11月8日、Pit 昴 サイスタジオ大山で、デイビッド・リンゼイ=アベアー作「ラビットホール」を見た(劇団昴公演、訳・演出:田中壮太郎)。
ニューヨークに住むベッカとハウイー。彼らの4歳の息子ダニーが事故死した後、子供の遺した服や絵本を捨て続けるベッカ、思い出を残そうとする
ハウイー。自由な妹イジ―と11年前に息子を亡くした母ナットと過ごす日常の中で、かみ合わない嘆きと悲しみを抱え苦しむ二人。
そんな時、ダニーを轢いた少年ジェイソンからの手紙が届く・・・(チラシより)。
半円形の小さな舞台を客席が囲む形。奥にキッチンがあるようだが、評者の席からは見えなかった。
ベッカ(あんどうさくら)と妹イジー(坂井亜由美)が話している。
イジーがまた仕事をクビになったと言うので姉は呆れる。
しかも、実は彼女はミュージシャンである彼氏の子を妊娠していた(数週間前に分かった)。
母にはとっくに話して喜んでもらえたが、4歳の息子を亡くしたばかりの姉にはなかなか話せず、この日、やっと伝えることができた。
ハウイーとベッカは子供を亡くした親たちが集うセラピーの会に行っていたが、ベッカはもう行くのをやめてしまった。
夜、ハウイー(岩田翼)はワインを用意し、部屋の灯りを少し落とし、音楽をかける。
イライラしているベッカに、リラックスした方がいいよ、と言って肩をもむ。
「わかった・・・誘ってる?」とベッカ。だが彼女はそんな気分じゃない。
「もう8ヶ月だよ」とハウイー。息子の事故死からそれだけの日が過ぎていた。
また新しく作ろう・・・と夫が言いかけると、妻は「そういう話だったの!?ムリ!」と激しく拒絶して部屋を出て行く。
一人になると、ハウイーはビデオを見る。息子と最後に撮った動画だ。
可愛い男の子の声が響く。
「ボクは魔法使いだよ。パパを透明人間にしてあげる・・」
ベッカの母ナット(要田禎子)と夫婦は、4人でイジーの誕生会を開く。それぞれからのプレゼント。
母はケネディ家の人々の話を始め、そこから、オナシスの息子が事故死した後、オナシスが息子の死を受け入れられず、誰が事故の責任者だったか、
事故は誰かの過失じゃないか、と多額の金を使って調べたが、結局分からず、そのストレスとショックで2年以内に死んじゃったのよ、と言う。
ベッカは、母がダニーの死を受け入れられない自分のことを当てこすっている、と言う。
母が、私も息子アーサーを失ったと言うと、彼は30歳でヘロイン中毒で死んだ、アーサーとダニーは違う、と娘は答える。
母が、私は何も当てこすってはいない、と言うと、お母さんは、いつだって、何かを言おうとして言っている、と娘は責める。
彼女の言葉にはいつも何らかの意図があるというのだ。
食卓は険悪なムードになる。
イジー「これ、私の誕生会じゃないの?」(笑)
ダニーを轢いた少年ジェイソンから手紙が届いた。
彼は高校3年生。SFのような自作の小説が同封されていた。
ハウイーが、またダニーのビデオを見ようとすると、TV番組が上から録画されていた。ベッカが間違えて録画してしまったのだ。
怒るハウイー。夫婦の諍い。
ベッカは引っ越したいと言う。この家には亡きダニーの思い出が詰まっていて、彼女には耐えられないのだ。
<2幕>
イジーと義兄ハウイーが家にいる。
ベッカとハウイーは、家を売るためオープンハウスの看板を出しているが、安くしようとして代理店を通さなかったためか、なかなか人が来ない。
イジー「ダニーの部屋、何とかした方がいいよ」
男の子向きの柄のベッドカバーがそのままなので、客は当然「ああ、男の子がいらっしゃるんですか。何歳ですか?」と尋ねる。
⇒ 事故死したことを話さないわけにはいかない ⇒ 客は引いてしまう ⇒ 買う気をなくす・・と、もっともなアドバイスをするイジー。
この子、ハチャメチャなようだが意外とまともで常識がある。
むしろハウイーの方が想像力に欠けるところがあるようだ。
もともと彼はこの家が気に入っていて、売る話に乗り気でなかったせいかも知れない。
