり、「兄と姉のように自分の部屋が欲しい」と、ある日母にねだりました。

その頃ちょうど2階の角部屋が開いていたので、そこをくれと頼みました。
(二階には3部屋有りますが、角部屋以外は兄と姉の部屋でした)
すると、母は驚く程強い口調で「ダメ!」と断ってきたのです。

その部屋は日当たりの良い、家の中でも好条件に当たる部屋なのに、
雨戸もずっと閉め切ってあり、物置代わりになっていました。
しかし、大した荷物が置いてあるわけでもなく、庭には大きめの物置もあり、
普段一寸した物を仕舞うのは庭の物置の方で、その部屋は本当に使われていない部屋でした。

それが子供心にも不思議だったし、そんな部屋があるのに、自分の部屋が貰えないのも理不尽に思い、
粘りに粘りました。

しかし、母は強硬に反対し続け、絶対ゆずる気配がないので、
仕方なく父の方にターゲットを切り替えました。

父は頑固で厳しく、子供心に怖い人だったので、あまり物を頼みたくなかったのですが、
それ程自分の部屋が欲しかったのです。
今思うと、簡単に貰えると思っていた部屋が、思いもよらない強硬さで反対されたので、
子供心に意地になっていたのかもしれません。(笑)

役場から帰った父に頼むと、意外な程あっさり許しが貰えました。
怒鳴られる事を覚悟して、心臓もドキドキしていただけに、拍子抜けしてしまい、しばらく呆然とした程です。

父:「何だ、嬉しくないのか?」

父の言葉で、ようやく我に返った程です。

しかし、それを後ろで聞いていた母が、血相を変えて飛んできました。

母:「あなた、絶対にダメです!あの部屋だけは絶対に!!ユウスケがどうなっても良いのですか?」

何時も穏和な母が、最初からムキに断ったのにも驚きましたが、
父の決定に真っ向から反対するのも驚きました。

あまりに驚いたので、母の奇妙な反対の理由にも頭が回らなかった程です。

父は吸っていたタバコを消しながら、「まだお前はそんな事を言っているのか?
あの部屋はこの家でも条件の良い部屋なんだぞ!何時までもあのままじゃあ、
もったいないだろう。あの時はお前の意見を聞いたが、もういいかげんにしろ!
息子の自立心の成長を邪魔する親が何処にいる!」

父の一喝で、母も不満そうと言うより不安そうでしたが折れました。
母の異常な言動が少し気になりましたが、部屋を貰えた嬉しさで、そんな事も気にならなくなりました。

次の休日に父や兄弟が手伝ってくれて、2階の部屋の物を物置に移し、
掃除もして、私の部屋は勉強机しかないけど、完成しました。
母はまだ暗い顔をしていましたが、今まで怖いばかりの父は、母が暗い分明るく頑張ってくれて、
汗だくで笑いかけてくれる父は、もの凄く頼もしい感じがしました。

初めて一人で寝る晩、母が私の所にこっそりと言う感じで、家族に気付かれないようにやってきました。

部屋に入ってきて何かを言い出そうとしていましたが、思い悩んでいるようでなかなか何も言い出しません。
私は部屋の事で反対されてから、少し母に対して険悪な感情を持っていたので、
「何なんだよ!」と強めに言ってしまいました。

そうすると母はビクッと体を震わせ、「ごめんね・・・」と謝りました。

母:「もう、この部屋はユウスケの物だし、
お母さんも反対はしない。でもね、これだけは覚えておいて欲しいの」

母:「もし、この部屋で何かあったら、これを握りしめて南無阿弥陀仏と唱えなさいね」

そういって、一寸変わったお守りを渡してきました。

何の事やらさっぱり分らず、何と答えて良いか困っていると、
母は「忘れないでね」と言って出て行きました。

話の内容より母の真剣な眼差しが怖くて、しばらく天井を見つめて考え込んでいましたが、
いつのまにか眠ってしまいました。
その晩は何事もなく、次の朝には母もいつもの穏和な母に戻っていました。

