2011.4/3 920
四十七帖 【早蕨(さわらび)の巻】 その(2)
この阿闇梨は、かつて八の宮を仏道に導いた僧で、
「年あらたまはりては、何事かおはしますらむ。御祈りは、たゆみなく仕うまつりはべり。今は一所の御事をなむ、やすからず念じきこえさする」
――年が明けましてからは、御機嫌はいかがでいらっしゃいますか。ご祈祷(延命、息災)は怠りなくお勤めしております。今はただ、あなた様(中の君)お一人のことが心にかかりまして、ひたすらお祈り申し上げております――
との口上のお文があって、蕨(わらび)や土筆(つくし)などを風流な籠に入れ、「これは童たちが御仏の供養のために、私のところに持ってきた初物でございます」と、侍女のもとに届けて寄こしました。
「手はいと悪しうて、歌は、わざとがましく引き放ちてぞ書きたる」
――その筆跡はたいそう見ぐるしく、歌も一字一字引き離して、たどたどしい書きぶりです――
(阿闇梨の歌)「『君にとてあまたの春をつみしかば常をわすれぬはつわらびなり』御前によみ申さしめ給へ」
――「あなた方の為にと永年摘んで献上したものですから、今年もその例を忘れないでこの初蕨を差し上げるものです」どうぞ中の君の御前にお読み上げくだされませ――
とあります。
「大事と思ひまはして詠みいだしつらむ、とおぼせば、歌の心ばへもいとあはれにて、なほざりに、さしも思さぬなめり、と見ゆる言の葉を、めでたく好ましげに書きつくし給へる、ひとの御文よりは、こよなく目とまりて、涙もこぼるれば、返りごと書かせ給ふ」
――この歌は、阿闇梨がよほど思いあぐねて詠んだのであろうとお思いになりますと、余計に歌の趣もあはれ深く感じられるのでした。ほんの一通りでいい加減に、それほどにはお考えにならないであろうとお言葉を、立派に如才なく書き連ねられる、あの匂宮の御文などよりもはるかにお心に沁みて、ふと涙ぐんでしまわれるのでした。お返事を侍女にお書かせになります。
(歌)「この春はたれにか見せむなき人のかたみみつめる峰のさわらび」
――姉上亡き今年の春は誰に見せて共に喜びましょうか。亡き父宮の形見としてお摘みくださった峰の蕨も――
使いの者にはねぎらいの禄(ろく)をお与えになりました。
◆思ひまはして=思ひ回す=考えをめぐらす。思案する。
◆絵:阿闇梨から早蕨が届けられる。
では4/5に。
四十七帖 【早蕨(さわらび)の巻】 その(2)
この阿闇梨は、かつて八の宮を仏道に導いた僧で、
「年あらたまはりては、何事かおはしますらむ。御祈りは、たゆみなく仕うまつりはべり。今は一所の御事をなむ、やすからず念じきこえさする」
――年が明けましてからは、御機嫌はいかがでいらっしゃいますか。ご祈祷(延命、息災)は怠りなくお勤めしております。今はただ、あなた様(中の君)お一人のことが心にかかりまして、ひたすらお祈り申し上げております――
との口上のお文があって、蕨(わらび)や土筆(つくし)などを風流な籠に入れ、「これは童たちが御仏の供養のために、私のところに持ってきた初物でございます」と、侍女のもとに届けて寄こしました。
「手はいと悪しうて、歌は、わざとがましく引き放ちてぞ書きたる」
――その筆跡はたいそう見ぐるしく、歌も一字一字引き離して、たどたどしい書きぶりです――
(阿闇梨の歌)「『君にとてあまたの春をつみしかば常をわすれぬはつわらびなり』御前によみ申さしめ給へ」
――「あなた方の為にと永年摘んで献上したものですから、今年もその例を忘れないでこの初蕨を差し上げるものです」どうぞ中の君の御前にお読み上げくだされませ――
とあります。
「大事と思ひまはして詠みいだしつらむ、とおぼせば、歌の心ばへもいとあはれにて、なほざりに、さしも思さぬなめり、と見ゆる言の葉を、めでたく好ましげに書きつくし給へる、ひとの御文よりは、こよなく目とまりて、涙もこぼるれば、返りごと書かせ給ふ」
――この歌は、阿闇梨がよほど思いあぐねて詠んだのであろうとお思いになりますと、余計に歌の趣もあはれ深く感じられるのでした。ほんの一通りでいい加減に、それほどにはお考えにならないであろうとお言葉を、立派に如才なく書き連ねられる、あの匂宮の御文などよりもはるかにお心に沁みて、ふと涙ぐんでしまわれるのでした。お返事を侍女にお書かせになります。
(歌)「この春はたれにか見せむなき人のかたみみつめる峰のさわらび」
――姉上亡き今年の春は誰に見せて共に喜びましょうか。亡き父宮の形見としてお摘みくださった峰の蕨も――
使いの者にはねぎらいの禄(ろく)をお与えになりました。
◆思ひまはして=思ひ回す=考えをめぐらす。思案する。
◆絵:阿闇梨から早蕨が届けられる。
では4/5に。