大阪高裁判決 平成15年11月21日
(判例時報 1853号 99頁)
《要旨》
特優賃住宅の賃貸借契約における原状回復特約が否認された事例
(1) 事案の概要
賃借人Xは、平成7年8月、A県住宅供給公社Yと特優賃法及び公庫法の適用を受けるマンション一室の賃貸借契約を締結し、入居した。Xが、平成9年1月、本件賃貸借契約の終了により、本件住宅を明渡したところ、Yは、敷金36万円余から、クロス貼替・玄関鍵取替等の住宅復旧費として、21万円余を控除し、残額を返還した。
これに対しXは、本件賃貸借契約には通常損耗分を賃借人負担とする趣旨の文言はなく、本件特約による新たな義務を負担する認識はなかったというべきであるから、本件特約にかかる合意は存在せず、本件特約は、公序良俗に反するものとして私法上の効力を否定すべきである等と主張し、控除された金員の返還を求めて提訴した。一審裁判所はXの請求を棄却したため、Xはこれを不服として控訴した。
(2) 判決の要旨
①本件賃貸借契約17条1項は、賃借人の責に帰することのできない損耗を賃貸人の負担とする趣旨と解されるが、通常損耗は、賃借人の責めに帰すことができない損耗に該当する。他方、「修繕費負担区分表」及び「住まいのしおり」の記載は、いずれも当該部分にかかる通常損耗分を賃借人負担とする趣旨と解するほかなく、その限度で本賃貸借契約本文と齟齬するといわざるを得ない。
②一般に賃貸借契約終了時における通常損耗による原状回復費用の負担については、特約がない限り、これを賃料とは別に賃借人に負担させることはできず、賃貸人が負担すべきものと解するのが相当である。
③本件特約の成立は、賃借人がその趣旨を十分に理解し、自由な意思に基づいてこれに同意したことが積極的に認定されない限り、安易にこれを認めるべきではない。形式的手続きの履践のみをもって、賃借人が本件特約の趣旨を理解し、自由な意思に基づいてこれに同意したと認めることはできない。よって、以上の通り、本件特約の成立は認められない。
(3) まとめ
本来、賃貸借契約については、強行法規に反しないものであれば、特約を設けることは契約自由の原則から認められるものであり、一般的な原状回復義務を超えた一定の修繕等の義務を賃借人に負わせることも可能であるが、賃借人に特別の負担を課す特約は、特約の必要性があり、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること(原状回復ガイドライン)や特別の修繕等の義務を負うことについて認識して合意しているなどの要件が必要である(最判平成17年12月16日)と考えられている。居住用賃貸借における司法や行政の流れは、賃借人に一方的に不利な条項は否定の方向にあるといえる。