2011.4/11 924
四十七帖 【早蕨(さわらび)の巻】 その(6)
匂宮が、中の君を近いうちに京へお移し申そうとなさることについて、薫にご相談になりますと、薫は、
「いとうれしきことにも侍るかな。あいなくみづからのあやまちとなむ思う給へらるる、飽かぬ昔のなごりを、またたづぬべき方も侍らねば、おほかたには、何事につけても、心寄せきこゆべき人となむ思う給ふるを、もし便なくや思召さるべき」
――それはまことに嬉しゅうございます。あのままでは、どうも私の落度のようで気が咎めておりました。諦めきれない大君の形見としては、中の君の外にはいらっしゃいませんので、恋人などではない普通の間柄として、万事につけてお世話申すべき人と存じておりますのを、ひょっとしてそれをまた怪しからぬこととお取りになっていらっしゃるのではないかと…――
とおっしゃって、
「かのこと人とな思ひ分きそ、とゆづり給ひし心おきてをも、すこしは語りきこへ給へど、いはせの森の呼子鳥めいたりし夜のことは、残したりけり」
――大君が、中の君をご自分とは別人と思ってくださいませんように(私と思って)とおっしゃってお譲りになった御意向についても、匂宮には少しはお話申し上げましたけれども、意に反した結果の(大君に募る思いで寝所に行きながら、その人は居ず、中の君と一夜をただ語りあっただけの)はかない宇治でのことは、とてもお口には出せませんでした――
薫は、そのお心の内では、
「かくなぐさめ難き形見にも、げにさてこそ、かやうにもあつかひきこゆべかりけれ」
――これほどまでに、気持ちを抑えきれない亡き大君の形見としては、まったくのところ自分こそが中の君をお迎えして、お世話申し上げるべきであった――
と、
「口惜しきことやうやうまさり行けど、今はかひなきものゆゑ、常にかうのみ思はば、あるまじき心もこそ出で来れ、他がためにもあぢきなくおこがましからむ、と、思ひ離る」
――次第に口惜しさが込み上げてくるのでしたが、もう今となっては仕方がない。だがいつもこのように思っていては、とんでもない心が起こってもこよう、そんなことにでもなれば、誰にでも不愉快で馬鹿なことになってしまう、と、薫は中の君を思い切るのでした――
匂宮の御為にも、中の君の御為にも、お世話を申し上げるのは自分以外には居ようか、と思い定めて、薫は京へのお引越しの段取りを心準備なさる。
◆おほかたには=大方には=一般的。普通に。ここでは恋人としてではなく通り一片の関係として。
◆かのこと人とな思ひ分きそ=かの・こと人と・な・思ひ・分き・そ=あの大君が、中の君を異人(別人)と思ってはくださるな。
◆いはせの森の呼子鳥=岩瀬の森、今の奈良県生駒郡斑鳩町龍田に有る森。呼子鳥やほととぎす、紅葉の名所。引歌は不明「恋しくば来ても見よかし人づてにいわせの森の呼子鳥かも」呼子鳥は、今の郭公か、ほととぎすともいわれ、諸説がある。
ここでの引用は「目的と違った。」意か。
では4/13に。
四十七帖 【早蕨(さわらび)の巻】 その(6)
匂宮が、中の君を近いうちに京へお移し申そうとなさることについて、薫にご相談になりますと、薫は、
「いとうれしきことにも侍るかな。あいなくみづからのあやまちとなむ思う給へらるる、飽かぬ昔のなごりを、またたづぬべき方も侍らねば、おほかたには、何事につけても、心寄せきこゆべき人となむ思う給ふるを、もし便なくや思召さるべき」
――それはまことに嬉しゅうございます。あのままでは、どうも私の落度のようで気が咎めておりました。諦めきれない大君の形見としては、中の君の外にはいらっしゃいませんので、恋人などではない普通の間柄として、万事につけてお世話申すべき人と存じておりますのを、ひょっとしてそれをまた怪しからぬこととお取りになっていらっしゃるのではないかと…――
とおっしゃって、
「かのこと人とな思ひ分きそ、とゆづり給ひし心おきてをも、すこしは語りきこへ給へど、いはせの森の呼子鳥めいたりし夜のことは、残したりけり」
――大君が、中の君をご自分とは別人と思ってくださいませんように(私と思って)とおっしゃってお譲りになった御意向についても、匂宮には少しはお話申し上げましたけれども、意に反した結果の(大君に募る思いで寝所に行きながら、その人は居ず、中の君と一夜をただ語りあっただけの)はかない宇治でのことは、とてもお口には出せませんでした――
薫は、そのお心の内では、
「かくなぐさめ難き形見にも、げにさてこそ、かやうにもあつかひきこゆべかりけれ」
――これほどまでに、気持ちを抑えきれない亡き大君の形見としては、まったくのところ自分こそが中の君をお迎えして、お世話申し上げるべきであった――
と、
「口惜しきことやうやうまさり行けど、今はかひなきものゆゑ、常にかうのみ思はば、あるまじき心もこそ出で来れ、他がためにもあぢきなくおこがましからむ、と、思ひ離る」
――次第に口惜しさが込み上げてくるのでしたが、もう今となっては仕方がない。だがいつもこのように思っていては、とんでもない心が起こってもこよう、そんなことにでもなれば、誰にでも不愉快で馬鹿なことになってしまう、と、薫は中の君を思い切るのでした――
匂宮の御為にも、中の君の御為にも、お世話を申し上げるのは自分以外には居ようか、と思い定めて、薫は京へのお引越しの段取りを心準備なさる。
◆おほかたには=大方には=一般的。普通に。ここでは恋人としてではなく通り一片の関係として。
◆かのこと人とな思ひ分きそ=かの・こと人と・な・思ひ・分き・そ=あの大君が、中の君を異人(別人)と思ってはくださるな。
◆いはせの森の呼子鳥=岩瀬の森、今の奈良県生駒郡斑鳩町龍田に有る森。呼子鳥やほととぎす、紅葉の名所。引歌は不明「恋しくば来ても見よかし人づてにいわせの森の呼子鳥かも」呼子鳥は、今の郭公か、ほととぎすともいわれ、諸説がある。
ここでの引用は「目的と違った。」意か。
では4/13に。