2008年に、すりばち松(擂鉢松)を見に訪れた、松蔭寺。 →地図←
その当時は境内が工事中だったこともあり、すり鉢松を見るだけになったけれど
あれから11年経った現在、この辺り一帯が白隠の里として整備されたようなので
今回ふたたび、それらも含めて見て回るべく、松蔭寺へと行ってみることにした。
興国寺城跡通りより、静岡県道163号東柏原沼津線を東に向かうとすぐ道の南側に
松蔭寺の参道が現れる。整備されたというだけあり、以前よりも路面がオシャレに。
参道の先の、松蔭寺山門。この門は調査の結果、実は江戸文政期に作られた
貴重な物だという事が発覚し、2016年に有形文化財として登録されたそうだ。
山門から境内へ入ると、すぐ左側に鐘楼がある。
境内には大きな松の木がいくつも生えているが、この鐘楼と山門の間にも立派なアカマツがあり
その根本には、小さな二宮金次郎像も。松を保護するためか、樹の周りには木道が敷かれていた。
その根本には、小さな二宮金次郎像も。松を保護するためか、樹の周りには木道が敷かれていた。
以前、すり鉢松が生えていた、境内の隅。白隠禅師墓の立札は、前のまま残っている。
すり鉢松は、2010年に枯死して伐採され、その切株などが境内の隅に祀られている。
ただ、その事を記した物が無いので、事前に調べていないとよくわからないだろう。
ちなみに、すり鉢松とは、台風によって裂けた松の枝に、白隠慧鶴が雨よけとして
備前焼の擂鉢を被せたというもので、その擂鉢は不思議と落ちる事も無く、松の木は
そのまま成長を続けたそうだ。さすがに300年経ち、その法力も失われてしまったか。
現在は、2代目すり鉢の松が境内のどこかにあるようだが・・・どれだろう?
2代目というくらいだから、それほど大きい松では無さそうだが。先程のアカマツは違うな。
すり鉢松跡とは反対側となる境内西側の隅には、五社大神が祀られた祠が。
この辺りのお寺には、このような神仏習合の名残りを各所で見受けられた。
山門の正面に位置する、松蔭寺の本堂。帰宅してから撮影した画像をよく見たら
本堂横にある松の上に擂鉢が被せられているのを発見。これが2代目すり鉢松だった。
この2代目すり鉢松に関しては、次に向かう白隠の墓と共に改めて見てみるとしよう。
あと本堂に向かって右側には、11年前にはまだ無かった僧堂が建てられている。
参道にあった大きな石碑同様に、僧堂の入口にも大本山の文字が記されていた。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます