山野颯想

山野走、山野歩、山野逍遥など、山野にかかわる事柄を中心に記載しています。

くろんど園地(甘過ぎる思考)

2014年05月24日 | 山野歩

P5180089

◆撮影:2014年5月18日、くろんど園地にて

(この花の名称は、何なのでしょうか?)

2014518日(日) 

『山野歩』

<くろんど園地>

[コースタイム]

[私市駅]12011222[月ノ輪滝]→1258[すいれん池・管理棟]13301351[くろんど池]1354(くろんど池コースの道)(さわわたりの路)(そよかぜの路)1415[展望台]1420→(管理道)→1450[キャンプ場]1457→(管理道)→(やまごえの路)1525[水舞台]15281539[草原広場]15441550[すいれん池]→1627[私市駅]

◆所要時間:4時間26

<甘過ぎる思考>

先週学習したばかりの知識により、今日再三出合った淡紅色のツツジはすべてが正しく「モチツツジ」であることを理解した。また、黄花の「ニガナ」も最盛期という様子で其処彼処で出合うこととなった。また“すいれん池”や至近距離にある管理棟前の尺地の岸辺で「キショウブ」が最盛期を迎えようとしていたし、黄花の「ブタナ」にも時折出合うこととなった。その他、見かけた花は、白花の「姫女苑」、淡紅紫色の唇形の花弁を持つ「トキワハゼ」、白紫の「ニワゼキショウ」、そして名称が判らない紫色の花ぐらいだろうか。

何度も出合った昆虫は、蝶類のコミスジだ。否、コミスジだろうと思うのだが、独特の翔び方で滑空する姿は特徴的だ。キチョウにも出合ったが、さて、茶褐色の蝶は何という蝶であったのだろうか。一度地面上の落葉にとまってくれたのだが、翅を閉じているのと、僕の老眼ではしっかりと確認することができなかった。飛んでいるときには“シオカラトンボ”と思いきや、岩上に停まったので忍び足で近づいてみると、それがカワトンボであることが判明し、またもや我が老眼を嘆くことになった。

草原広場を走る若いお父さんが居られた。広場を駆け下りて来て、また子供を連れて奥さまと広場に這入って行かれる。「何か落とされたのですか」と問うと、「子供が帽子を落としたんですわ」と仰った。軽快に走る姿を見つつ「僕には駆ける身体力が無いな」と羨ましく思った。

森中を歩いている時には、腰にまったく違和感を抱くことは無かった。また、私市からの帰路の電車中でも、一週間前のように腰に痛みが生じることはなかったのだが、帰宅して着替える為に椅子に腰掛け、ズボンを穿き替えているときに腰部に鈍痛の如き痛みがあった。続いて立ち上がって前屈みになったときには、再び酷い腰痛に陥るのではないかと思われる程の激痛が左腰に走った。今日歩いているときには「そろそろ走ることが可能かも知れない」と期待したのだが、それは甘過ぎる思考だと改めて気付いた。

我が山の会の例会が今日あった。昨晩までは「行こうかな」と考えていたのだが、結果的に出席しなかった。行き先は「京都トレイル」の「二ノ瀬から清滝まで」という計画で、それは「ハイキングに毛の生えたようなものだろう」とは思ったのだが、「今の我が身体力では皆について行けないに違いない」と考えたからだ。そしてその思考は正解であったと再認識することとなった。

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ほしだ園地(「モチツツジ」と「ヒラドツツジ」の違い)

2014年05月17日 | 山野歩

P5110040

◆撮影:2014年5月11日、ほしだ園地にて

(ヒラドツツジ)

2014511日(日) 

『山野歩』

<ほしだ園地>

[コースタイム]

[私市駅]1135→[星の里いわふね]→(かわぞいの路)→1218:[ピトンの小屋]13001319[星のブランコ]→1333[やまびこ広場] 1411[飯盛霊園・境界鞍部]→(せせらぎの路) →(管理道)→1432[やまびこ広場]→(さえずりの路)1452[ピトンの小屋]→(かわぞいの路)→1536[私市駅]