そして幾日かが過ぎ、家の余っている家具を運び込んで、部屋の体裁を整える事に一生懸命になり
母もそれを手伝ってくれたので、私はそんな事を完全に忘れ去っていました。

しかし、村の外れにある家で葬式が出ると、母の態度がまた少しおかしくなりました。
でも可笑しいと言っても、たまに私を心配そうに見つめるだけです。
亡くなったのが、母親と良く話をしていた仲の良いおばあさんだったので、
それが原因かと思い、特に気にしていませんでした。

しかし、お葬式が終わって幾日かした晩の事です。
私が寝ていると、何か変な物音で目が覚めました。

私の家は、街に降りる為の路に面しており、山向こうの街から、
夜中でもたまに車が通るのですが、その車の音かと思い窓を見ました。
すると、確かに車が走ってきているらしく、カーテンが明るく照らし出されていたのですが、
そこに何か影が映っているように見えました。

家の外にある木の陰だと思い、初めは気にもせずに「なんだ車か・・・」
と再び寝ようとしましたが、違和感を感じました。

私が窓を見つめていたのは4~5秒の事だと思いますが、
いつもは車のライトで照らし出されるのは一瞬の事で、私が見つめている間に、
照らし出される事など無いはずなんです。
車が外で止まっているのかとも思いましたが、こんな所に車を止めても何も無いですし、
私の部屋が照らし出される位置に車を止めているのも、変な話なんです。

そこはちょうど道のカーブに当たる所で、反対側は沢に下る急な坂で、
その反対側は崖を覆ったコンクリートの壁しか無く、その壁の上も畑しか有りません。

そんな所の車を止めて何をしているのだろう?
何か異常な事態が何処かであったのだろうか?

そんな不安を感じ目が冴えてきました。
そこで起き出し再び窓に目をやると、やはりライトに照らし出されたように明るいままでしたが、
よくよく見ると車のライトなどではなく、何か不思議な青っぽい光でした。

今ならLEDと思うでしょうが、あの時代にそんな物など有るはずもなく、
車のライトは白っぽい黄色の光ばかりです。
そして、そこに映る影も、木の陰などではありませんでした。
何故なら、光は止まっているのに、影だけが此方に近づいてくるからです。

風に揺れる事はあっても、動くはずがありません。
そしてそれは、段々人の形をしているように見えました。
私はこの時になって、初めて恐怖を感じ始めていました。
子供心に、これは非情に不味い事が起こっていると感じたのでしょう。
慌てて部屋から逃げ出しました。

そして両親の元に駆け込みました。
両親は寝ていましたが、私が入って来た事で目を覚ましました。

母が「何かあったの?」と、心配そうに聞いてきました。

私は今さっき起こった事を言いかけ、「何でもない・・・一寸一人で寝てるのが寂しくなった」と言いました。

ここで騒げば、せっかくの自分の部屋を取り上げられるかと思ったからです。
父は一寸呆れた風に、「ユウスケもまだまだ子供だな」と笑い、布団に入れてくれました。

母は全然信じていないようで、心配そうに私を見つめていましたが、それを無視して父にしがみついて眠りました。

その晩以降、また何もなく日々が過ぎ、初めは一寸怖かったのですが、
何も起こらないままだったので、私も忘れ始めていました。

そして、また村で人が亡くなったのです。
今度は近所のおじさんで、もっと小さい頃はよく遊んでくれていたのですが、
病気で入院して、そのまま回復せずに亡くなったとの事でした。

