伝統ある英国のTANNOY IIILZで聴く、音楽の父J.S.バッハ音楽を知る喜び・・・

音楽好きのIIILZ Monitor Goldユニットの箱を改良して楽しむダメオヤジ金ちゃんです。

ピアノの旧約聖書とも言われる、バッハ :平均律クラヴィーア曲集、第1巻 BWV 846‐869をワンダ・ランドフスカ(Wanda Landowska)の演奏を考察する。

2020年01月13日 | バロック音楽・オーディオ一般


バッハによる「平均律クラヴィーア曲集」第1巻の直筆の表紙。
音楽を学ぶ生徒の教材として、また高い演奏スキルをもつ者の気晴らしに良い、と書いてある。

Bach, Johann Sebastian:Das wohltemperierte Clavier, 1 teil, 24 Praludien und Fugen BWV 846‐869は1722年に完成する。

長短24調による前奏曲(Preludium)とフーガ(Fuga)からなる曲集。1722年成立。直訳すると「うまく調律されたクラヴィーア(Das Wohltemperirte Clavier)、あるいは、長三度つまりドレミ、短三度つまりレミファにかかわるすべての全音と半音を用いたプレリュードとフーガ。
音楽を学ぶ意欲のある若者たちの役に立つように、また、この勉強にすでに熟達した人たちには、格別の時のすさびになるように。

元アンハルト=ケーテン宮廷楽長兼室内楽団監督、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが起草、完成。1722年とある。単独に作曲された曲集ではなく、その多くは既存の前奏曲やフーガを編曲して集成されたものである。
特に前奏曲の約半数は、1720年に息子の教育用として書き始められた「ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集」に初期稿が「プレアンブルム」として含まれている息子の教育鍵盤曲である。


前奏曲とフーガという2曲1組で、すべての長調と短調、合計24の調で書かれ、第1巻と第2巻があるので、合計48組の前奏曲とフーガからなっている、大きな曲集です。

指揮者にしてピアニストだったハンス・フォン・ビューローという音楽家は「音楽の旧約聖書」と呼んだぐらい、重要な古典となっています。ちなみに彼が「新約聖書」と呼んだのは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタです。

18世紀前半にはまだ、現代的な意味での十二等分平均律(1オクターヴ12音の各周波数比を2の12乗根とする調律法) を実践できなかったが、少なくともバッハは「24の調がすべて綺麗に弾けるように自分の楽器を調律することを学んだ」(フォルケル)と言われている。
この曲集が《インヴェンション》と同じく教程として編まれたことは間違いない。しかし同時に、全調を用いて音楽の世界を踏破するという大きな理念が込められていた。

「世界」の普遍的な秩序を捉えること。これは16-17世紀を通じて希求された究極の神学的課題である。《平均律クラヴィーア曲集》は、神の秩序をうつしとった、小さな完成された「世界」(ミクロコスモス)なのである。
「平均律クラヴィーア曲集」からバッハの音楽に入ったという人は、どのくらいいるだろう。わりと少ないかもしれない。
というのも、「平均律」という日本語タイトルにあるこの言葉が、なんとなく謎めいているというか、近づきがたい印象を持たれるように思うからだ。

バッハはクラヴィーア、すなわちクラヴィコードやチェンバロのような(ピアノが作られるよりも前の)鍵盤楽器のために作った作品は数々あるが、「イタリア協奏曲」や「フランス組曲」や「イギリス組曲」など、お国名を冠した楽しい感じのする作品に比べたら、「平均律」と言われても、ちょっとどうしたら……という気持ちにはならないだろうか。

「平均律とは、調律方法の一つである。曲の中で、つぎつぎと調性を変化させても、違和感なく美しく響いてくれる便利な調律の仕方だ。
バッハは1オクターブの12音を主音とする長調・短調、つまり24の調性を網羅した曲集を書こうと思った。全調がほどよくきれいに響く調律方法があるなら、ひとつのまとまった曲集を作ることが可能なのだ。ただし、バッハがこの曲集につけたドイツ語のタイトルを注意深く見てみると、Das Wohltemperirte Clavier、つまり「うまく調律されたクラヴィーア」としか言っていない。
この時代の調律は大変難しい事のようで、バッハは「平均律」なんて書いていない。日本では「うまく調律された鍵盤楽器」が最適のようですね!