ベッカとナットがスーパーから帰宅。何やら言い争っている。
店に4歳くらいの子を連れた母親がいて、子供がお菓子を買ってと駄々をこねるのに買ってやらない。
子供が可哀想になったベッカが母親に話しかけて説得しようとしたが、言うことを聞いてくれないので、何とその母親をひっぱたいたという。
その後、ナットが事情を話してわびたらしい。
ベッカの怒りはまだ収まらず、夫は呆れるがイジーは共感する。
ベッカとナットはダニーのおもちゃや靴を仕分けしている。キープして箱詰めか、ゴミ袋行きか。
ベッカはカルチャースクールに通い出した話をする。今ディケンズの「荒涼館」を読んでいるという。
イジーと義兄ハウイーが家にいる。
イジーの友人が、レストランでハウイーを見かけた。誰か女性と一緒で、ハウイーはその女性の手を握っていた。
イジーがそう言うと、ハウイーは怒り出す・・・。
ベッカはジェイソン(町屋圭祐)を自宅に招き、手作りのケーキを出してもてなす。
彼は事故の日のことをポツリポツリと語り出す。
「犬が飛び出してきて、あわててハンドルを切った」「制限速度を少し越えていたかも・・」
プロムの日のことを聞かれ、愉快に過ごした話をしていると、突然ベッカが泣き出す。
それも号泣。
しばらくして泣き止んだベッカは、彼が送ってきた小説に出てくるパラレルユニバースの話を面白いと言う。
ギリシャ神話のオルフェウスの物語を思い出した、とも。
宇宙が無限なら、どこかにこの私と同じ人間がいて、幸せに暮らしている・・。
彼が帰ると、ベッカは一人、舞台中央に立つ。
ミラーボールが回り、色とりどりの照明。パラレルユニバース。
ベッカとイジーとナットが家にいると、珍しく早くハウイーが帰宅。
今日はセラピーの会に行くのを止めた。と言う。
それを聞くと、イジーは気を利かせて母親を急き立て、出て行く。
二人はソファに並んで座る。
結局、家は売らないことになりそうだ。
ベッカはハウイーの手に自分の手を添える・・・。
翻訳がいい。特に若いイジーのセリフが生き生きしていて魅力的で、聴衆の心をつかむ。
オーマイガー!とかジーザスとかF・・とかを訳さずにそのまま使うのは、ちょっと手抜きかも知れないが。
子供を亡くした夫婦は、往々にして別れることがある。
この夫婦もそうなりそうだったが、何とか危機を乗り越えていけるかも知れないという予感を与えるラストだった。
仕事を辞めて専業主婦となっていた妻にとって、4歳という可愛い盛りの男の子を失うことは、自分の身がもがれるのと同じくらい大変なことだろう。
自分の存在価値が全否定されたようにも感じただろう。
夫には今までと変わらず仕事があるし、二人の悲しみと絶望は、どうしたって同じというわけにはいかない。
ベッカは信仰も失った。
母親がどうして神を信じないの?と言うと、神様なんてサディスティックよ!と答える。
だが、加害者である少年が書いたSF小説が、彼女に救いをもたらしたようだ。
いや、救いとまではいかないかも知れないが、とにかく彼女が前を向いて歩き出すきっかけを与えたらしい。
評者には、無限の宇宙のどこかに自分がいて、幸せに暮らしている、と考えたからといって、どうして楽になれるのか、さっぱりわからないが。
この作品のタイトルは、異世界に通じる「うさぎの穴」・・「不思議の国のアリス」に出てくるあれだ。
ところでチラシに「子供の遺した服や絵本を捨て続けるベッカ」とあるが、そんな事実はない。
ベッカは息子の服をきれいに洗濯してきちんとたたみ、寄付しようとしているし、絵本を捨てるというセリフもシーンもない。
どうしてこんな間違いをチラシに書くのか理解不能。
役者はみなうまいが、特に母ナット役の要田禎子がいい。
この役がまた、味があって面白い。
イジー役の坂井亜由美という人も印象に残った。
この人は滑舌がメチャメチャいい。セリフがすべてよく聞き取れて、実に気持ちがいい。
作者は昨年9月に亀戸で上演された「グッドピープル」を書いた人。
この「ラビットホール」で2007年、ピューリツァー賞戯曲部門を受賞した由。