そして、お葬式からしばらく立ったある日の晩、とうとうそれは起こりました。

今度も何か物音を聞いたような気がして、夜中に目が覚めました。
しかし、その日は友人と昼間に裏山で遊び回っていたので、起きるのが遅れて仕舞ったようで、
窓を見ると、前よりも影はハッキリと人の形をして、カーテンに写っていました。
私はまた逃げだそうとしましたが、その影がもう窓の直ぐ外にいるらしく、
鈴を鳴らしながら歩いている人の影は、今にも部屋に入ってきそうで、怖くて動けなくなりました。

鈴の音もハッキリ聞こえます・・・。

そしてとうとう『ソレ』は、部屋に入ってきました。
そしてその影が部屋に入った瞬間、カーテンを照らし出していた光も部屋の中に入り、
部屋の中に丸い光のトンネルを、私も包んだ形で造ったのです。
そしてその中を、亡くなったはずのおじさんが、鈴を鳴らしながら入って来たのです。
そして、私と目が合ってしまいました。

おじさんは「よう、ゆうぼう。久しぶりだな・・・」と言ってきましたが、
その目はうつろで生気など無く、
肌の色も不気味な程白いせいで光の中では青白く、異常に恐ろしく見えました。

私はビビリ上がってしまい何も言えないまま、おじさんを見つめていました。

おじさん:「何だ、そんな怖い顔をして。
何時もおじさんには元気に挨拶していたじゃないか?何かあったのか?」

怖いのは死ぬ程怖いのですが、害を与えられそうもないので、なんとか声を絞り出し、
「こんばんわ」となんとか答えました。
今思い出しても間抜けな受け答えでしたが、それが精一杯でした。

おじさん:「ゆうぼう、おばさんを知らないか?おばさんを捜したんだけど、見つからないんだ・・・」

おばさんとは、おじさんの奥さんで(あたりまえか?)、後から聞いた話だと、
その晩は親戚の家に行っていたそうです。

私は当然そんな事を知るはずもありませんから、首を振りました。

おじさん:「そうか・・・知らないか・・・」

おじさんは視点の定まらない目でそう答え、しばらく考え込んでいましたが、
何か良い事を思い付いたように、とてもとても嬉しそうな笑顔になりました。
その笑顔は本当に嬉しそうですが、私には途轍もなく恐ろしい笑顔に見えました。

全身の感覚が麻痺するような恐怖です。

そしておじさんは言いました。

おじさん:「ゆうぼう、ゆうぼうと一緒に行こう。そうだ、それが良い」

クスクスと笑いながら、私に近づいてきました。

私は涙と鼻水でグチャグチャになっていましたが、どうする事もできず、
木津おじさんに腕を捕まれるまで動けませんでした。

しかし、おじさんが腕を掴んだ瞬間、全身の細胞が悲鳴を上げるような、
電気が駆けめぐるような激しいショックが走り、とっさに腕を振り解き、勉強机に方に這って逃げました。

おじさんは少し意外そうな顔をしながら、「どうしたゆうぼう?良い所に連れて行ってやると言ってるのに?」と、
おじさんはそう言いながら、笑顔のまま私に近づいてきます。

私はこの状況から逃げ出す為、頭をフル回転させていましたが、パニックも起こしていたので、
考えがなかなか纏まりませんでした。

廊下に逃げるには、おじさんの横を通り抜けるしかありませんが、とてもそんな事など出来ません。
おじさんはどんどん近づいてきます。

もうダメかと思った時、ようやく母親の話を思い出しました。

”あのお守りは、あの日以降机の引き出しに入れたままのはず!”

その事を思い出し、とっさにお守りを取り出しましたが、おじさんに肩を掴まれてしまいました。
また、全身にショックが走り気が遠くなり始めた時、廊下の襖が開きました。
そこに立っていたのは母でした。
母は私に渡したのと同じお守りを持っていて、おじさんに向かって怒鳴りました。

母:「その子を連れて行く事は、私が許しません!!」

そしてお経を唱えながら、私とおじさんに近づいてきました。

おじさんはお守りを怖がるかのように後ずさり、私から離れていきました。

母:「あなたが行く所は、あちらです!一人でお行きなさい!!」

そう怒鳴ると、再びお経を唱え始めました。

おじさん:「そんなに怒らなくても・・・」

おじさんは悲しそうにそう言い残すと、トンネルが続く廊下の方に歩き出しました。
そして壁に消えかけた時、廊下で悲鳴が上がりました。

兄と姉の声です!