当時はまだ「平均律」が現在ほど一般的ではなかったようなのだが、少なくともバッハは「全調に対応できるように“うまく”調律された」鍵盤楽器を想定していたと思われる。
この曲集が日本にもたらされた時、だれかが「だったら当然“平均律”でしょ」ということで、このように翻訳してしまったのだろう。それが定着したことになる。ある音からその1オクターヴ高い音までを、均等に12の音で分割する方法。現代のピアノは通常平均律で調律されている。

ピアノの鍵盤を思い描いていただければわかりやすいと思うが、ドから1オクターブ高いドまでの間には、白鍵と黒鍵合わせて12個の音がある。
本当はオクターブ内の音を12で割り切ることは数学的にムリなのだが、少しずつ妥協して均等化をはかることで、どの調を弾いても違和感を与えない。
しかし、厳密に言うと平均律では本来の音と音のハーモニーの純正な美しさは損なわれている。極めて美しく響かせる純正律や中全音律などの音律があるが、それらは鍵盤楽器のようにあらかじめ弦の音の高さが固定された楽器では、調性が変わると美しく響かなくなってしまうのだ。

演奏は多くの優れた演奏家がいますが、やはりここはワンダ・ランドフスカ(Wanda Landowska)が光る


録音は古く音質は劣るが、未だに良く聴く事は演奏は大変優れている。
昔ワンダ・ランドフスカを知ったのは五味康祐氏の本により知った演奏者で随分長く聴いている。

彼女を知る逸話に「あなたはあなたの方法でバッハを演奏し、私はバッハの方法で演奏します。これはランドフスカがチェンバロ嫌いのカザルスに攻撃された際に静かに答えた言葉です。

往年のチェンバロ奏者ワンダ・ランドフスカは、ピアノの普及により埋もれてしまっていたチェンバロを現代に復興させた立役者である。


20世紀初頭、バッハの作品は少ないながらも演奏会で取り上げられてはいましたが、チェンバロ作品についてはほぼモダン・ピアノ演奏の一択という状況でした。
19世紀末の1889年に開かれたパリ万博では、プレイエル社とエラール社がチェンバロを出品して連続演奏会が開かれるなどしていたものの、あまり注目されることはなく、ランドフスカ自身も、1892年、13歳でバッハ作品をメインにしたプログラムでピアニストとしてデビューするなど、当初はピアノでバッハを弾いていました。

その後、民俗学者の夫からの影響などもあってランドフスカはチェンバロに強い関心を持つようになり、各地の博物館なども回って保存されていた楽器などを研究し楽器も購入、24歳の時にはチェンバロ奏者としてのデビュー演奏会を開催し、以後、チェンバロのスペシャリストとして知名度も向上。
そして1912年には、演奏会場での音量不足問題を解決した新たなチェンバロ「ランドフスカ・モデル」を完成してドイツのブレスラウ音楽祭で披露するに至ります。


この楽器は、かつてヘンデルなども使用していたという大型チェンバロや、ランドフスカによる研究成果などをもとにパリのピアノ製作メーカー、プレイエルが製作した2段鍵盤モデルで、頑丈なピアノの筐体技術や弦の強靭な張力を利用して、16フィート弦と7つのレジスター操作ペダルまで備えていました。

ランドフスカはこの楽器を主に用いて、チェンバロ復興のための活動に乗り出しす。勿論平均律クラヴィーア曲集も全曲今も残っている。
コンサートで、バッハやクープラン、ラモーのチェンバロ音楽を紹介し続ける一方で、1912年から1919年までは、ベルリン高等音楽院でチェンバロを教え、1933年には世界で初めてバッハの『ゴルトベルク変奏曲』をチェンバロでレコーディングしてもいました。ちなみにこの『ゴルトベルク変奏曲』は、日本と関わりのあるエピソードでも知られています。

ある日本女性が敗血症にかかって重篤な状態に陥っていた時、この『ゴルトベルク変奏曲』のレコードを鑑賞して感動、生きる力を得て、その後、快方に向かったという出来事を、レコード会社がランドフスカ本人に伝えたところ、感激したランドフスカから自身のメッセージ入りポートレートが贈られたということです。


