さうぽんの拳闘見物日記

ボクシング生観戦、テレビ観戦、ビデオ鑑賞
その他つれづれなる(そんなたいそうなもんかえ)
拳闘見聞の日々。

失策をもドラマに変える「巨星」の輝き 井上尚弥、ネリーを逆転KO

2024-05-07 15:55:58 | 井上尚弥



ということで帰って来ました。
いやはや、メインだけでも書きたいことがありすぎて、大変な試合でした。
とりあえずまとまらないので書き出していきます。



メインイベント、布袋寅泰のサプライズ登場は、東京ドームを大いに盛り上げました。盛り上げすぎたのかもしれません。
ギタープレイと爆発音が鳴り響き、現場に居ると音響が良いのかはともかく、迫力が凄い。
ボクシング会場で「ここまでやる」のを見たのは初めてだと思います。

否応なく大観衆のテンションが上昇するなか、気合い十分の表情で右拳を振る井上尚弥、その花道をゆく姿が、バックスクリーンのモニターに映っていました。
リングに上がり、国歌吹奏やコールが終わり、ルイス・ネリーと顔をつきあわせた時点で、顔がすでに紅潮しているようにも。
ちょっと入れ込みすぎかなあ、という不安も感じました。


ゴングが鳴り、井上が右ロングから。しかしネリーもロングのパンチを返してくる。
ネリーには、踏み込みというか飛び込みの深さ、パンチの伸びがあるのに対して、井上はどうも気持ちが前に出ていて、外す際にセーフティーな判断をしているように見えない。
その割りに、攻撃にスピードを乗せていないようにも。要は相手の手を引き出し、見て立つ感じ。
それは良いのですが、より実際の、最大限に近い力を見たいとでもいうのか、立ち位置がちょっと近く、しかも相手の左側に寄っているような印象でした。

対するネリーは、空振りしても軸がぶれず、バランス復元、構え直しが早い印象。井上に正対して、しっかり構えている。
言えばそう仕向けてやっているのだから当然ですが、仕上がり良さそう。

そんなことを思っていたとき、両者が接近、パンチが交錯したと思ったら、井上の身体が回転してキャンバスに落ちました。
サウスポー相手に、良くない身体の開き方をしたオーソドックスの選手が、打ち終わりを打たれて倒れる。
よく見るパターンというか、遠目にも井上が明らかにミスをしたとわかる、悪いお手本のようなダウンシーンででした。

安易に「接敵」してしまっていること自体悪いし、そこで左と右の合間に、左フックを差し込まれているのも、らしくないところ。
この間が空いたところを打たれるのは、井上尚弥レベルならミスと言われて仕方ない。打つならもっと間を詰めてパンチを繋ぐなり、そもそも右まで打たずに構えを締めて離れないといけない。
序盤、相手の力がある内に、読めない軌道で打たれた、仕方ない...とは言い切れない、と見ました。


場内騒然となる中、井上はすんなり立ったように見える。ネリーが襲いかかり、最初はクリンチで止めて、これが出来るなら...と思ったのも束の間、次の攻撃の際はクリンチせず、外しに行く。
その際、一瞬だが下を向いて、ネリーのパンチから井上の目線が外れる。
危ない!これ、効いてるときのやつや...と、また恐怖心で胸が満ちました。

ネリー、なおも打ってくる。お得意の、怒濤の連打を持ってくるかと思ったが、そこまでギアアップはしない。
むしろロープに詰めるために打っていく感じ。そしてその通りに、井上をコーナーに追っていく。
ここで井上、回り込まずに右アッパー好打。しかし直後、ネリーの右が当たる。その後向かい合って、井上が笑顔を見せる。
このあとはさすがにセーフティーに外してジャブ、そして初回が終わりました。


驚愕、そして不安、いや恐怖の三分間でした。
この相手にだけは負けて欲しくない、という相手に、この立ち上がりだけはあってほしくなかった、というダウンシーン。
そして、その要因となったものは、やはりルイス・ネリーへの感情的な何か、東京ドームという大舞台など、単に勝つことに専念するでは済まない期待を、井上尚弥が背負っているからだ、としか思えませんでした。
それは言えば、ネリーの実力がどうというより、この相手の悪名をも利用して、このような試合を企画した「邪」が、井上尚弥の身に、災厄として降りかかっているのではないか。
そしてそれを、なんだかんだと言いながら、観客として見ている自分もまた、その一部ではないのか...そんな思いが心中をぐるぐると回っていました。