母は一瞬お経を唱えるのを止めましたが、その瞬間おじさんの動きも止まったので、
再びお経を唱え続けました。

おじさんが完全に壁の中に消え、光のトンネルが消えると、初めてお経を唱えるのを止め、
力尽きたようにその場に座り込みました。
冬の夜中なのに汗でびっしょりで、体中から湯気が立っていました。

しかし、兄と姉が「今の何だったの?人が壁に!!」と言いながら私の部屋に入ってくると、
母は急に立ち上がり、私達を抱えて泣き始めてしまいました。
私も大泣きです。
兄と姉は、困ったような顔をしていたんだと思います。

その騒ぎで、ようやく父が起き出してきました。

母:「あなた、やはりこの部屋は良くありません!ユウスケも連れて行かれそうになりました!」

そう母が訴えかけると、父は困った顔をして黙り込んでしまいました。

母:「あなた、まだ私の言う事を信じられませんか?私が病気だと思っているのですか?」

母は必死になって訴えかけましたが、やはり父は困った顔をしたままです。

母:「コレでもまだ信じられませんか?」

そう言うと母は、私のパジャマの上着を脱がし、父に腕と肩を見せました。

その時になって初めて私も気が付いたのですが、おじさんに捕まれた腕と肩の所が、手の形に青アザになっていたのです。

父:「まさか・・・」

そう言うと父は、その場に座り込んでしまいました。
兄や、姉も覗き込んで怖がっていました。

母:「じゃあ、お前の言っていた事は本当だったのか・・・」

そう言ったきり、惚けたようになってしまいました。
母はそんな父に近寄り、「何度も言ったでしょ?ここは霊道なんです。何とかしないと、
この部屋は危険なんです」

霊道と言われても、私も兄弟も何がなんだか分りませんでしたが、父は何度も頷いていました。

次の日から、父の動きは素早い物でした。
村の最年長のお年寄りの所に相談しに行き、僧侶を紹介して貰って、車で迎えに行き、早速見て貰いました。

そして、お坊さんの指示で庭にお堂を建てたのですが、それが変わっていて、
普通仏像が入る場所に何もなく、両側の壁に、お札を仕舞うスリットのような物が付いていて、
正面の扉と反対側にも、正面と同じような扉が付いていました。
まるで、前からも後ろからも出入りが出来る、エレベーターのようなお堂です。

そして、お堂から何か変わった模様を彫り込んだ石を、
道しるべのように家を迂回するルートの地面に埋め込み、家の裏側にも同じようなお堂を建てました。

お坊さん:「これで霊魂は家を迂回して通るようになる。もう安心じゃよ」

確かにそれ以降、何も起こりませんでした。
村の誰かが亡くなり、何日かの間、夜は家族全員で私の部屋で見張るように眠りました。
つまり実験したわけですが、父以外の家族は全員嫌がりました。

しかし、お堂や僧侶のお祓い料に相当金を使ったらしく、
父が「効果があるか試さないと納得がいかない!」と言い張って、無理矢理付き合わされたという事です。

変な話ですよね?(笑)
実に父らしいのですが・・・。

しかし・・・やはりと言うか、その部屋は空き部屋になってしまいました。
私はもう二度と、あんな目に遭いたくなかったからです・・・。

仕方なく父は物置を取り壊し、そこの離れを建てて兄の部屋にし、兄の部屋が私の部屋になりました。
そして二階の角部屋は、見事に物置になりました。

父は何かにつけてブーブー言っていましたが、他の家族全員がそう主張したので、
父も折れるしかなかったようです。

母が嫁いできた当時、それに併せて家を建て替えあの角部屋は、夫婦の寝室だったそうです。
しかし霊感の強かった母は、霊が通るたびに眠れない夜を過ごし、
軽いノイローゼになり始めていたので、下の部屋に移ったのだそうです。
そして、私の体に付いていたアザと同じ物が、母にも付いていた事があるそうです。