コンサートで、バッハやクープラン、ラモーのチェンバロ音楽を紹介し続ける一方で、1912年から1919年までは、ベルリン高等音楽院でチェンバロを教え、1933年には世界で初めてバッハの『ゴルトベルク変奏曲』をチェンバロでレコーディングしてもいました。

また、ランドフスカは、ピアノによる個性的なモーツァルト演奏の数々でも有名で、凝った装飾音や、協奏曲での驚きのカデンツァなど聴きどころが多数あります。

バレンボイムも昔から使用してきた『戴冠式』のカデンツァなど実に魅力的です。今も大切に保管する、ヒストリカル・レーベル「アルス・ノヴァ」から登場する24枚組ボックスは、1926年から1958年までの音源をセレクトしたもので、RCAビクターのSP録音とテープ録音、HMVのSP録音を中心にライヴ音源も数多く収録。独特のスタイルによる演奏の魅力を満喫できる内容となっています。

その後ドイツ軍による強奪により1941年12月7日にアメリカに到着しニューヨークに定住した。今聴いても充実した演奏が聴けるランドフスカ71歳の演奏だそうです。
1951年、RCAビクターの平均律クラヴィア曲集第1巻の録音を完成、第2巻の録音を開始。1954年RCAビクターの平均律クラヴィア曲集第2巻の録音を完成。歴史的演奏を残した曲、今聴いているのです。第2巻は当時74歳とは思えない演奏である。

● バッハ:平均律クラヴィア曲集第1巻 BWV 846-869
ワンダ・ランドフスカ(チェンバロ)1949/03 & 1951/02 Mono 


● バッハ:平均律クラヴィア曲集第2巻 BWV 870-893
ワンダ・ランドフスカ(チェンバロ)1951/06-1954/03 Mono


筆者の最近のお気に入りは・・・・・・・・

ティル・フェルナー(Till FELLNER)、1993年のクララ・ハスキル国際コンクールに優勝し、国際的な注目を集めたオーストリアのピアニスト。

2018/19年シーズンは、チューリヒ・トーンハレ管、ロンドン響、バイエルン放送響といったヨーロッパの主要オーケストラにデビューしたほか、ミネソタ管、モントリオール響に登場。

その前のシーズンには、ニューヨーク・フィル、シカゴ響、ザルツブルク・モーツァルテウム管、ロッテルダム・フィルなどと共演している。室内楽ではイギリスのテノール歌手マーク・パドモアと定期的に活動し、2016年にハンス・ツェンダーの新作を世界初演したほか、2017年に日本ツアー、2017/18年シーズンにはウィーンやザルツブルクなどでリサイタルを行った。 


フェルナーは、ピアノ作品の中でも特に重要とされるJ.S.バッハの「平均律クラヴィーア曲集」と、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全32曲の演奏に力を注ぎ、2008年から2010年にかけてニューヨーク、ワシントンD.C.、東京、ロンドン、パリ、ウィーンで同ソナタの全曲演奏を行った。


現代音楽の演奏にも積極的で、キット・アームストロング、ハリソン・バートウィスル、トーマス・ラルヒャー、アレクサンダー・スタンコフスキ、ハンス・ツェンダーの作品を世界初演している。

録音ではECMレーベルの専属アーティストとして、J.S.バッハ「平均律クラヴィーア曲集第1巻」

「インヴェンションとシンフォニア、フランス組曲第5番」、ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番&第5番(共演:ケント・ナガノ指揮モントリオール響)」、最近ではバートウィスルの室内楽曲をリリースしている。

2016年にはベルチャ弦楽四重奏団との共演によるブラームス「ピアノ五重奏曲」をアルファ・クラシックスからリリースした。

J.S.バッハ: 平均律クラヴィーア曲集 第1巻
CD1
第1番 ハ長調 BWV846/第2番 ハ短調 BWV847/第3番 嬰ハ長調 BWV848/
第4番 嬰ハ短調 BWV849/第5番 ニ長調 BWV850/第6番 ニ短調 BWV851/
第7番 変ホ長調 BWV852/第8番 変ホ短調(嬰ニ短調) BWV853/第9番 ホ長調 BWV854/
第10番 ホ短調 BWV855/第11番 ヘ長調 BWV856/第12番 ヘ短調 BWV857
CD2
第13番 嬰ヘ長調 BWV858/第14番 嬰ヘ短調 BWV859/第15番 ト長調 BWV860/
第16番ト短調 BWV861/第17番 変イ長調/第18番 嬰ト短調 BWV863/第19番 イ長調 BWV864/
第20番 イ短調 BWV865/第21番 変ロ長調 BWV866/第22番 変ロ短調 BWV867/
第23番 ロ長調 BWV868/第24番ロ短調 BWV869
【演奏】
(ピアノ)
【録音】
2002年9月 ウィーン