そうこうするうちに2回スタート、正対して、互いに前の手で牽制。井上、初回とは違って、外す意識と打つ意識が、等分に戻っている印象。
ネリーはなだれ込むように攻める流れに乗れない。あ、試合前に思ってたのはこういう感じやな...と、ここで少し気分が変わりました。

井上ジャブが良い。ネリーは左フック返す。いつになく切れ味鋭い一打。ネリーの仕上がりの良さが見えるが、井上きわどく外す。
井上ジャブ、右ボディストレート。この組み合わせで徐々に削っていく。ネリーの左は怖いが、外せている。
「うまくいかなくなった」ネリーが、さらに左を振って出るがミス、前にのめる。これが本来の(笑)ネリーのよろしくないところ。
そこに井上が左フック合わせると、今度はネリーがダウン。ネリーすぐ跳ね起きる。
井上追撃焦らず、右のグローブを頬に食い込ませつつ、右を上下に散らす。良い回りが戻ってきた。

3回、井上は左のパーリング、圧していく。左足を、ネリーの右側へと出している。ネリー不利の位置取り。
井上の右から左。ひっかかって、ネリー簡単にスリップ。位置関係ゆえにこうなる。
ネリー連打するも、井上がダックして外す。井上左ジャブリード、右ストレートリード。
さらにワンツーが決まってネリーがのけぞる。
ネリーはくっつくときの、コンパクトな左が怖いが、井上が無理なく当てて、外す流れに乗れば、スピードの差は歴然。
それが実際に、試合展開の中で見え始める。

4回、少し井上が止まり加減に戻り、ロープを背にする。良いとは思わないが外せている。
攻めさせておいて、リング中央に戻り、左のレバーパンチ、右ストレートのダイレクト。
正対してリードジャブの応酬で、井上が勝っている。ネリー厳しい状況、に追い打ちをかける「マインドゲーム」か、井上が外して自分のアゴを指すパフォーマンス。
ネリー、これに対抗する反撃を具体的に繰り出せない。場内が沸き上がる、これもネリーにとってはプレッシャー。井上右ボディストレート、左フックも下へ。

5回、井上のジャブ、糸を引くような。右ストレート、左フックが続き、ネリー足元が乱れる。ワンツーが胸へ、ジャブで追い打ち。
ネリー左返すが、井上のワンツーがガードの真ん中へ。ネリーまた左空振り。

思うに任せないネリー、ここでアタマを持っていく。レフェリー目ざとく見て、軽く注意。ところが直後、構わず?アタマから行って、当てる。
レフェリーさらに注意、井上が場内を煽る。再開後、ネリー出るが、井上は外しながら、徐々にドローイング?ロープ際へ行って止まり加減。
ネリー、またパンチと共にアタマも、という間合いで来たが、井上左フック二発、二発目は「調整」してカウンターで決める。ネリー、二度目のダウン。
真下へ崩れ、今度は座り込んでカウントを聞く。効いている。立ったネリー、果敢に打っていくがミス。井上の右が数発ヒット。

6回、井上はもう余裕。ジャブで叩いてじっくり見る。ネリー打ってくるがガードで止めておいて、右ダイレクトで反撃。打った後左右に身を翻し、リターンを外す。
井上がワンツー、ネリーをロープ際へ。ここで左から、小さく前に伸ばす右アッパーが決まったのが見えた。
お、良いパンチ、と思った直後、ネリーの身体が違うベクトルで、ロープにバウンドして崩れる。
え、何?と驚いていると、ネリー立てず、井上はと見ると、コーナーに駆け上がってガッツポーズ。
スローで見ると、小さい右アッパーの直後に、ダブルコンビネーションではない、独立した打撃動作の、小さくも強い右ストレートが決まっていました。何と...。




