皆様
能登半島地震によりお亡くなりになられた方に哀悼の意を表しますとともに、
被災された多くの皆様に心よりお見舞い申し上げます。
皆様
能登半島地震によりお亡くなりになられた方に哀悼の意を表しますとともに、
被災された多くの皆様に心よりお見舞い申し上げます。
みなさん、どう思われますか?
○ッ○モーターの当時の社長の経営方針に賛同できず、21年前に自分から辞めて独立した人がいます。
だから、彼が辞めた後に本格的に始まった○ッ○モーターの不正や悪事にはまったく関係がありません。
しかし、その人が○ッ○モーターの元社員というだけで世間から批判され、独立後、この21年間真面目にコツコツと積み上げてきた現在の仕事まで否定する人まで出てきました。○ッ○モーターの元社員が経営しているというだけで「怪しい、大丈夫か?」と思い、他社に流れていくお客さんもいるかもしれません。
もともと彼が21年前まで○ッ○モーターにいたので・・・・・という噂は、彼のライバル企業が流したようです。彼の会社の圧倒的な人気と実績に嫉妬して、邪魔をして、その客をとってやろうという作戦のようです。
「あそこの社長は元○ッ○モーターの社員ですよ。大丈夫ですかね~。悪いことは言いません、欺されないでくださいね。うちは○ッ○モーターとは関係ないんで大丈夫ですよ。」
彼の会社の圧倒的な人気と実績は他社のように不正をしたり、卑怯なことをして得られたものではありません。ほとんど休みも取らず、お客様と従業員と家族のために真面目に21年間働いてきて得られたものです。ですから、それを知っているお客様は○ッ○モーターの元社員というレッテルなど度外視して、彼を信用しています。
そこで、皆さんにお願いです。人や会社を根も葉もない噂やブラック企業の元社員ということだけで判断しないでください。もし不安があれば、現在の彼の仕事ぶりや彼の行う仕事の質やその実績で判断して下さい。
そして、現在の彼のお客さんから彼とその会社が信用するに値するかどうか聞いてみて下さい。そうすれば、きっと納得がいくと思います。
ハーイ、アファーメーション(自己誓約)とは
自分の目標を既に達成しているかのような現在形(肯定表現)で箇条書きにしたもので、
毎日これを朗読し、その目標に見合った努力を日々重ねると、潜在意識の働きもあって実現に向かうというものです。数十年前に米国から我が国に入ってきた自己実現の法です。
数十年前にこれを学び、今もずっと実行しています。実際今世これでずいぶん助けられました。
こういうのって
「信じるか、信じないかはあなた次第です。」の世界の話ですよ。
「人としてのありよう」ですが、私人としては、現在の「アファーメーション」(自己誓約)はこうです。
1、私は健康であり、目標・ビジョンを実現している。
2、私は誰に対しても、誠実に接している。
-相手の職業・年齢・国籍・性別・役職等で接する態度を変えない。
(犯罪者は除く)
3、私は「人として正しい道」を歩んでいる。
-短期的な利益のために道理を欠いた行動をとらない。=人としての信用を重視
人は総合評価、人生長いし、世間は広いようで実は狭い。
4、私は謙虚な心で接し、すべての存在に感謝し「人生我以外皆師」を実践し、体現している。
5、私は社会に必要とされ、社会に良い影響を与え、日々貢献している。
上記1、~5が私人としてのありようの目標=なりたい自分です。既に達成しつつあることもありますが、未だまだまだのこともあります。「人は一生が修行」ですからコツコツ達成していくのみであります。
この人生、未達成ばかりですが、公人としても私人としても目的的に生きようと思っております。
皆様、
暖かい目、時には、厳しい目でご教示いただけると幸いでございます。
Q:井澤先生のお考えになっている「人としてありよう」を教えていただけませんか?
A:いや~イイ質問ですね。マジで答えていいですかねぇ~。
仕事人(公人)として今から25~28年前(独立してウエルストリームを創立する4~7年前)に考え、ジャック=ウエルチの書籍を参考にして決めたことは以下の通りです。
1)high Energy(豊富なエネルギー)
-エネルギーを持っていること。逆境に負けず、変化を恐れず、新しいことに積極的にチャレンジしていく活気のある人物となる。
2)the ability to Energize others(他の人を活気づける能力)
-周囲の人にそのエネルギーを分け与えることができること。周囲の人間を活気づけ、アイデアやビジョンを伝えて目標に導く能力のある人物となる。
3)Edge(ある種の鋭利さ)
-精神的な強さと強い集中力のある人物となる。
4)finally Execute(ビジョンを結果に繋げることができる一貫した実行力)
-言葉だけで終わるのではなくビジョンを具体化できる人物となる。
仕事人として、社会に貢献できる人になるために必要とされるこの「4E」を備えることを目標として生きてきました。
あれから25年あまり経過し、どうでしょうか?