その時は、母が自分で付けたのだとばかり思い込んでいたのですが、
私の体にも付いているのを見て、兄弟達も目撃した事から、とうとう父も認めたのでした。

結局、物置の為にお堂を二つも造り、お祓い料や毎年のお札の代金。
それに、2年に一度お経を上げて貰う為に、車で迎えに行く事になり、
父には気の毒な事をしたと今では思います。

私が遭遇したおじさんの霊は、長い入院で心が少し病んでしまい、
寂しさで誰かを連れて行こうとした、タチの悪い霊だったようです。

「殆どはただ通り過ぎるだけ」と、母が話してくれました。

しかし、事故死や自殺者の霊は本当に怖いと母は言います。
誰かれ構わず道連れを作りたがるのだそうで・・・。

そう言うわけで、今でも私の実家では、両親と兄夫婦が住んでいますが、
二階の角部屋は物置のままだし、お堂も設置されたままです。

皆さんも霊道に遭遇したら、とにかく逃げ出して下さい。
霊道を通る霊は、霊道の中から出られないそうですから・・・。
間違っても、霊道の進む方に逃げないようにして下さいね。
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(明日は沐浴日)

2015年05月20日 | Weblog



(日満親善)




(大 物 主)
(  `m´)「…Fuck!!!!!!!!!!!

         関東軍の誘惑を接受した日本の属国が
         日満親善を叫び 歓喜するか?

         和平主義者では あり得なくて
         ただの中国の裏切り者である!!!!!!」
        



|・) 日満親善~




(  `m´)「…おや 娘さん、
         明日は道教の沐浴日であるのですが、

         道教の沐浴では
         五種類の香や花を それぞれ約223グラム集めて
         浴びるように指示があったりするのですが」



(  `m´)「…その一つの 白檀でさえも
         精油や粉香などを約223gを 1度の沐浴で使うというのは難しく、

         そこで 母大陸や台湾以外の地域で行う場合、
         出来る限りの量の白檀を 湯に混ぜ、
         また 他にもあれば 沈香や ヒマラヤの粉香を混ぜるなどして
         穢れを祓う香水を作るとか 
         柏の葉や 桃の木の皮を混ぜるなどの方法が考えられます。」




(  `m´)「…そのような湯で 明日沐浴する事で 争いが除かれるとされますが、
         特に 黄昏時に行うのが最良であるようです。」





(  `m´)「…沐浴は 道教においても重視されており、
         沐浴をしたがらない心性は 魄の性であるとされます。

         つまり 霊的に正しい沐浴をする事が
         自己を 純陽に至らしめる方法の一つになるという事であります。」




(  `m´)「…ちなみに 芥川龍之介は いつも入浴を非常に恐れていたそうで、
         また 晩年は 霊的にやや異常をきたした言行の記録があり、
         魄に振り回されたとも考えられます。」




(  `m´)「…日本では 禊と入浴の習慣が強かった事、
         また 道教で要求される植物が手に入り難かった事などから
         特殊な沐浴日が 定着しなかったのかもしれません。

         しかし 宮地神仙道に取り入れて障害になる事はなく、
         却って 裨益する所があるように思われます。」





(大 物 主)
(  `m´)つ( 抗日湯 )





(大 物 主)
(  `m´) 「…それでは 日本の埃に染まった満州鶏の羽根を
          洗い流してやる事にする。」


       |・)