◆所要時間:4時間1

「モチツツジ」と「ヒラドツツジ」の違い

「ピトンの小屋」で、以前には無かった花や樹木の写真ファイルを見つつお昼にした以外は殆ど歩き続けた。ゆっくりではあったがほぼ同じ速度で、骨盤に無理がかからぬようけっして大股で歩くことはなかった。しかし帰路に入ってから、左足足首の筋肉に痙攣が生じる。また、左膝裏の筋(ハムストリングス?)に痛みが生じた。何れも左足ゆえ、何で左脚なのだろうかと疑問に思った。背中から腰にかけてじんわりと気持のよい汗をかき、筋肉痛を除くと歩いている間は至極快適であったが、帰路電車中で腰掛けるときに左腰にやはり痛み生じ愕然とする。

「かわぞいの路」の、桐の大木が立ち並ぶ路上に淡青色の花弁が数多あった。見上げるが僕の眼では桐の花が咲く様子を確認することは出来なかった。道端にはよく見かける小さな二種類の黄花があったが、名称は分からない。「ピトンの小屋」のちょっと上手で満開を迎えているツツジに「モチツツジ」との札が掲げられていた。さて、「モチツツジ」と「ヒラドツツジ」の違いは何処にあるのだろうかと考えているときに、帰路に出合ったファイルに「つぼみや花の付け根を触るとネバネバした餅のような感触がある。それでモチツツジ。ミツバツツジは落葉。庭木によくあるヒラドツツジは常緑。これは落葉でもなく常緑でもない半落葉。」との記載があり納得する。それ以降、道端に咲くツツジを何度か触り、ネバネバがあると「これはモチツツジやな」と思ったものである。それゆえ、駐車場横斜面で満開を迎えていたのは「ヒラドツツジ」だったのだろう。

ところで、「ピトンの小屋」中に、草や樹木の花咲く写真ファイルをかなり多く用意して戴いていたが、それらにその写真を撮った年月日を記載して戴けると至極嬉しいのだが、と思った。

帰宅した16時半ごろ、暫くの間、布団上に横にならざるを得なかった。それは腰の痛みが激しかったことと、身体がかなり疲労していたからであった。

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三日の毎月の墓参(寝屋川霊園)

2014年05月10日 | 日記・エッセイ・コラム

P5030005

◆撮影:2014年5月3日、寝屋川霊園にて

(ヒラドツツジ)

201453日(土)

『寝屋川霊園』

<三日の毎月の墓参>

一人で寝屋川霊園に行った。親爺と御袋が行なっていた3日の日の毎月の墓参を、父母が逝ってしまった今、僕が勝手にそれを踏襲し行なっているだけなのだが、何故だか分からないのだがその日にお墓に行って親爺やお袋に会わなければ僕の気持が許さないのだ。

天空には絹積雲が拡がるが柔らかい陽射しが届き至極暖かく、お墓の清掃を行なっていると少し汗ばむくらいの暑さであった。墓石には供華の枯れ花が残っていないゆえ、先月の3日以降に兄貴がやって来て清掃してくれているという様子を垣間見ることとなった。

霊園中を歩く僕の足下には春の花が開花していた。濃紫色のスミレや白紫のニワゼキショウ、黄花のニガナやカタバミ、そして名称は分からないのだがその他に可憐な2種類ほどの花が其処彼処に咲き、無味乾燥な墓地に彩りを添えていた。また墓地中の垣根などとして利用されている、赤紫や白色、そして仄かに淡紅色を帯びた三種類の大きな花弁を有するヒラトツツジが満開を迎えていた。

「ここのところ、何でこんなにしんどいんやろか」「お袋も親爺も、日々僕と同じようにしんどかったのか?」と問うが、当然のことだが、親爺や御袋から答えが返ってくる筈もない。「ダンススクール の営業成績が順調に推移するよう祈ってやってほしい」「J太郎やKI子、JU子、AH君、そしてYMさんが健康に過ごせるよう見守ってやってほしい」と、御袋と親爺、そしてお祖母ちゃんに頼んだ。

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