永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(948)

2011年05月30日 | Weblog
2011. 5/29      948

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(9)

さて、

「二條院の対の御方には、聞き給ふに、さればよ、いかでかは、数ならぬありさまなめれば、かならず人わらへに憂きこと出で来むものぞとは、思ふ思ふすぐしつる世ぞかし、あだなる御心と聞きわたりしを、たのもしげなく思ひながら、目に近くては、ことにつらげなることも見えず、あはれに深き契りをのみし給へるを」
――二條院の対の御方(中の君)は、匂宮と六の君のご婚儀のことをお聞きになるにつけ、案の定こうなる筈であったことよ、私のようなつまらぬ身の上であれば、きっといつかは物笑いの種になるような辛いことが起こるであろうと覚悟もしてきた結婚生活であった、匂宮は浮気なご性分だとお聞きしていて、当てにはならないと思いながらも、近くにいらっしゃれば、特に薄情ともお見えにならず、しみじみ深い契りをなさっていらしたのに――

「にはかにかはり給はむほど、いかがは易き心地はすべからむ、ただ人の中らひなどのやうに、いとしも名残りなくなどはあらずとも、いかに安げなきこと多からむ、なほいと憂き身なめれば、つひには山住みに帰るべきなめり」
――六の君と御結婚なされて、急に匂宮のご愛情が変わってしまうなら、どんなに不安であろうか。普通の夫婦のような、まさかすっかり縁が切れてしまうということはなくても、どんなにか心細いことが多いであろう。やはり自分は不幸な身の上らしい。きっとやがては宇治の山里に帰るべき定めなのだろう――

 と、お悩みになるにつけても、

「やがて跡絶えなましよりは、山がつの待ち思はむも人わらへなりかし、かへすがへすも、宮の宣ひ置きしことに違ひて、草ももとを離れにける心軽さを、はづかしくもつらくも思ひ知り給ふ」
――このまま行方をくらまして、山里に身を隠したならば、さぞかし世間の物笑いともなろう。それも仕方がないとして、大仰に晴れがましく京に発った自分を出迎える山里人が何と思うであろうか。亡き父宮のご遺言に背いて宇治の山荘を離れた軽率さを、今こそ恥ずかしくも辛い事と思い知らされたのでした。――

 さらに中の君はお心の中で、

「故姫君の、いとしどけなげに、ものはかなきさまにのみ、何事もおぼしのたまひしかど、心の底のづしやかなるところは、こよなくもおはしけるかな」
――お亡くなりになった姉君(大君)は、何事につけおっとりとしたご様子で、頼りなげにお見えになり、仰せられるお言葉なども何気ない風でいらっしゃったけれど、お心の底のしっかりとしていらっしゃった点では、この上もないお方であった――

◆づしやかなる=慎み深く重々しく落ち着きがあるさま

では5/31に。