ニューヨークに住むベッカとハウイー。彼らの4歳の息子ダニーが事故死した後、子供の遺した服や絵本を捨て続けるベッカ、思い出を残そうとする
ハウイー。自由な妹イジ―と11年前に息子を亡くした母ナットと過ごす日常の中で、かみ合わない嘆きと悲しみを抱え苦しむ二人。
そんな時、ダニーを轢いた少年ジェイソンからの手紙が届く・・・(チラシより)。
半円形の小さな舞台を客席が囲む形。奥にキッチンがあるようだが、評者の席からは見えなかった。
ベッカ(あんどうさくら)と妹イジー(坂井亜由美)が話している。
イジーがまた仕事をクビになったと言うので姉は呆れる。
しかも、実は彼女はミュージシャンである彼氏の子を妊娠していた(数週間前に分かった)。
母にはとっくに話して喜んでもらえたが、4歳の息子を亡くしたばかりの姉にはなかなか話せず、この日、やっと伝えることができた。
ハウイーとベッカは子供を亡くした親たちが集うセラピーの会に行っていたが、ベッカはもう行くのをやめてしまった。
夜、ハウイー(岩田翼)はワインを用意し、部屋の灯りを少し落とし、音楽をかける。
イライラしているベッカに、リラックスした方がいいよ、と言って肩をもむ。
「わかった・・・誘ってる?」とベッカ。だが彼女はそんな気分じゃない。
「もう8ヶ月だよ」とハウイー。息子の事故死からそれだけの日が過ぎていた。
また新しく作ろう・・・と夫が言いかけると、妻は「そういう話だったの!?ムリ!」と激しく拒絶して部屋を出て行く。
一人になると、ハウイーはビデオを見る。息子と最後に撮った動画だ。
可愛い男の子の声が響く。
「ボクは魔法使いだよ。パパを透明人間にしてあげる・・」
ベッカの母ナット(要田禎子)と夫婦は、4人でイジーの誕生会を開く。それぞれからのプレゼント。
母はケネディ家の人々の話を始め、そこから、オナシスの息子が事故死した後、オナシスが息子の死を受け入れられず、誰が事故の責任者だったか、
事故は誰かの過失じゃないか、と多額の金を使って調べたが、結局分からず、そのストレスとショックで2年以内に死んじゃったのよ、と言う。
ベッカは、母がダニーの死を受け入れられない自分のことを当てこすっている、と言う。
母が、私も息子アーサーを失ったと言うと、彼は30歳でヘロイン中毒で死んだ、アーサーとダニーは違う、と娘は答える。
母が、私は何も当てこすってはいない、と言うと、お母さんは、いつだって、何かを言おうとして言っている、と娘は責める。
彼女の言葉にはいつも何らかの意図があるというのだ。
食卓は険悪なムードになる。
イジー「これ、私の誕生会じゃないの?」(笑)
ダニーを轢いた少年ジェイソンから手紙が届いた。
彼は高校3年生。SFのような自作の小説が同封されていた。
ハウイーが、またダニーのビデオを見ようとすると、TV番組が上から録画されていた。ベッカが間違えて録画してしまったのだ。
怒るハウイー。夫婦の諍い。
ベッカは引っ越したいと言う。この家には亡きダニーの思い出が詰まっていて、彼女には耐えられないのだ。
<2幕>
イジーと義兄ハウイーが家にいる。
ベッカとハウイーは、家を売るためオープンハウスの看板を出しているが、安くしようとして代理店を通さなかったためか、なかなか人が来ない。
イジー「ダニーの部屋、何とかした方がいいよ」
男の子向きの柄のベッドカバーがそのままなので、客は当然「ああ、男の子がいらっしゃるんですか。何歳ですか?」と尋ねる。
⇒ 事故死したことを話さないわけにはいかない ⇒ 客は引いてしまう ⇒ 買う気をなくす・・と、もっともなアドバイスをするイジー。
この子、ハチャメチャなようだが意外とまともで常識がある。
むしろハウイーの方が想像力に欠けるところがあるようだ。
もともと彼はこの家が気に入っていて、売る話に乗り気でなかったせいかも知れない。
ベッカとナットがスーパーから帰宅。何やら言い争っている。
店に4歳くらいの子を連れた母親がいて、子供がお菓子を買ってと駄々をこねるのに買ってやらない。