1972年ウィーン生まれのティル・フェルナー(Till FELLNER)は、93年のクララ・ハスキル国際コンクールの優勝者として注目された。

アタック(音の立ち上がり)が全体的に柔らかで、残響も豊かな録音。

だが、音色の幅は豊かで、第5番の前奏曲など、とりわけ素早いパッセージや装飾音の羽の生えたような軽やかさは絶品! 

YouTube配信は有料でしたが、とても柔らかな感じのモダンピアノで聴く理想的な「平均律」のCDの一つだ。

第10番変ホ短調で涙してほしい。ブラボー!

最近恒例になっている我が家の初詣、今年は「鹿島神宮」に参拝するの巻き。

2020年01月12日 | 写真撮影

最近恒例になっている、10日に長女が遊びに来た、初詣を兼ねておいしい物でもと散策、

今年は極近場で、戦いの神の「鹿島神社」に参拝を、

昼時は混み合うため、昼12時頃出発しランチは遅めにする、利根川沿いを下り約1時間30分程で到着。

参拝の前に。腹ごなし海鮮焼き物「浜茶屋 やましょう」に立ち寄る


鹿島灘名物ハマグリ、車海老、牡蠣等を焼いて。焼き物を堪能する。

焼き蛤といえば江戸時代から筋金入りの名産、桑名の焼き蛤は有名ですが、関東は鹿島灘産が有名です。


鹿島名物でもある蛤、やっぱり焼きハマグリは美味しい。

蛤の天ぷらも美味いが、八重洲の「だぼ鯊」の天ぷらを思い出す。あれも鹿島産であった。


次に牡蠣を頂く、勿論生も美味しいが、火を入れると更に美味しくなる。

お酒(日本酒)を頂きたいところですが、車のため家族全員禁酒した。


新鮮で実に美味しいが、車社会の世の中も不自由でもある。

最近はお酒は家飲みが圧倒的に多く、美味しいオカズと美味しいお酒は家に限る。酔っ払って帰るのは実に面倒である。


焼き物最後は車海老、味噌の部分が実にいい味を出す。天然の車は実に美味い。

最後に注文した、海鮮丼の中に入っていた見た目はホタテに見えたが、口にするとタイラギ貝で歯ごたえがあり久しぶりの味であった。

焼き物を食べた後は新鮮な海鮮丼を食べるこれが定番か?「浜茶屋 やましょう」を後にする

「鹿島神宮」参拝、駐車場に入り駐車して徒歩にて参道を歩く。


参道は正月らしい飾り付け、雰囲気出ますね!


鹿島神宮到着は15時参拝客は疎らでした。これが正月なら大変な混み合いです。


大きな木製の鳥居が立派である。


そして山門、鹿島神宮は、日本建国・武道の神様である「武甕槌大神」を御祭神とする、

神武天皇元年創建の由緒ある神社です。


日本神話で大国主の国譲りの際に活躍する建御雷神(建御雷神、タケミカヅチ)を祭神とすることで知られる。

古代には朝廷から蝦夷の平定神として、また藤原氏から氏神として崇敬された。

その神威は中世に武家の世に移って以後も続き、歴代の武家政権からは武神として崇敬された。

現在も武道では篤く信仰される神社である。

昨年の御札を納める、浄火でお焚き上げをして頂く。


途中鹿島神宮で飼っている鹿の広場があり、昔は向かいのお土産屋さんで

鹿のせんべいを販売したいたが、今は閉鎖してしまった。


広い境内を歩くと、本殿が見える、正月は参拝客ですごい列ができ大変込み合うが、

この時期は疎らで簡単に参拝できることが良い。


それでも参拝客は並んでいる。


そして札所で御札を頂き、鹿島神宮を後にする。



山門の風神雷神の代わりに武門の神さが鎮座しているのも鹿島神社らしい。



16時すぎると一気に日が暮れる、でも少しは日照時間は多少長くなったようである。


夕暮時の鹿島神宮の鳥居、本日のベストショットか?

