永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(921)

2011年04月05日 | Weblog
2011.4/5  921

四十七帖 【早蕨(さわらび)の巻】 その(3)

「いとさかりににほひ多くおはする人の、さまざまの御物おもひに、すこしうち面痩せ給へる、いとあてになまめかしきけしきまさりて、昔人にもおぼえ給へり。ならび給へりし折は、とりどりにて、さらに似給へりとも見えざりしを、うち忘れては、ふとそれかと覚ゆるまで通ひ給へるを」
――(中の君は)今を盛りのお年頃の、たいそう美しいお方が、さまざまの物思いに少し面やつれしていらっしゃる、そのご様子は、上品で優雅な艶さえ備わられて、亡くなられた大君に実によく似ていらっしゃる。ご姉妹ご一緒だったときは、美しさもそれぞれ別で、まったく似ておられるとも見えませんでしたが、大君のご逝去をつい忘れては、ふっと中の君を大君かと思うほどよく似ていらっしゃるので――

 侍女たちは、

「中納言殿の、骸をだにとどめて見たてまつるものならましかば、と、朝夕に恋ひきこえ給ふめるに、同じくは見え奉り給ふ御宿世ならざりけむよ」
――薫の君が、せめて亡き骸だけでもこの世にとどめて拝せるものでしたら、と、今だに朝夕お慕い申していらっしゃるということですから、同じ事なら、どうしてこの姫君が薫の君にお添い申される御縁ではなかったのでしょうか――

 と、お仕えする侍女たちは残念がるのでした。

「かの御あたりの人の通ひくるたよりに、御ありさまは絶えず聞きかはし給へり。つきせず思ひほれ給ひて、新しき年とも言はず、いやめになむなり給へる、と、聞き給ひても、げにうちつけの心浅さにはものし給はざりけり、と、いとど今ぞあはれも深く思ひ知らるる」
――薫の家来がいつしか懇ろになった侍女のところへ通ってくるついでに言づけて、宇治の日常のことを絶えず聞き知っておられます。中の君は、薫が大君を思っていつまでもぼんやりとなさっていて、新しい年を迎えたというのに、涙にかきくれてばかりいらっしゃるとお聞きになるにつけても、なるほど、薫の君は一時的な恋心ではなかったのだと、そのお心の程が、今更身に沁みてお分かりになるのでした――

「宮はおはしますことの、いとところせくあり難ければ、京にわたしきこえむ、とおぼし立ちにたり」
――匂宮は、宇治にお通いになることには大そう仰々しく、また容易ではありませんので、中の君を京へお移し申そうと、いよいよご決心が固まったのでした――

◆いやめに=いや目に=涙ぐんだ目つき。悲しそうな目つき。

では4/7に。