意気込んでみても良い結果がでるものではない。
それはこれまでの幾多の経験からわかる事
青少年期は夢多き年頃、恋に憧れる年頃でもあり、あらゆる詩集をむさぼり読んだ。
加えて、俳句、短歌の類までも・・・。
だが、いま詩を綴ろうと思ってぺンを取ると、出てくる言葉はありふれた言葉ばかり。
何一つ血となり肉となっていなかった。つまり「吟」じていなかったのだ。
「あの頃に戻りたい」というタイトルでブログに綴ったことがあるが、その「あの頃」
に戻り経験したかった「初恋」。
恥ずかしながらその体験がない。思春期、青春期、最も恋をしたい年頃なのに精神未熟児な自分。
そこで「初恋」の詩を綴ろうと、藤村風に、いやゲーテ風に・・・。
だけど浮かぶ言葉は「麗しき君よ」「君の面影白百合のごとく」「肩を寄せ合い星空見上げ」
「この胸のときめきは」等々、ちっとも面白くないそこいらに転がっているダサい言葉ばかり。
これではつまらない・・・せっかく書き始めたのだが止めてしまった。
昭和歌謡のような七・五調で並べれば「歌」ができると思ったが、はや挫折。
恋歌はもう少し先にすることにしよう。
ということしで、妻との会話でいつも出てくるのが新婚時代の秋田暮らし。
「歌」には書かないが波乱万丈の5年間の生活だった。苦労七坂「えんやこーら」で、ここの暮らし、仕事に耐え抜いた事が内らを強くしたのよね、と妻が時々口にするし、子や孫たちにも語っている。
そんな思いで深い秋田の暮らし。そして我が人生の出発点でもあった。
先ずは初心者、気取らず「いろはにほへと」からははじめよう。
「俺とお前七坂越えて」
凍てつく吹雪に身を縮め
私の帰りをじっと待つ
新婚時代の雪国暮らし
この地に来たのは秋の頃
砂丘に建つ我が家の前に
秋桜の花の群生と月見草
丘陵を上がると牛舎とサイロ
乳牛農家がポツリと一軒
その向こうは日本海
都会育ちのお前には異国
ようやく住み慣れた翌年に
まちに待ってた子が生まれ
小野小町かわが娘
秋田の里の我が家に春が
それから3年家族が増えて
これから続く長き旅
喜び悲しみ幾年月も経て
苦労七坂喜び八坂
俺が居たから七坂越えて
お前がいたから喜び八坂
共に離れず寄り添って
まだまだ歩もう気は若い
白髪のお前と薄毛の俺と
八難九喜これからも
越えて行こうよ黄泉までも

京都府 美山町
それはこれまでの幾多の経験からわかる事
青少年期は夢多き年頃、恋に憧れる年頃でもあり、あらゆる詩集をむさぼり読んだ。
加えて、俳句、短歌の類までも・・・。
だが、いま詩を綴ろうと思ってぺンを取ると、出てくる言葉はありふれた言葉ばかり。
何一つ血となり肉となっていなかった。つまり「吟」じていなかったのだ。
「あの頃に戻りたい」というタイトルでブログに綴ったことがあるが、その「あの頃」
に戻り経験したかった「初恋」。
恥ずかしながらその体験がない。思春期、青春期、最も恋をしたい年頃なのに精神未熟児な自分。
そこで「初恋」の詩を綴ろうと、藤村風に、いやゲーテ風に・・・。
だけど浮かぶ言葉は「麗しき君よ」「君の面影白百合のごとく」「肩を寄せ合い星空見上げ」
「この胸のときめきは」等々、ちっとも面白くないそこいらに転がっているダサい言葉ばかり。
これではつまらない・・・せっかく書き始めたのだが止めてしまった。
昭和歌謡のような七・五調で並べれば「歌」ができると思ったが、はや挫折。
恋歌はもう少し先にすることにしよう。
ということしで、妻との会話でいつも出てくるのが新婚時代の秋田暮らし。
「歌」には書かないが波乱万丈の5年間の生活だった。苦労七坂「えんやこーら」で、ここの暮らし、仕事に耐え抜いた事が内らを強くしたのよね、と妻が時々口にするし、子や孫たちにも語っている。
そんな思いで深い秋田の暮らし。そして我が人生の出発点でもあった。
先ずは初心者、気取らず「いろはにほへと」からははじめよう。
「俺とお前七坂越えて」
凍てつく吹雪に身を縮め
私の帰りをじっと待つ
新婚時代の雪国暮らし
この地に来たのは秋の頃
砂丘に建つ我が家の前に
秋桜の花の群生と月見草
丘陵を上がると牛舎とサイロ
乳牛農家がポツリと一軒
その向こうは日本海
都会育ちのお前には異国
ようやく住み慣れた翌年に
まちに待ってた子が生まれ
小野小町かわが娘
秋田の里の我が家に春が
それから3年家族が増えて
これから続く長き旅
喜び悲しみ幾年月も経て
苦労七坂喜び八坂
俺が居たから七坂越えて
お前がいたから喜び八坂
共に離れず寄り添って
まだまだ歩もう気は若い
白髪のお前と薄毛の俺と
八難九喜これからも
越えて行こうよ黄泉までも

京都府 美山町