土産は丸三老舗の最中、工場と店舗は締まっていたので山門近くのお店で


鹿島立最中(粒餡/白餡/抹茶餡)天皇陛下献上品だそうです。


鹿島神宮の祭事で、旅立ちや物事のはじまりとその無事を祈る故事「鹿島立(かしまだち)」に由来した縁起物の最中。

この最中が有名です、元祖「はま栗」包装もそれらしい・・・・・


関東では、鹿島灘名産のはまぐりを模した最中です。栗餡の中に牛皮が入っていて甘みも抑えた上品な味です。

茨城県産の栗渋皮煮をたっぷり使った和栗餡ともっちりとした求肥を蛤の形の皮でつつみました。

今年のオリンピック開催するサッカー場の交通渋滞を鑑み、4車線道路に路線幅を拡張工事中でした。

お土産も購入し、帰りは潮来の道の駅にて休憩。


帰りは軽めの食事をし、家に帰宅してから潮来道の駅での購入した

ぎんなん、白魚、後は乾き物等で宴会です、今年もがんばりましょう、ブラボー!

LXV-OT6(ハーモナイザー)を繋ぎ、最高にブルージーはピアニスト、レッド・ガーランド節を楽しむ。

2020年01月05日 | JAZZ・ボサノヴァ


久しぶりに以前購入の音楽の友社付録のLXV-OT6(ハーモナイザー)を繋ぎ試聴する、筆者が思うにオーディオでは機材の質を落としと音の品位が下がると教えられたが実験でいいので、長い正月休みを利用して、試聴をした。

真空管も以前購入した「虎の子」の足部分ソフトにを磨き汚れを落とす。



刻印付きTELEFUNKEN、刻印付きSIEMEN、VALVO、BRIMAR19D9、日立製、松下製、東芝製と揃え玉転がしを楽しんだ、その中で意外と検討は日立製であった。

最近やっとTANNOY10吋がJazzを受け入れたように気持ちよく響くようになる、ドラムの鳴りはイマイチだがピアノは冴えわたる!

特に1950~60年代のJazzを聴くには真空管アンプとの相性は実に良い。大人のJazzはヨーロッパのエンクロージャーで聴くのも面白い、ただしアンプは選ぶようがが?



SV-501SEに繋ぎ試聴する、SV-501SEは日立製を繋、LXV-OT6も日立製が一番まろやかである。

しばらくLXV-OT6を繋いで聴いて見よう。勿論試聴はクラシックで行ったが、Jazzも聴きたい。


以前オスカー・ピーターソンと一緒に紹介はしたが、今回ガーランド節を聴く・・・・筆者の好きなピアニストのレッド・ガーランド (William "Red" Garland、1923年5月13日-1984年4月23日)を聴く、少し変わったピアニストでもある。

アメリカ・テキサス州ダラス出身のJazz・ピアニスト。


ボクサーという異色の経歴を持つ彼の音楽は、クラリネットなど管楽器から始まった。1946年頃からニューヨークを中心にチャーリー・パーカーやレスター・ヤングなどのバックを務めた。

1955年にマイルス・デイヴィスのバンドに入り活躍した。ブロック・コードを活かしたガーランド節とよばれるスタイルで人気を得る。

プレステイッジ・レーベルにリーダーアルバムを残す一方でジョン・コルトレーンや、他多くのセッションにも参加し1962年には引退するが、1970年代半ばにカムバックしたが1984年心臓病のため死去。



