マンションなどの賃貸契約に異変が起きている。
「この1年間で4割程度の物件が更新料をゼロにしました」。京都の不動産仲介業者はこう話す。確かに複数の物件で「更新料ゼロ」といった表記が目立つ。借り手にとってはうれしいが、業者は「訴訟の影響で更新料を廃止するオーナーが増えている」と表情を曇らせた。
一方、東京では東京借地借家人組合連合会が「首都圏から更新料をなくそう」と呼びかけている。弁護士を招いた5月末のセミナーでは、「更新料を請求されたらまずは拒否し、難しければ値下げ交渉を試みましょう」という講演に、参加者たちが熱心に耳を傾けていた。
背景には、京都で広がる更新料の返還訴訟が影響している。
分かれる高裁判決 3対1で「無効」優勢
更新料は賃貸契約期間の満了時、家主に契約更新を目的に支払う費用。物件によって条件はバラバラで、大阪のように更新料自体が存在しない地域もある。更新料の存在する物件では賃貸契約書に支払いについて明記されることが多い。しかし、2001年に施行された消費者契約法によりあいまいさが問題視されており、社会問題化しつつある。
こうした中、5月末に大阪高等裁判所は4例目となる更新料判決を下した。結果は「無効」。これにより大阪高裁では「無効」が3例、「有効」が1例と割れた。今年から来年にかけて最高裁判所が判決を下す予定だが、「無効」となれば影響は甚大だ。
原告側の弁護団である長野浩三弁護士は「更新料は何のおカネがわからず、支払うのは不合理」と話す。消費者契約法10条によると、更新料は「消費者の利益を一方的に害するもの」であり、金銭的対価に見合う合理的根拠が見いだせないという。
“震源地”の京都は全国でも更新料が高いことで知られる。最近まで1年契約で2カ月分の更新料が発生する物件も珍しくなかった。更新料を設ける代わりに、賃料を安く抑えているとしても、消費者にとっては紛らわしい。
安い家賃が魅力で契約しても、更新料などを上乗せすると、実際の賃料は他物件と差がなくなる場合もある。昨年8月の高裁判決では「実質的に対等にまた自由に取引条件を検討できないまま当初本件賃貸借契約を締結」したと、支払った5年分の更新料など45万5000円の返還を家主に命じた。
反響は大きく、京都では集団訴訟に発展。和解金を支払う事例も出ており、更新料をなくすオーナーが増えている。だが「家賃に値上げ転嫁するのは難しく、更新料ゼロは事実上の値下げ」(日本賃貸住宅管理協会・京都支部)との声も聞かれる。
これは決して対岸の火事ではない。更新料は東京や千葉、埼玉では6割以上の物件で導入されている。最高裁判決で更新料が否定されれば、影響は全国へ広がるだろう。
返還請求が広がれば破産する大家も
不安を高めるのがマンションオーナーだ。東京都目黒区で賃貸マンションを経営する安藤泉さんは「経営が成り立たなくなる個人家主が出てくるのでは」と危惧する。大規模修繕や火災報知器の設置、地上デジタル放送対応など、家主には多くの不定期な支出が生じる。さらに物件で自殺者や病死者が出れば、クリーニング代や空室リスクも出てくる。
不測の事態に備えた積立金が更新料返還に回れば、たちまち経営は火の車になりかねない。東京共同住宅協会の谷崎憲一会長は「賃貸経営の8割が個人大家だが、不景気で都内の空室率は20~30%が当たり前。すでに経営環境は厳しいのに」と不安視する。
危機感を募らせるのは、不動産管理会社の多くが展開するサブリース業者も同じだ。管理会社が家主から物件を借り上げて入居者を募集するサブリース事業では、賃料の一部を手数料とするほか、礼金や更新料が収益源。
あるサブリース業者では「年間の更新料収入は20億円」に上る。仮に消費者契約法が施行された01年までさかのぼって返還請求が殺到すれば、200億円程度の引当金が必要となる。財務基盤が脆弱な業者ならひとたまりもないだろう。
被告の弁護団でもある久保原和也弁護士は「更新料と礼金、共益費も含め総合的に賃貸経営を検討するべき」と呼びかけている。今後の契約については、更新料を廃止して賃料に上乗せする。難しければ「一時払い賃料」として明示することでリスクは回避できるという。
一方、日本賃貸住宅管理協会では、賃料と共益費、敷引金、礼金、更新料を4年間支払った総額を1カ月当たりに平均した金額を「めやす賃料」とする自主ルールを作った。「説明不足を解消すれば、消費者契約法には抵触しない。すべての費用は家賃に集約されるべき」(三好修会長)と力を込める。6月末から物件募集広告への表示を始める方針だ。
業界が警戒心を強めるのは、問題が更新料だけでなく「礼金や共益費、ハウスクリーニング代に波及するおそれがある」(久保原弁護士)からだ。賃貸住宅業界は大きな節目を迎えている。
(前田佳子 撮影:吉野純治 =
週刊東洋経済2010年6月19日号)