09.11/6 552回
三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(35)
奥から御息所が少しいざり寄って来られて、夕霧に、けだるそうなご様子でお見舞いのお礼をおっしゃいます。夕霧が御息所に「お嘆きはごもっともですが、万事は前世のお約束と見えます。限度のある人生ですから」とお慰めになります。夕霧は、
「この宮こそ聞きしよりは、心の奥見え給へ、あはれ、げにいかに人わらはれなる事を、とり添へて思すらむ」
――御息所こそ噂以上に奥ゆかしい方でいらっしゃる。お気の毒に、落葉の宮が心に染まぬご縁組みをなさった上に、夫に死に別れ、世の噂になることをどんなにか思い悩んでいらっしゃることか――
と思うにつけても、夕霧は一層落葉の宮のご様子が気にかかってお尋ねになるのでした。夕霧のお心の内では、
「容貌ぞいとまほにはえものし給ふまじけれど、いと見苦しうかたはらいたき程にだにあらずば、などて見る目により、人をも思ひ厭き、またさるまじきに心をも惑わすべきぞ、様あしや、ただ心ばせのみこそ、言ひもてゆかむには、やむごとなかるべけれ」
――落葉の宮のご器量はそうご立派でなくても、傍目におかしいほど見苦しくさえなければ、どうして自分は見目形で女を嫌ったり、大それた恋に迷ったりしよう、そんなことは恥ずかしいことだ。ただ気立てのよいことだけが、結局大切な筈なのに――
と思っていらっしゃる。
「今はなほ昔に思ほしなずらへて、疎からずもてなさせ給へ」
――こうなれば、はやり私を亡き人に准じて親しくなさってください――
と、ことさら言い寄るようなさまではなく、優しく親切に思いを込めておっしゃる。
直衣姿がまことに凛凛しく、背恰好も堂々としてすらりとお見えになる。女房達は、「いっそのこと夕霧様がこういう風に、こちらにお出入りなさってくださったら」と囁き合っているのでした。
柏木の死を惜しまぬ人はなく、帝までも管弦のお遊びなどの折毎に先ず柏木を思い出されてお忍びになります。まして他の人々も「ああ、柏木がおられたら」との口癖を、何かにつけて言わぬことがないのでした。
まして源氏は、この若君を柏木の忘れ形見とみなしておられますが、他の人は知らぬことなので、甲斐のないこととあわれ深くお思いになっておいでになります。
「秋つ方になれば、この君這ひゐざりなど。」
――秋の頃になりますと、この君(薫)は、這ったり、いざったりなさるようになりました。――
◆三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 終わり。
ではまた。
三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(35)
奥から御息所が少しいざり寄って来られて、夕霧に、けだるそうなご様子でお見舞いのお礼をおっしゃいます。夕霧が御息所に「お嘆きはごもっともですが、万事は前世のお約束と見えます。限度のある人生ですから」とお慰めになります。夕霧は、
「この宮こそ聞きしよりは、心の奥見え給へ、あはれ、げにいかに人わらはれなる事を、とり添へて思すらむ」
――御息所こそ噂以上に奥ゆかしい方でいらっしゃる。お気の毒に、落葉の宮が心に染まぬご縁組みをなさった上に、夫に死に別れ、世の噂になることをどんなにか思い悩んでいらっしゃることか――
と思うにつけても、夕霧は一層落葉の宮のご様子が気にかかってお尋ねになるのでした。夕霧のお心の内では、
「容貌ぞいとまほにはえものし給ふまじけれど、いと見苦しうかたはらいたき程にだにあらずば、などて見る目により、人をも思ひ厭き、またさるまじきに心をも惑わすべきぞ、様あしや、ただ心ばせのみこそ、言ひもてゆかむには、やむごとなかるべけれ」
――落葉の宮のご器量はそうご立派でなくても、傍目におかしいほど見苦しくさえなければ、どうして自分は見目形で女を嫌ったり、大それた恋に迷ったりしよう、そんなことは恥ずかしいことだ。ただ気立てのよいことだけが、結局大切な筈なのに――
と思っていらっしゃる。
「今はなほ昔に思ほしなずらへて、疎からずもてなさせ給へ」
――こうなれば、はやり私を亡き人に准じて親しくなさってください――
と、ことさら言い寄るようなさまではなく、優しく親切に思いを込めておっしゃる。
直衣姿がまことに凛凛しく、背恰好も堂々としてすらりとお見えになる。女房達は、「いっそのこと夕霧様がこういう風に、こちらにお出入りなさってくださったら」と囁き合っているのでした。
柏木の死を惜しまぬ人はなく、帝までも管弦のお遊びなどの折毎に先ず柏木を思い出されてお忍びになります。まして他の人々も「ああ、柏木がおられたら」との口癖を、何かにつけて言わぬことがないのでした。
まして源氏は、この若君を柏木の忘れ形見とみなしておられますが、他の人は知らぬことなので、甲斐のないこととあわれ深くお思いになっておいでになります。
「秋つ方になれば、この君這ひゐざりなど。」
――秋の頃になりますと、この君(薫)は、這ったり、いざったりなさるようになりました。――
◆三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 終わり。
ではまた。