かつてはプロボクサーという変わった経歴をもつピアニスト、レッド・ガーランド。彼の軽快にコロコロと転がるタッチは、ジムで鍛えられたのでしょうか。

ここに収められた演奏は、まさに「Groovy」(グルーヴ感のある、高揚感がある、)肩肘張らずに気軽に楽しめるそんなピアノトリオ・アルバムです。


ジャズ・ピアノの入門書には、必ずと言っていいほど出てくる、レッド・ガーランドの最有名盤。「Groovy」


  1. C Jam Blues

  2. Gone Again

  3. Will You Still Be Mine?

  4. Willow Weep For Me

  5. What Can I Say (After I Say I’m Sorry)?

  6. Hey Now

  レッド・ガーランド (p)
  ポール・チェンバース (b)
  アート・テイラー (ds)
  録音:1956年

当時マイルス・デイヴィス・クインテットへの参加で注目を浴びていたガーランドの最高傑作。名演「Cジャム・ブルース」をはじめ、シングル・ノートを中心にしたスウィンギーでブルージーなタッチと、トリオの抜群のコンビネーションが魅力。

スイングジャーナル選定【ゴールドディスク】

シングル・ノートを中心にしたスウィンギーでブルージーなタッチが大きな魅力を発揮する。プレスティッジにおけるハウス・リズム・セクション的なピアノ・トリオによる演奏だけに、抜群のコンビネーションも楽しめる逸品。



次は筆者大好きな「RED GARLAND'S PIANO」


レッド・ガーランドの1956,57年録音リーダー3作目。

スタンダード8曲の構成で、比類ないコード弾き、メロディックかつクリエイティヴなアイディアにあふれ、スウィンギーでもある歌心あふれる楽しい作品。 

  1.プリーズ・センド・ミー・サムワン・トゥ・ラヴ (MONO)(9:55)
  2.サヴォイでストンプ (MONO)(3:14)
  3.ザ・ヴェリー・ソート・オブ・ユー (MONO)(4:16)
  4.オールモスト・ライク・ビーイング・イン・ラヴ (MONO)(4:55)
  5.イフ・アイ・ワー・ア・ベル (MONO)(6:44)
  6.アイ・ノウ・ホワイ (MONO)(4:53)
  7.捧ぐるは愛のみ (MONO)(5:08)
  8.バット・ノット・フォー・ミー (MONO)(5:51)

 RED GARLANDを聴くならまず1枚目に手にしたい秀作!


高速ブロックコードではなくゆったりメロウな曲が多く聴きやすい。
夜リラックスしたい時にはうってつけの1枚。

最高にブルージーでただのイージーリスニングになっていないところが、ブラボー!

CaféZimmermannの演奏について聴く、これが当時のような演奏スタイルかもしれない。今年も「序曲」の検証。

2020年01月02日 | バロック音楽・オーディオ一般


2020年新しい歳を迎える、何事もなく無事に年越ししました。

毎年恒例の年末は仕事で早朝に帰宅のため朝は昼過ぎとなり、ゆっくり風呂に浸かる。昨年ネットで購入した、鯨海酔侯と称した山内容堂の名前から採ったような酔鯨 (すいげい)を頂く。


何時もは東北地方の酒が多いが、今年は珍しく土佐のお酒の口開けと相成る我が家の元旦。辛口とは言え丁度良い塩梅の味、勿論冷酒で、テレビ番組も興味はなく早速自室で音楽三昧を・・・・

新しい年を迎えウィーン・フィル ニューイヤーコンサートを聴く、早速昨年購入の音楽之友社FMチューナー(LXV-OT8)でエアーチェック、勿論最近はMacProからNHKよりダウンロードしてもエアーチェックできるがPC音楽も良いが音質が硬い。



筆者には室内アンテナで繋いだLXV-OT8のTelefunken刻印付きの(12AU7)で聴く、音楽が自然に感じる、LXV-OT8本体より高く、1本価格は高額でペアーでの価格は福沢さん3枚以上した。

それにしても刻印付きのTelefunkenは大変高額であった、国産品程度で十分かと思うが・・・・・・?支那の安価品と比べ古い国産品の程度は相当高いと思う。


fmでの新春コンサートより、ウィーン生まれのヴァイオリニスト、指揮者のウィリー・ボスコフスキーのDECCA盤のCDが新春らしく響くのは何故か?