自己評価として、4E目標に近づけたこともあるし、未だまだまだの点もあります。
まだまだ社会貢献が足りていませんので、さらに精進致しますので、今後ともご教示願います。
最近つくづく思うことがあります。
それは「人としてのありよう」です。
世間にはいろいろな人がいますね。まさに社会の縮図です。「そういうことだったのですか?そうきますか~。」「自分だったら、そうはしないなぁ~。」と思うことがあります。人それぞれ人生観が違うし、どう思い、どう行動するのもその人の自由ですから批判しません。また、どちらが正しいとか、どちらが上とかの話でもなく、ただ、「人としてのありよう」についての考え方が自分とは違うのだと思います。
そう偉そうなことをこのブログで語っている私自身も、事務処理でとんでもない失敗をして、御父母様に対してお詫びをしていますから、人のことは言えません。
そういう欠点だらけの私ですが、「生徒達・卒塾生達のお手本」となる「人としてのありよう」で人生を歩みたいと思っています。
私は素敵な建物やユニークな建築物に以前から興味があり、個人的に撮影してその写真をコレクションしています。一人静かに気に入った建築物を撮影するだけで、肖像権の侵害や商業利用もしません。
遠くから建物の外観を撮るのはもちろんOKなのですが、最近建物の外でも「敷地内での動画、写真の撮影は御遠慮下さい。」とあります。
美術館内の収蔵作品や映画や演劇等の撮影禁止はよくわかります。しかし、建物自体(外観)の撮影禁止はちょっと行き過ぎなのではないでしょうか。
何故なんでしょうか?もしかしたら、「インスタ映え」するなどの理由から非常識な人が大勢立ち入ったり、そこで施設を壊したり、汚したり、危険行為をするハチャメチャ系ユーチューバ-の影響なのでしょうか?
だとしたらとても残念ですね。日本は常識を持っている人がほとんど(8割ぐらい)だったはずですから。
そういう風潮を残念に思うだけはなく、
「心ある人々」と連携し、「教育を通じて、本来の日本と日本人の良さを取り戻したい。」と私は考えています。
最近黄砂が大陸から押し寄せてきて、車に積もったりしていました。黄砂は西域で自然に発生したもので人為的なものではないそうですが、途中大陸国上空で大気汚染物質などたくさん吸着して偏西風によって日本列島まで飛んできたものです。つまり、黄砂は単なる西域の黄色い砂ではなく人体に有害なものなので、できるだけ吸い込まないようにしたほうが良いです。
そう思っていたところ、翌日にたくさん雨が降り、綺麗さっぱりと洗い流され、大気中に浮遊していた塵や黄砂の微細な粒まで消えていました。そういえば以前の黄砂飛来のときも何故か翌日には大量に雨が降り、黄砂の被害がそれほではなかったという記憶です。
自分で言うのもなんですが、私は信心深いので(笑)
「これは日本を守護する日本の神々が雨を降らせて、黄砂から日本を護ってくれているのだ。」と思い、その神々に感謝しました。
これを聞いてほとんどの方は「そんなの偶然でしょう。」「天候は神々が司っているのではなく自然現象です。」とおっしゃると思います。
私が非科学的なことをあんまり言うと、「井澤先生、大丈夫ですか?」とか「おかしな宗教にかぶれているのでは?」とかテレビ番組の「やり過ぎ都市伝説」や「超ムーの世界」の見過ぎですか?と思われそうですね。
大丈夫ですよ。そんなふうに勝手にひとり想像して、この人生を楽しんでいるだけですから。
「首相、政党幹部や宗教法人の幹部だけが狙われるのであって、一般市民の自分たちにはおよそ危害が及ばない。」―これ、大きな勘違いです。
先日の事件の手製爆弾がもっと強力で殺傷能力が高かったら・・・・。周辺にいた一般市民の多くが死傷し、悲惨な事件となっていたと思います。考えるだけでも恐ろしいです。
つまり、まったく関係のない一般市民まで巻き添えになる虞があるのです。他人事ではないのです。
ですから、私達普通の国民一人一人が容疑者に同情するのではなく、このような事件の再発を断固防ぐという観点(模倣犯防止の観点)から報道するよう声をあげるべきだと思います。たかが塾教師の市井の一般人もそう思っています。
米国では銃の無差別乱射事件があると、その犯人は逮捕されたり、射殺されますが、米国内のマスコミは犯人のプロフィールや乱射に至った背景等詳細を決して報じません。
米国で犯人をある意味有名にしてしまうと自分も有名になりたくて同様な事件を起こす人間(模倣犯)が次々と出てくるからです。結果的にマスコミが次の模倣犯を造り出す虞があるということを自覚していて、マスコミ全体が自粛しています。
これに対して、日本は米国ほど悲惨な事件が発生していないためか、日本のマスコミにはこの「模倣犯を防ぐ。」と言う観点が欠落しているのでは?と思います。
たとえ犯人に同情すべき点があったとしても、模倣犯の発生を防ぐという道義的責任が報道機関であるマスコミにもあると思います。国民の知る権利と模倣犯を防ぐためある程度報道を控えること。難しい問題ですが、私は先日の和歌山の事件からさっそく自粛されたほうが模倣犯を防ぐことができ、結果、治安が安定し、国民は安心して投票でき、日々の暮らしを落ち着いておくれると思います。
昨日のブログにアップしたことは○○○○党の失策(根拠の薄いいいがかり)ということで決着がついたようですね。
私のような普通の国民でも新聞、TVに加えて、ネットを見ると問題の背景が見えてきます。
情報源が新聞・TV中心の昭和の時代とちがって、令和の現代は欺しが効かなくなっています。
その辺のところが○○○○党と○○新聞とTV○○はわかっていないのでしょうね。
いずれにしろ私達普通の国民も賢くならなければいけません。
どこの誰が書いたかわからない8年前の文書に
「そのときあなたはこれこれこう言った。」と書かれている。
「この文書中の発言は問題だ!」と批判されたので、
「そんな文書は誰かが捏造したもので事実ではない。」
と答えたら、今度は「捏造」とはなんだ?と揚げ足取り。
みなさん、どう思われますか?
