2011. 5/15 941
十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(2)
女二の宮が十四歳になられた年に、
「御裳着せ奉り給はむとて、春よりうちはじめて、他事なくおぼしいそぎて、何事もなべてならぬさまに、とおぼしまうく。いにしへよりつたはりたりける宝物ども、この折にこそは、とさがし出でつつ、いみじくいとなみ給ふに、女御、夏ごろ、物のけにわづらひ給ひて、いとはかなく亡せ給ひぬ」
――(母の藤壺女御は)御裳着の儀を取り行って差し上げようと、春の頃から、他の事は顧みないほどに一生懸命準備に没頭されて、何事も並み一通りではなく、念を入れて計画をなさっておりました。女御の御実家に伝わっている宝物など、こうした晴れがましい折こそと探し出され、大そうなお支度をなさっておりましたが、その藤壺の女御がその夏ごろ、物の怪にお悩みになって、まことにあえなく亡くなられたのでした――
帝をはじめ、殿上人も誰もかれもが、女御のお人柄や、やさしいお気立てを惜しまれて、直接関わりのなかった女官などまで、お慕い申さぬ者はおりません。
「宮はまして、若き御心地に、心細く悲しくおぼし入りたるをきこしめして、心苦しくあはれにおぼしめさるれば、御四十九日過ぐるままに、忍びて参らせ奉らせ給へり。日々に渡らせ給ひつつ見奉らせ給ふ」
――まして、女二の宮はまだお若いお心地に、心細くも悲しく思い沈んでおいでになると、お聞きになり、帝は可哀そうにとお案じになられて、四十九日が過ぎました頃にそっと宮中にお迎えになったのでした――
「黒き御衣にやつれておはするさま、いとどらうたげにあてなるけしきまさり給へり。心ざまもいとよく大人び給ひて、母女御よりも、今すこししづやかに、重りかなるところはまさり給へるを、うしろやすくは見奉らせ給へど、まことには、御母方としても、後見と頼ませ給ふべき、伯父などやうのはかばかしき人もなし」
――黒い喪服に身をやつしておられる様は、しっとりとして、亡き母藤壺よりも重々しい点が勝っておられるのを、帝は心安くご覧になっていらっしゃいますが、実のところこの先、御母方の実家には、姫君の御後見として頼みになる伯父君などのしっかりしたお方はおいでにならない――
「わづかに大蔵卿、修理の大夫などいふは、女御にも異腹なりける、ことに世のおぼえ重りかにもあらず、やむごとなからぬ人々を、たのもし人にておはせむに、女は心苦しきこと多かりぬべきこそいとほしけれ、など、御心ひとつなるやうにおぼしあつかふも、安からざりけり」
――わずかに、大蔵卿(おおくらきょう)とか修理の大夫(すりのかみ)とかいう方がいらっしゃるけれども、亡き女御とは母違いのご兄弟ではり、格別世間の信望が重いわけでもない。このような身分の高くない人々を頼みに暮さねばならないならば、先々女の身としてどんなに辛いことがあろうか、それは可哀そうだ。などと、帝はご自分だけが女二の宮のことをご心配なさる人のように、ご配慮なさるにつけても、不安でいらっしゃる――
◆物の怪(もののけ)=人にとりついて苦しめたり、病気にしたり、死なせたりする死霊、生き霊など。病気や精神錯乱など不明な状態のときに表現される。
◆参らせ奉らせ=多分、藤壺女御の葬儀は里で行われ、そこで一年喪に伏すべきを、帝がわが姫君でもあり、可愛そうなので宮中に引きとった。
では5/17に。
十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(2)
女二の宮が十四歳になられた年に、
「御裳着せ奉り給はむとて、春よりうちはじめて、他事なくおぼしいそぎて、何事もなべてならぬさまに、とおぼしまうく。いにしへよりつたはりたりける宝物ども、この折にこそは、とさがし出でつつ、いみじくいとなみ給ふに、女御、夏ごろ、物のけにわづらひ給ひて、いとはかなく亡せ給ひぬ」
――(母の藤壺女御は)御裳着の儀を取り行って差し上げようと、春の頃から、他の事は顧みないほどに一生懸命準備に没頭されて、何事も並み一通りではなく、念を入れて計画をなさっておりました。女御の御実家に伝わっている宝物など、こうした晴れがましい折こそと探し出され、大そうなお支度をなさっておりましたが、その藤壺の女御がその夏ごろ、物の怪にお悩みになって、まことにあえなく亡くなられたのでした――
帝をはじめ、殿上人も誰もかれもが、女御のお人柄や、やさしいお気立てを惜しまれて、直接関わりのなかった女官などまで、お慕い申さぬ者はおりません。
「宮はまして、若き御心地に、心細く悲しくおぼし入りたるをきこしめして、心苦しくあはれにおぼしめさるれば、御四十九日過ぐるままに、忍びて参らせ奉らせ給へり。日々に渡らせ給ひつつ見奉らせ給ふ」
――まして、女二の宮はまだお若いお心地に、心細くも悲しく思い沈んでおいでになると、お聞きになり、帝は可哀そうにとお案じになられて、四十九日が過ぎました頃にそっと宮中にお迎えになったのでした――
「黒き御衣にやつれておはするさま、いとどらうたげにあてなるけしきまさり給へり。心ざまもいとよく大人び給ひて、母女御よりも、今すこししづやかに、重りかなるところはまさり給へるを、うしろやすくは見奉らせ給へど、まことには、御母方としても、後見と頼ませ給ふべき、伯父などやうのはかばかしき人もなし」
――黒い喪服に身をやつしておられる様は、しっとりとして、亡き母藤壺よりも重々しい点が勝っておられるのを、帝は心安くご覧になっていらっしゃいますが、実のところこの先、御母方の実家には、姫君の御後見として頼みになる伯父君などのしっかりしたお方はおいでにならない――
「わづかに大蔵卿、修理の大夫などいふは、女御にも異腹なりける、ことに世のおぼえ重りかにもあらず、やむごとなからぬ人々を、たのもし人にておはせむに、女は心苦しきこと多かりぬべきこそいとほしけれ、など、御心ひとつなるやうにおぼしあつかふも、安からざりけり」
――わずかに、大蔵卿(おおくらきょう)とか修理の大夫(すりのかみ)とかいう方がいらっしゃるけれども、亡き女御とは母違いのご兄弟ではり、格別世間の信望が重いわけでもない。このような身分の高くない人々を頼みに暮さねばならないならば、先々女の身としてどんなに辛いことがあろうか、それは可哀そうだ。などと、帝はご自分だけが女二の宮のことをご心配なさる人のように、ご配慮なさるにつけても、不安でいらっしゃる――
◆物の怪(もののけ)=人にとりついて苦しめたり、病気にしたり、死なせたりする死霊、生き霊など。病気や精神錯乱など不明な状態のときに表現される。
◆参らせ奉らせ=多分、藤壺女御の葬儀は里で行われ、そこで一年喪に伏すべきを、帝がわが姫君でもあり、可愛そうなので宮中に引きとった。
では5/17に。