子供が可哀想になったベッカが母親に話しかけて説得しようとしたが、言うことを聞いてくれないので、何とその母親をひっぱたいたという。
その後、ナットが事情を話してわびたらしい。
ベッカの怒りはまだ収まらず、夫は呆れるがイジーは共感する。
ベッカとナットはダニーのおもちゃや靴を仕分けしている。キープして箱詰めか、ゴミ袋行きか。
ベッカはカルチャースクールに通い出した話をする。今ディケンズの「荒涼館」を読んでいるという。
イジーと義兄ハウイーが家にいる。
イジーの友人が、レストランでハウイーを見かけた。誰か女性と一緒で、ハウイーはその女性の手を握っていた。
イジーがそう言うと、ハウイーは怒り出す・・・。
ベッカはジェイソン(町屋圭祐)を自宅に招き、手作りのケーキを出してもてなす。
彼は事故の日のことをポツリポツリと語り出す。
「犬が飛び出してきて、あわててハンドルを切った」「制限速度を少し越えていたかも・・」
プロムの日のことを聞かれ、愉快に過ごした話をしていると、突然ベッカが泣き出す。
それも号泣。
しばらくして泣き止んだベッカは、彼が送ってきた小説に出てくるパラレルユニバースの話を面白いと言う。
ギリシャ神話のオルフェウスの物語を思い出した、とも。
宇宙が無限なら、どこかにこの私と同じ人間がいて、幸せに暮らしている・・。
彼が帰ると、ベッカは一人、舞台中央に立つ。
ミラーボールが回り、色とりどりの照明。パラレルユニバース。
ベッカとイジーとナットが家にいると、珍しく早くハウイーが帰宅。
今日はセラピーの会に行くのを止めた。と言う。
それを聞くと、イジーは気を利かせて母親を急き立て、出て行く。
二人はソファに並んで座る。
結局、家は売らないことになりそうだ。
ベッカはハウイーの手に自分の手を添える・・・。
翻訳がいい。特に若いイジーのセリフが生き生きしていて魅力的で、聴衆の心をつかむ。
オーマイガー!とかジーザスとかF・・とかを訳さずにそのまま使うのは、ちょっと手抜きかも知れないが。
子供を亡くした夫婦は、往々にして別れることがある。
この夫婦もそうなりそうだったが、何とか危機を乗り越えていけるかも知れないという予感を与えるラストだった。
仕事を辞めて専業主婦となっていた妻にとって、4歳という可愛い盛りの男の子を失うことは、自分の身がもがれるのと同じくらい大変なことだろう。
自分の存在価値が全否定されたようにも感じただろう。
夫には今までと変わらず仕事があるし、二人の悲しみと絶望は、どうしたって同じというわけにはいかない。
ベッカは信仰も失った。
母親がどうして神を信じないの?と言うと、神様なんてサディスティックよ!と答える。
だが、加害者である少年が書いたSF小説が、彼女に救いをもたらしたようだ。
いや、救いとまではいかないかも知れないが、とにかく彼女が前を向いて歩き出すきっかけを与えたらしい。
評者には、無限の宇宙のどこかに自分がいて、幸せに暮らしている、と考えたからといって、どうして楽になれるのか、さっぱりわからないが。
この作品のタイトルは、異世界に通じる「うさぎの穴」・・「不思議の国のアリス」に出てくるあれだ。
ところでチラシに「子供の遺した服や絵本を捨て続けるベッカ」とあるが、そんな事実はない。
ベッカは息子の服をきれいに洗濯してきちんとたたみ、寄付しようとしているし、絵本を捨てるというセリフもシーンもない。
どうしてこんな間違いをチラシに書くのか理解不能。
役者はみなうまいが、特に母ナット役の要田禎子がいい。
この役がまた、味があって面白い。
イジー役の坂井亜由美という人も印象に残った。
この人は滑舌がメチャメチャいい。セリフがすべてよく聞き取れて、実に気持ちがいい。
作者は昨年9月に亀戸で上演された「グッドピープル」を書いた人。
この「ラビットホール」で2007年、ピューリツァー賞戯曲部門を受賞した由。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます