近年、熊の出没数が過去に例を見ない程に増加していることが、ニュースやメディアでよく取り沙汰されています。農作物が荒らされ、人的被害も増え続けています。かつて生きる術として行われてきた熊の狩猟は、「生業」から「害獣駆除」へと目的を変え、熊たちは、いまや食用として尊ばれる「生きる糧」ではなく、生活を脅かす「害獣」として認識されるようになりました。以前のように、人と熊とがうまく距離を保ちつつ共生することは、もう叶わないのでしょうか。
縄文時代の一万年以上を生き延びてきた日本人の狩猟文化は、近現代ではほとんど消滅してしまいましたが、近代最後の狩猟集団として、東北地方の「マタギ」と呼ばれる人々が知られています。自然との共生を旨として生活していた彼らは、どのようにして野生動物との共存を計っていたのでしょうか?
自然を敬い慈しみながら生きたマタギ達には、日頃から多くのしきたりがありました。動物を山の神からの授かり物とし、必要以上の乱獲を避けました。狩猟で得た熊は食用や衣類や道具として全てを利用し、儀式を行ってその魂を敬い大切にするよう努めました。収穫があると、村をあげての宴が数日催されたといいます。マタギ達にとっての猟は、自然の恵みを得ると同時に、自然に対して持つべき尊敬の念を後の世代に継いでいくことでもありました。
近代化が進み、生活様式が変わりゆく中、自然環境の持続可能な利用を急務とされる私たち現代人の学びとして、自然と共に生きたマタギの哲学や心得を心に留めてみてはいかがでしょう。熊が人を脅かす被害は直ちに減らせるものではないですが、一人一人の心の持ちようが、これからの自然と人間との共生を形作っていくのではないでしょうか。
<参考>
田中康弘(2013)『マタギとは山の恵みをいただく者なり』株式会社枻出版社
千葉克介(2019)『消えた山人 昭和の伝統マタギ』一般社団法人 農山漁村文化協会