終わって見れば、初回の3分を切り捨ててしまえば試合前の予想どおり、という内容ではありました。
井上とネリーのスピードの差、パンチの精度の差、攻防の選択の適切さの違い、それらがほぼ全て、試合内容に出ていた、と思います。

しかし、単に実力比較ではなく、それ以外の様々な「余計」が、井上尚弥の精神面に悪い作用をし、初回のダウンシーン、大ピンチを招いた。
言えば余計なことを考えていた。故に、やってはいけないことをいろいろやった。要らんリスクを背負うような闘い方をした。その上にミスをして打たれた。
その部分は、厳しく言えば、勝つことに集中、没頭出来ていなかった、と批判されて仕方ないでしょう。

今回同道した友人のひとりは、その部分に失望を隠せず「なんてつまらない試合をしたのか。途中で帰ろうかと思った」と不満げでした。
井上尚弥に何を期待するかは人それぞれでしょうが、言えば世の「俗」な部分をかき集めて成形したかのような対戦相手、ルイス・ネリー相手に、低い次元に自ら降りていって闘った、そんな井上尚弥を見たいわけではないのだ、ということなのでしょう。


しかし、私はそれも一面の事実として認めながら、その諸々から招いた大ピンチからもすんなり立て直し、徐々に本来の力関係が反映された試合展開を作り上げて、終わって見れば圧倒的な力の差を見せつけて勝つ、井上尚弥の輝きこそが、やはりこの試合で最初に見るべきものだ、と思います。
大橋秀行会長も試合後に言ったように、あの大舞台で様々な重圧を背負い、初回早々に倒れて、普通なら逆転で勝てても、僅差で振り切れたら御の字です。
それが、あっという間に心身をリセットし、攻防のバランスを整え、相手の攻防バランスの乱れをカウンターで捉え、パフォーマンスで場内を沸かせ、反則での打開を試みた相手の目論見をすぐに打ち砕き、最後は「こんなフィニッシュ、見たことない」というようなKOシーンを実現して、勝ってしまう。

その強さは、凄さは、東京ドームという巨大空間をも、完全に支配していました。
体重僅か122ポンドのボクサーとはとても思えない。その姿は余りにも輝かしく、巨大。まさしく「巨星」でした。



試合後のインタビューでは、ダウンシーンの質問について応えるところなど、本人、勝ったことや勝ち方は良いとしても、やっぱりプライドが傷付いているんだろうなあ、という印象でもありました。
もちろん、あまり言い過ぎる必要は無いでしょうし、そんなことを求めもしません。
そして傍目がとやかく言わずとも、ここまで彼を導いてきた周囲と共に、軌道修正すべきところをしっかりと省みることでしょう。



初めて行った東京ドームの二階席は、覚悟していたほどリングから遠い印象では無く、四方の柱が邪魔にならない角度だったこともあって、意外に見やすく、近く感じました。
まあ、新調した双眼鏡の性能も良くて、場内の大型モニタはほとんど見ず、席から見たもの、見えたものを中心に、観戦記を書くことが出来ました。


しかしながら、やはり場内や会場周辺の人の多さは圧倒的でした。
試合の前後、会場に入るとき、そして帰るとき、こんなにも大勢の人がボクシングを見に来たのかあ...と、何だか嬉しい気持ちにもなりました。
そして、これだけ多くの人々を引き付ける「巨星」の輝きを、これまで存分に見られたこと、この先もしばらくはそれが見られるであろうこと、それは何と有り難いことだろうか、と改めて思いました。
これまでも数多く、誰もが認める英雄から、極私的に思い入れたボクサーなど、自分の心中には「星」として輝く存在がいました。
しかし、今更何を言うとるのや、と突っ込まれそうですが、これほどの巨大な「星」は、今までいなかったし、この先もおそらく...いや、それは言い切らずにおくとしますか。


今回もまた、井上尚弥の輝きを、危うくもそれをドラマに変える偉大さを、しかと見ることが出来ました。
アメリカの一部の方々がとやかく言おうが何しようが、やっぱりこの輝きを、これからも直に見たいなあ、と、我が儘なことを思っている次第です。
まあ、アメリカはともかく、サウジアラビアの存在が怖いところですが...。



コメント (8)
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