裁判上の証拠として絶対に通用しないようないつ誰が作成したかわからない文書をつかって批判し、しまいには「辞めさせろ!」発言。
怪しい文書をつかって、こんないいがかり。社会人としてレベル低すぎでしょう。
批判が目的なら、確固たる証拠を提出してもらいたいものです。
批判した人は相手の印象を下げるのが目的なのでしょうが、私のような普通の国民でもわかります。もうばれていますよ。また、この構図ですよね。「一部のマスコミ」や「ネット市民」と組んで、印象下げ操作。
○○メール問題を思い出しました。
これでは○○○○党に投票する人がますます減りそうです。
最近「共有」という言葉がビジネス世界で流行っていますね。
ここ最近いろいろな方のメールや会話で度々出てきます。
本来「共有」とは「共同所有」のことだと思いますが、ビジネス世界では「共有」は業務情報やノウハウなど、情報を相手方と共に利用することを意味するようです。
「IT関連の社内情報共有ツール」の用語なのでしょうか?それとも英語のSHAREに近い意味で「共有」をつかっているのでしょうか。
「共有」の現代的な意味の起源はわかりませんが、一般に広まっていますので私もたまにつかっています。
このブログ「絶対合格」で、さまざまな受験情報や子育て情報を皆様と「共有」できれば幸いでございます。
「言いたいことがあったら、陰で言っていないで、正々堂々と本人に言いなさい。」
「卑怯なことをしてはいけない。」
「誰に恥じることなく、胸をはって生きなさい!」
「嘘をついてはいけない。」
こんなことを私は小さい頃に父から教わりました。
世の中それほど単純ではないし、社会に出ると、いろいろなしがらみがあるので、現実には、なかなかこうはいかないこともあります。
だからと言って、「現実世界は汚い世界だから、陰口OK、何をしても良い。卑怯なことしても結果を出したほうの勝ちだ。正直者は馬鹿をみる。自分が悪くても、たとえ証拠が出てきても、絶対に認めるな。認めたらおしまいだ。世の中を上手くわたる人を賢い人と言うのだ。」と、0歳~12歳の我が子に教えますか?
皆さん、どう思われます。
ネット上の匿名の意見を参考にされた云々という方からお電話をいただきましたが、
匿名で書き込めるSNSやネット掲示板に
「あることないこと悪意を持って書きこむ人」
「憶測で何の根拠もなく書き込み人」
「邪悪な意図を持って嘘八百を書き込む人」
「誹謗中傷を無責任に書き込む人」
「妄想をまるで事実であるかのように書き込む人」
「聞いた話を確かめもせずに書き込む人」
「自分の勝手な願望希望を事実であるかのように書き込む人」
世間にはまるで映画のような「とんでもない人」がいます。
これらの人は匿名で述べているのでどこの誰が書き込んだか一般の人にはわかりません。
そして、彼らは本名では絶対に書き込みません。
本名が必要になる掲示板等では彼らは絶対に同じことを書かないのです。
それは、私人の名誉を貶めることを書き込んで公にすると、名誉毀損で刑事・民事で訴えられる虞があるからです。
ですので、お節介ですが、匿名(仮名)のネット上の意見や噂話を参考にするのではなく、本名とプロフィールを明かして正々堂々と述べている方の意見だけを参考にされたら良いと思います。
ちなみに、私が評価しているネット上の識者は顔出しして、本名で意見を述べる方ばかりです。