『蜩ノ記』で直木賞を受けた葉室麟が九州・山口・沖縄を訪ね歩く。その旅は単なる観光ではない。幕末・明治維新から戦後の今に至る<自分たちが忘れている歴史を思い出したい>。そして<勝者ではなく敗者、あるいはわき役や端役の視線で歴史を見たい。歴史の主役が闊歩する表通りではなく、裏通りや脇道、路地を歩きたかった>とある。著者のこれまでの小説の題材にもつながる旅。それぞれの土地に残る史跡や出来事、そこに根ざしてともに生きた人物をあらためて掘り起こす。とりわけ近代における原爆や震災、水俣病などの公害、沖縄への深い考察は、まさに自分にとっても“忘れている歴史”を思い起こすものだ。明治政府が武力を背景に琉球王国の廃止と沖縄県の設置を宣言した琉球処分。<沖縄では、政府が県民の思いを無視して何事かを強行するたびに、琉球処分の記憶がよみがえる>と書く。高江と辺野古を訪ねたこの章のタイトルは「琉球の声本土へ届くか」。先日の県民投票結果にも関わらず新たな埋め立て区域への土砂投入を進める政府。2年前に亡くなった著者が探した“曙光”(夜明けのひかり)は、ここには未だ見えない。最後に編集者が言う<言葉を受け取った読者一人ひとりの旅として引き継ぐ>ことはずっしりと重い。が、それぞれにできることはあるはずだ。