2011.4/25 931
四十七帖 【早蕨(さわらび)の巻】 その(13)
薫は弁の君にいつものように昔の物語などおさせになって、
「ここには、なほ時々は参り来べきを、いたたづきなく心細かるべきに、かくてものし給はむは、いとあはれにうれしかるべき事になむ」
――私もこの山荘には今後も時々は伺う積りですし、誰もこちらに居なくては大そう頼りなく心細いでしょうに、あなたがこうしてここに居てくださるのは、まことに嬉しいことです――
と、言い終わらぬうちにお泣きになります。弁の君は、
「いとふに栄えて延びはべる命のつらく、またいかにせよとて、うち棄てさせ給ひけむ、とうらめしく、なべての世を、思ひ沈むに、罪もいかに深く侍らむ」
――厭えば厭うほど、心ならずも生き延びる命がつらく、かえって恨めしくてなりません。大君はこの私にどうせよとのお気持で、私を残してお亡くなりになったのでしょうかと恨めしく、ただただ辛く、この世のことがすべて味気なく嘆かれますのは、さぞかし罪深いというものでしょう――
と、申し上げる言葉にも、まるで薫のせいでもあるかのような訴えかたに、薫は老人の愚痴とはお思いになるものの、ねんごろに労られるのでした。
「いたくねびにたれど、昔きよげなりける名残をそぎ棄てたれば、額の程さまかはれるに、すこし若くなりて、さる方にみやびかなり。思ひわびては、などかかるさまにもなし奉らざりけむ、それに延ぶるやうもやあらまし、さてもいかに心深くかたらひきこえてあらまし、など、ひとかたならず覚え給ふに、この人さへうらやましければ、かくろへたる几帳をすこし引きやりて、こまやかにぞかたらひ給ふ」
――(弁の君は)たいそう老いてはいるが、昔は美しかった髪のなごりのところを、剃髪してしまって、額のあたりが少し変わって、かえって若返り、これはこれでなかなか雅やかである。大君がご臨終の頃、思いあぐねた末にでも、どうして尼姿にして差し上げなかったのだろうか。そうしたならば、命の延びることもあったかも知れない。そういうお姿で、しみじみと心ゆくまで語り合うことができなたなら……などと、薫はひとかたならずお思いになり、この弁の君までが羨ましくてならないので、隔ての几帳を少し引きのけて、細やかにお話になります――
では4/27に。
四十七帖 【早蕨(さわらび)の巻】 その(13)
薫は弁の君にいつものように昔の物語などおさせになって、
「ここには、なほ時々は参り来べきを、いたたづきなく心細かるべきに、かくてものし給はむは、いとあはれにうれしかるべき事になむ」
――私もこの山荘には今後も時々は伺う積りですし、誰もこちらに居なくては大そう頼りなく心細いでしょうに、あなたがこうしてここに居てくださるのは、まことに嬉しいことです――
と、言い終わらぬうちにお泣きになります。弁の君は、
「いとふに栄えて延びはべる命のつらく、またいかにせよとて、うち棄てさせ給ひけむ、とうらめしく、なべての世を、思ひ沈むに、罪もいかに深く侍らむ」
――厭えば厭うほど、心ならずも生き延びる命がつらく、かえって恨めしくてなりません。大君はこの私にどうせよとのお気持で、私を残してお亡くなりになったのでしょうかと恨めしく、ただただ辛く、この世のことがすべて味気なく嘆かれますのは、さぞかし罪深いというものでしょう――
と、申し上げる言葉にも、まるで薫のせいでもあるかのような訴えかたに、薫は老人の愚痴とはお思いになるものの、ねんごろに労られるのでした。
「いたくねびにたれど、昔きよげなりける名残をそぎ棄てたれば、額の程さまかはれるに、すこし若くなりて、さる方にみやびかなり。思ひわびては、などかかるさまにもなし奉らざりけむ、それに延ぶるやうもやあらまし、さてもいかに心深くかたらひきこえてあらまし、など、ひとかたならず覚え給ふに、この人さへうらやましければ、かくろへたる几帳をすこし引きやりて、こまやかにぞかたらひ給ふ」
――(弁の君は)たいそう老いてはいるが、昔は美しかった髪のなごりのところを、剃髪してしまって、額のあたりが少し変わって、かえって若返り、これはこれでなかなか雅やかである。大君がご臨終の頃、思いあぐねた末にでも、どうして尼姿にして差し上げなかったのだろうか。そうしたならば、命の延びることもあったかも知れない。そういうお姿で、しみじみと心ゆくまで語り合うことができなたなら……などと、薫はひとかたならずお思いになり、この弁の君までが羨ましくてならないので、隔ての几帳を少し引きのけて、細やかにお話になります――
では4/27に。