でもヴァイオリンを弾きながら指揮は筆者にはどうも2〜3曲で飽きてしまう。正月早々のウィーン・フィル の響きは雰囲気も大変素晴らしいが、そうなりますとやはりバッハを落ち着いて聴きたくなる。


管弦楽組曲(かんげんがくくみきょく)。または「序曲」(じょきょく)だ。ドイツ語: Orchestersuite, Ouvertüre, フランス語: Suite d'orchestre, Ouverture,英語: Orchestral Suite, Overture現代風に言えば管弦楽団の指揮いるオーケストラ演奏に近く、バッハは弦楽器を演奏しながら指揮したとも言われる。

BWV1068などは金管楽器、テンパニーなどの構成で派手目の演奏は正月らしくも聴ける!


昔は当然バッハの演奏は鍵盤楽器と思っていたが違っていたようだ。またこの曲はケーテン時代に作曲したと言われるが後に相当手直しをした今の曲に完成されたと言われる、後にこの曲は、BWV110としてカンタータとして親しんだようです。


CaféZimmermannまたはZimmermannsches Kaffeehausは、ライプツィヒのゴットフリートツィンマーマンのコーヒーハウスであり、 バッハカンタタスのリストの多くの最初のパフォーマンス、たとえばコーヒーカンタータ ( シュヴァイク・スティル、プラウダート・ニヒトBWV211 )、および楽器の作品の背景を形成しました。


1723年、バッハはライプツィヒに移りました。ライプツィヒの最大で最も任命されたカフェハウスであり、中流階級と紳士の中心でした。 

女性は頻繁に喫茶店を開くことを禁じられていましたが、ジマーマンズでの公開コンサートに参加することもできました。喫茶店は14カタリネン通りにあり、ライプチヒで最もエレガントな通りで、 ブリュール(ライプツィヒ)と市場をつないでいた。 
通りの名前は、1544年に取り壊された古い聖キャサリン礼拝堂から取られました。テレマンとバッハの時代には、通りの名前だけが残っていました。4半階のバロック様式の建物は、1715年頃にDoeringによって建設されました。

隣接する2つの部屋で構成され、1つは約8 x 10メートル(26フィート×33フィート)、
もう1つは約5.5 x 10メートル(18フィート×33フィート)。第二次世界大戦におけるライプツィヒの爆撃破壊されました。
ツィンマーマンは、夏の会場としてコーヒーガーデンも運営していました。


【カフェ・ツィマーマン】CaféZimmermann

18世紀、ライプツィヒの街にあったゴットフリート・ツィンマーマンのコーヒーハウスでは、毎週、テレマンが創設したアンサンブル「コレギウム・ムジクム」のコンサートが開催され、聴衆たちで大賑わいを見せていました。このコーヒーハウスの雰囲気を継承するべく、1998年に創設されたのがアンサンブル「カフェ・ツィマーマン」。

アルゼンチン出身のバロック・ヴァイオリン奏者アルゼンチン出身のバロック・ヴァイオリン奏者パブロ・バレッティとチェンバロ奏者セリーヌ・フリッシュが中心となり、固定メンバーだけでなく、さまざまな奏者たちが参加し、バッハやテレマンなどを演奏。バロック界における最も重要なアンサンブルとして世界中で活躍しています。



この16枚組は、彼らのALPHAレーベルにおける録音の集大成。得意のバッハをはじめ、リュリなどのフランスレパートリーでも目覚ましい演奏を聴かせます。リュリの管弦楽曲集やC.P.E.バッハのハンブルク交響曲集など、長く入手不可だった音源も収録しています。

カフェ・ツィマーマン(古楽器使用)
『さまざまな楽器による協奏曲』シリーズ全巻BOX(6枚組)バッハ:ブランデンブルク協奏曲(全)、管弦楽組曲(全)、その他協奏曲さまざまカフェ・ツィマーマンの『バッハ:さまざまな楽器による協奏曲集』シリーズ全巻を聴く。

シリーズ名の「さまざまな楽器による協奏曲集」というのは、『ブランデンブルク協奏曲集 Concerts avec plusieurs instruments』の楽譜の浄書譜に記されていたフランス語タイトル―当時のドイツ貴族たちのあいだではフランス語がお洒落な言葉だったので、バッハもそれに倣ってフランス語でこう表題を書いています。

『ブランデンブルク協奏曲』全曲のほかに、『管弦楽組曲』4曲のほか、複数のチェンバロを使う協奏曲も収録、さらにBWV1055 にいたっては「チェンバロ協奏曲版」と「復元オーボエ・ダモーレ版」の双方を聴き比べられるという凝りようです。