              (大 物 主)
|ミ サッ         (`m´  ) 「沐浴を拒んでは 純陽にならない!!!!!!!」


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「救霊と 天国に昇る為のマントラ」

2015年05月20日 | Weblog





(  `m´)「…誦す事によって
         救霊と 天国に昇る事が得られるマントラという事です。
        
         自己の為だけでなく、他者の為に誦す事もできるかもしれません。」


「サルバ・ブッター・ヤダー・スワルガ・ムクティ
 プラダーヤイニ・トバム・ストゥッター
 カーバー・ババントゥ・プラモクタヤー。」


「掛号経」





「一声仏号仏門開(いっせいぶつごうぶつもんかい)
双手捧着香燭来(そうしゅぼうちゃくこうしょくらい)
金香燭(きんこうしょく)
七寸高(しちすんこう)
于動送経先掛号(うどうそうきょうせんけごう)

二掛号花根紅(にけごうかこんこう)
金花銀花一般同(きんかぎんかいっぱんどう)
金花銀花開得鮮鮮多(きんかぎんかかいとくせんせんた)

銀花開得万万層(ぎんかかいとくまんまんそう)
于動送経先報名(うどうそうきょうせんほうめい)
シャ門シャ氏来送経(しゃもんしゃしらいそうきょう)

三掛号金香燭(さんけごうきんこうしょく)
銀香焼(ぎんこうしょく)
通天知地神知道(つうてんちちしんちどう)

四掛号金香燭(しけごうきんこうしょく)
銀返裏(ぎんへんり)
各面焼香都有我(かくめんしょうこうとうが)

五掛号点筆硯(ごけごうてんひつけん)
拿起筆来左右難(だきひつらいさゆうなん)
車開蓬拉開杆(しゃかいれんらかいかん)
一拉拉到東南山(いちららとうとうなんざん)
東南山上八大害(とうなんさんじょうはちだいがい)
不知那家老母下山来(ふちなんかろうぼげざんらい)

老母坐着蓮華盆(ろうぼざちゃくれんげぼん)
善人坐着蓮華板(ぜんにんざちゃくれんげばん)

叫に上船(きょうにじょうせん)
に上船(にじょうせん)
に要不把船来上(にようじょうふはせんらいじょう)
等着福船路回転(とうちゃくふくせんろかいてん)
再想上船難上難(さいそうじょうせんなんじょうなん)
再等十万八千年(さいとうじゅうまんはっせんねん)
那磨仏来米だ僧(なまぶつらいべいだそう)
俺今送了個掛号経(えんこんそうりょうこけごうきょう)。」


「下尸を除く呪」

(  `m´) 「…本来は 符と併用するものでありますが、
          霊活できますかと。」


「下尸彭きょう(かしほうきょう)貪欲自栄(どんよくじえい)
白色混沌(はくしきこんとん)体無常形(たいむじょうけい)
依人両足(いじんりょうそく)悦動人情(えつどうにんじょう)
言我得失(ごんがとくしつ)走作魂霊(そうさくこんれい)
三宮擾乱(さんくうじょうらん)赤子不寧(せきしふねい)
貪欲小蟲(どんよくしょうちゅう)假備幽冥(かびゆうめい)
今日受度(こんじうじゅど)三煉已清(さんれんいせい)
欲門閉塞(よくもんへいそく)不受邪精(ふじゅじゃせい)
元始急令(げんしきゅうれい)三台臨庭(さんだいていりん)
速出無隠(そくしゅつむいん)及汝弟兄(きゅうじょていてい)
九種子孫(きゅうしゅしそん)一時斬形(いちじざんけい)
五帝度眞(ごていどしん)太乙記名(たいいつきめい)
下元沐浴(かげんもんくよく)冠帯羽青(かんたいうせい)
玄度三界(げんどさんがい)上領元精(じょうりょうげんせい)
解形逐変(かいけいすいへん) 流景上清(りゅうけいじょうせい)
飛玄歩虚(ひげんほきょ) 三界斎明(さんがいさいめい)。」

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