筆者が聴く演奏者の中でも実にテンポも良く演奏も優れ良く聴きます。


【収録情報】
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685~1750)
  ・オーボエ協奏曲ニ長調BWV1053a
  ・序曲(管弦楽組曲)第3番BWV1068
  ・序曲(管弦楽組曲)第4番BWV1069
  ・ブランデンブルク協奏曲第1番ヘ長調BWV1046、など・・・

パブロ・バレッティ、アマンディーヌ・ベイエール、ダヴィド・プランティエ(vn)
ディアナ・バローニ(ft)
ミヒャエル・フォルム(bfl)
パトリック・ボジロー、アントワーヌ・トリュンチュク(ob)
ハンネス・ルクス(tp)
トーマス・ミュラー、ラウル・ディアス(hr)
セリーヌ・フリッシュ、ディルク・べルナー、アンナ・フォンターナ(cmb)他
カフェ・ツィマーマン
アンサンブルは設立され、セリーヌ・フリッシュとパブロ・ヴァレッティが共同監督しています。 


セリーヌ・フリッシュ(チェンバロと芸術的演出)セリーヌ・フリッシュはマルセイユに生まれ、エクス=アン=プロヴァンス音楽院でチェンバロを学び、その後、バーゼル(スイス)の名門スコラカントールムに入学しました。 2002年、彼女はフランスのクラシック音楽大賞の1つであるヴィクトワール・ド・ラ・ムジークのクラシックに選ばれた最初のチェンバロ奏者になりました。 

2009年に、彼女は「フランスの文化遺産の充実への重要な貢献」で芸術と文学の騎士になりました。 JSバッハの音楽の彼女の演出は、批評家、国際的な報道機関、一般大衆から称賛されています。 

バッハは別として、バロック時代のフランス音楽、17世紀のイギリスのバージナリストの作品、またはドイツの音楽、そして現代の創作が大好きです。
彼女は、ディアパソンドール、チョコドゥクラシカ、グランプリドゥラカデミエドゥシャルルクロスなど、レコーディングでいくつかの賞を受賞しました。


パブロ・ヴァレッティ(バイオリンと芸術監督)

アルゼンチンで生まれたパブロ・ヴァレッティは、ブエノスアイレスのコロン劇場のオーケストラで最初にバイオリンを演奏しました。 その後、彼はバーゼル(スイス)のSchola Cantorumで初期の音楽を学びました。彼は定期的にソリストまたは最初のヴァイオリンとして演奏し、バロック様式の名門アンサンブルや、国際芸術団、Les Arts Florissants、Le Concert des Nations、ConcertoKöln、Hesperion XXIなどで活躍しています。


バルセロナのカタルーニャ音楽堂スペリオルとニース音楽院で。
彼は1758年のジョヴァンニ・バッティスタ・グアダニーニのバイオリンを弾いています。


マウロ・ロペス・フェレイラ(バイオリン)


デビッド・プランティエ(バイオリン)


パトリシア・ガニョン(ビオラ)


ペトル・スカルカ(チェロ)


ルデック・ブラニー(ダブルベース)


エマニュエル・ラポート(オーボエ)


カレル・バルター(トラヴェルソ)

1999年に設立されたカフェツィンマーマンは、フランスおよびその他のヨーロッパの主要なバロックアンサンブルの1つです。 


ヴァイオリニストのパブロ・ヴァレッティとハープシコルディストのセリーヌ・フリッシュが率いるアンサンブルは、18世紀のライプツィヒでのゴットフリート・ツィンマーマンの設立によって伝えられた芸術的雰囲気を蘇らせることに熱心なソリストを集めています。 

アンサンブルは国際フェスティバルでも演奏し、米国、日本、中国、南アメリカなどで国際ツアーを行っています。



CaféZimmermannは、コンサートやツアーに加えて、創造的な意識向上キャンペーンを通じて、バロック音楽をより多くの人に広めることを約束しています。
このメンバーのミュージシャンは、老いも若きも同じように、学校や病院で定期的に演奏しています!

今年も一枚も多く良い演奏に巡り合いたと願います、ブラボー!